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【37】 王子の決意


 王子はじっとエレナを見つめていた。エレナはいつもと変わらず笑顔で王子に話しかけていた。いつものように王子の為に野菜を切って用意し、王子に差し出してくれた。いつものようにくだらない話を王子にしていた。


 今日は満月の夜だった。天気は良く、月の光を遮るものは何も無かった。王子は決意していたのだ。エレナに本当の姿を見せる事を。エレナが魔女である以上エレナと向き合う覚悟をしていた。


 「シエル、どうかしたの? お腹痛いの?」


 エレナは心配そうに王子を見つめた。王子は何の事か分からずに口を大きく開けていた。


 「ご飯美味しくなかった? 違うのにする?」


 王子は足元に出された皿を見た。そこには薄く切られたかぼちゃが盛られていた。王子はそれを出されていたことに気付いていなかったのだ。

 相変わらず心配そうに見つめてくるエレナを前に王子はかぼちゃを一つ食べた。エレナと食事が出来るのも、最後だと王子は思った。


 「よかった。美味しい?」


 エレナは微笑みながら王子に問いかけた。王子は黙ってかぼちゃを食べ続けた。


**


 エレナは夜には出歩かない。王子はどうやってそんなエレナを外に連れ出すか考えていた。チャンスは今日を逃せば一か月は来ないのだから。

 エレナはキッチンで皿を洗っていた。水の音が聞こえていた。王子が考えに耽っていると、突然ガタッと大きな鈍い音が響いたのだ。王子は思考の海から出て、エレナの元へ向かった。


 『エレナ!!』


 王子の奇妙な鳴き声はエレナには届いていなかった。エレナはキッチンで倒れて眠っていた。


 『こんな時に……!』


 今日この夜しかない王子にお構いなくエレナはスヤスヤと眠っていた。王子は短い手でエレナの頬をペチペチと叩いた。


 『起きろよ!』

 「んー」


 だがエレナは煩わしそうに声を漏らすだけで起きる気配は無かった。しばらく王子はエレナを叩き続けたが、王子のプニプニの手では然程威力もなくエレナが目を覚ますことは無かったのだ。


 『そんな……。エレナ、起きて。今日しかないんだ』


 エレナのすぐ近くでグェ、グェと王子は鳴き続けた。


 しばらくして王子は諦めてエレナのすぐ近くでペタンと座り込んだ。エレナはすごく気持ち良さそうに眠っていた。

 王子には理解できなかった。どうしてエレナは自分の意思と関係なく、こんな風に寝てしまうのか。それにエレナ自身が魔女だと知らないと白夢は言った。それがどういう事なのか王子には全く分からなかったのだ。


 『どうして君が魔女なんだ……? 君は、魔法を掛けられて眠らされているみたいじゃないか……』


 王子はそっとエレナの前髪を撫でた。エレナは嬉しそうに寝ながら微笑んでいた。


**


 眠るエレナの傍で王子は何時間も座っていた。夜は深まりとっくに真夜中を過ぎていた。太陽が顔を出すまであとどれくらいだろうと王子は思った。次の満月の夜も、もしかしたらエレナはこんな風に眠るかもしれない。天気が悪くて月が出ないかもしれない。王子はそんな事を思っていた。

 だがそれはそれでいいのかもしれないとも思っていた。王子の正体を明かさなければ、エレナの正体に目を瞑れば、今の生活はずっと続くのだから。王子はそれでもいいと何処かで思っていたのだ。


 「んっ……」


 そう思っているとエレナがゆっくりと目を開けた。寝ぼけているのか、何度も瞬きを繰り返し、辺りをキョロキョロと見渡した。


 「え? キッチン? あれ、おかしいなぁ」


 エレナは体を起こすと不思議そうにしていた。だがそれ程気にはしていないようだった。何度も同じような事があったのだろう。エレナは自分が突然に寝てしまう事にもう違和感さえ持っていないようだった。


 『エレナ!』


 王子は奇妙な鳴き声でエレナに呼びかけ、エレナの膝に短い手を付いた。エレナはビクッと肩を震わせてから王子に視線を移したのだった。


 「シエル。居たのね?」


 王子を抱きかかえようとするエレナの手からさっと逃げ、王子はエレナの服を銜え引っ張った。


 「なに? どうしたの? お腹空いた?」


 王子はエレナの問いかけを無視し、服を引っ張り続けた。


 「止めてよ、シエル。伸びちゃうじゃない」


 王子は銜えていたエレナの服から口を離し、キッチンから出て行こうとした。エレナは立ち上がり王子の後をゆっくり歩いた。


 「部屋で寝ろって言ってるの? 一緒に行こう?」


 王子は首を振った。エレナに振り返り彼女の顔をじっと見つめた。そして走り始めた。


 「シエル! どこ行くの!? 待って! ダメだよ!」


 エレナがこじ開けた玄関の穴から王子は勢いよく飛び出た。エレナは驚いて玄関を開け王子の背中を見つめた。王子は追いかけてこないエレナに振り返って足を止めた。


 「シエル? 付いてきて欲しいの?」


 王子はゆっくりと頭を縦に振った。


 「分かった。待って」


 もう一度王子は走り始めた。焦っていたのだ。エレナに本当の事を言う決意をした。それなのにエレナは直前で眠ってしまった。タイムリミットは間近だったのだ。


 「はぁ、シエル。待って! 早いよぉ」


 エレナは暗い森を必死に王子に付いて走った。夜の森は夜行性の動物がうごめく気配がしていた。エレナはそれに何度かビクつきながらも、王子を追いかけた。王子は時折振り返りエレナが付いてきているのを確認していた。


 ようやく王子は目当ての湖に着いた。息を切らせながらもエレナがちゃんと居る事を確認して王子は湖に足を踏み入れた。


 「シエル!! ダメ! また溺れちゃうよ!」


 エレナの制止を聞かずに王子は湖の中を泳いだ。エレナは顔を青くして急いで王子の後を追い湖に入ったのだ。


 「シエル!!」


 王子は湖の中でエレナに振り返った。小柄なエレナではすぐに足はつかなくなった。エレナはもがきながらも必死に王子の元へ向かおうとしていた。

 王子はそんなエレナを見て目を見開いた。エレナが水の中に沈み姿が見えなくなったのを心配して、急いでエレナの元に戻った。



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