【29】 暑い日
目覚めるとその日は蒸し暑く、流れ出る汗は止まらなかった。
エレナはひんやりとしたシエルを抱きかかえ森の中を歩いた。こんなにも暑い日は久しぶりだった。エレナは額に汗をかきながらも目的地を目指した。エレナの腕に抱えられているシエルも暑さにバテているのか、だらしなく長い舌を出しダランとエレナの腕に前足をぶら下げていた。
「はぁ、着いたよシエル」
エレナはそう言うと抱きかかえていたシエルを地面に降ろし、額に浮き出た汗を手で拭った。シエルはペタンとそのまま地面に座り込み動こうとはしなかった。
「でも流石にここまでくると涼しいね? 家は周りの木よりも高いせいか、直射日光でサウナ状態だし……。冬だったらいいんだけどね? サウナって気持ちいいもんね。でも今はちょっと無理かな」
エレナは一人ぼやくと服の胸元を摘み、服の中に空気を入れるように手を動かし涼んだ。
「ふぁー……、暑いー」
シエルは座り込んでいた体をペタンと転がし、地面に体を擦り付けた。
「シエルほら湖だよ? 泳いでおいでよ? シエルは水の生き物なんでしょ?」
エレナはシエルに泳ぐことを勧めたがシエルは一向に動こうとしなかった。
「もう、怠け者なんだから! ほら、連れて行ってあげるよ」
エレナは再びシエルを抱え湖の傍でシエルを降ろした。それでも動こうとしないシエルに痺れを切らし、エレナはシエルの背中を押すようにして湖に入れようとした。地面に降ろすと意外と動かしにくいシエルをエレナは必死に押した。シエルは口を開いたままなされるがままだったが、背中を激しく押される事に嫌気がさしたのかのっそりと動き出し、湖に顔を付けた。
「ほら、シエル気持ちいいでしょ?」
「グェー」
「泳いでもいいんだよ? 私ここに居るから」
シエルは一度エレナに振り返り大きく口を開けて、水の中に足を踏み入れた。
「ふぅ、シエルも頑固なんだから。いいなシエルは自由に泳げて。やっぱり水の中の生き物なんだよね?」
エレナは水面を覗き込みシエルを見ていた。シエルは体を水に浸けた途端沈んでいき、ブクブクと水面に息を吐き出していた。
「シエル気持ちいいー?」
澄んだ水面に向かってエレナは問いかけた。シエルはジタバタと短い四本の足を動かした。
「楽しんでるのかな?」
エレナは微笑ましくシエルを見守っていた。ジタバタと足を動かし続けていたシエルは途端動かなくなった。エレナは不思議に思い首を傾げた。どんどん沈んでいくシエルはもう一度足をジタバタと動かしもがいた。
「……もしかして、溺れてる……!?」
エレナは顔を青くして狼狽えた。
「どうしよう! どうしよう!!」
エレナは意を決したように唇を噛みしめ、水の中に駆け込んだ。シエルの元に行く為エレナは必死に水を掻き分け歩いた。途中足が付かなくなったところでシエルを見つけた。エレナは必死にシエルの体を掴み、水を掻き分けて陸に上がった。
「はっ、はぁっ……。シエル!! 大丈夫!? ねえシエル!!」
エレナは必死にシエルの体を揺さぶった。シエルは目をパチッと開けると奇妙な泣き声を上げた。
「グガッ!」
「ああ、良かった! シエル泳げないなら先に言ってよ……。びっくりしたんだから……」
エレナは目に涙を溜め、ポロポロと零し始めた。
「ごめんね。ごめんね、シエル。私が泳いでおいでって言ったから。怖かったよね。水の中冷たくて、暗くて、もがいても全然出れなくて……。ごめんね、シエル」
シエルは泣き出したエレナの膝に足を乗せ、必死に短い前足でエレナの頬を叩いた。
「ごめんね、シエル」
エレナはギュッとシエルを抱きしめた。
「……なんか重たい」
「グァッ」
エレナは抱き上げたシエルを目の前に持ってきた。到底気のせいとは思えなかった。シエルはさっき抱えていた時よりも重くなっていた。
「……」
「……」
エレナとシエルは見つめ合ったままだった。ポタポタと二人からは水が滴っていた。
「はっくしゅん! うぁ、冷えちゃったかな? 水浸しだし、服が張り付いて気持ち悪い」
エレナはシエルを地面に置くと、髪を束ね絞った。それから着ていたワンピースのボタンを外し、豪快に脱いだ。エレナは森の中で下着だけの姿になったのだ。
「うわ、すごい。絞ったらぼたぼた水が落ちてくるよ? ほら見てシエル。って何してるの?」
シエルは地面を掘りそこに顔を突っ込んでいた。シエルから滴った水でその穴は浅い水たまりのようになっていた。
「また溺れるよ?」
シエルを穴から引き抜こうとしたが、シエルは短い前足を器用に地面に挿し地面から引き剥がされないようにしていた。
「ちょ、シエル。何その遊び。まぁいいけど」
エレナはシエルから手を離しワンピースをギュッと絞り木の枝に干した。
「うーん。誰も来ないよね? 脱いじゃってもいいよね?」
エレナは辺りをキョロキョロと見渡しさっと下着を脱いで絞った。流石に誰も居ない森の中とはいえ、真っ裸で佇むのは年頃の女の子としていかがなものかと思い、下着は濡れたままだがもう一度着けた。
「気持ち悪いけど仕方ないよね……。あー、なんか一気に涼しくなっちゃった」
「グェッ、グェッ!」
「何してるのよ。ちょっとシエル止めてよ」
シエルはいつの間にか穴から出てきていて、エレナの干したワンピースを器用にジャンプし口で銜えていた。銜えたはいいもののワンピースはしっかりと木に掛けられていて、シエルは今宙づりの状態だった。エレナの制止も聞かずにシエルはワンピースを銜えぶら下がり続けた。
「シエル、離れて。乾かしてるんだから」
エレナはシエルを抱き上げワンピースから引き剥がした。だがシエルは地面に置くと途端ワンピースを目指し歩き、ジャンプするのだった。
「シエル、ダメだってば。お気に入りなんだからダメになっちゃうでしょ?」
シエルは何度引き剥がされてもその行為を止めなかった。呆れたエレナは仕方なくワンピースを木から降ろし、まだ濡れたままのそれに袖を通した。
「半渇き……。もういいやっ! シエルご飯食べよ?」
エレナは持って来ていたピクニックセットを広げ、シエルとご飯を食べた。




