【27】 湖の町の銅像の男(10)
「リカルド……!!」
シルビアは銅像を見て悲痛な顔をした。銅像に駆け寄ると抱きしめ泣いた。それをグレイスは眉を寄せ見つめていた。
「シルビア、リカルドの呪いを解く方法。愛の籠ったキスはどんな魔法にも打ち勝つって。最強の魔法だって聞いた。正直本当かは分からない。でも……」
「やるわ! 何もしないよりもマシだもの! それがダメでも諦めない。絶対にリカルドを元の姿に戻すんだ」
シルビアはそう言うとリカルドの頬に手を添え、銅像となった愛おしい人の唇にキスをした。瞬間、リカルドを中心に辺りは眩い光で包まれた。眩しくて目を閉じていた王子達は、光が消えた事を感じると、薄らと目を開けた。
「――!!」
王子は驚き声も出なかった。グレイスとシルビアも同様で、口を大きく開けそれを手で押さえていた。
「……シルビア?」
リカルドは確かにシルビアの名前を呼んだ。
「リカルド……!!」
シルビアは泣きながらも嬉しそうに微笑みリカルドに抱き付いていた。
王子は未だに目の前の光景が信じられずにいた。さっきまで冷たい銅像だったリカルドは確かにちゃんと動き、その肌は血の通った人間の色をしていた。頬は少し紅潮し、シルビアを見つめるその瞳は慈愛に満ちていた。レジーナが言っていた魔法は本当に存在したのだと王子は理解した。
「よかったぁ!! 本当によかったぁ! リカルド、リカルドだ」
「シルビア、どうしたの。そんなに泣かないで?」
「あ、ああ、リカルド……」
「母さん」
グレイスもリカルドを抱きしめ三人は幸せそうに顔を見合わせると微笑んだ。
しばらくそうした後、リカルドを連れグレイスの家に行った。リカルドは状況を把握していないようで、全てを話した。驚いたように目を見開き信じられないとリカルドは言った。
「俺は銅像になっていたのか……?」
「本当に覚えていないの? 私を庇って貴方はそのまま……」
「それは何となく覚えているよ。何だか危ない気がしたから君を後ろに隠して……。でもその後の事は分からない。何だかずっと夢を見ていた気がするんだ……」
「リカルド……、赤ちゃんが……」
シルビアは顔色を悪くしてリカルドから目を逸らした。
「! そう言えば赤ちゃんは……? 君のそのお腹は……」
「ごめんなさい!! 貴方が折角私達を守ってくれたのに、私、私、あの子を守れなかった! 流産、してしまった」
シルビアは何度も謝りながら泣き崩れた。リカルドは悲しそうに微笑むとシルビアの肩を抱き寄せ、そっと抱きしめた。
「ごめんね。辛い時に傍に居てあげられなくて。怖かったね。苦しかったね」
「怒って、ないの?」
「怒らないさ。君はもう充分辛い思いをしたんだろう? 君が一番辛かったはずなんだ。悲しい気持ちはあるよ。でも、誰かを責めたりなんてできないよ。誰のせいでもないんだから。……一緒に乗り越えよう」
「リカルド……」
「そうよ。シルビア。赤ちゃんの事、忘れるなんて出来ないけれど、でも私達が居る。私達は家族よ。一緒に乗り越えましょう?」
「ありがとう……」
王子は三人を見ていて泣きそうになっていた。心の中でシルビアによかったなと呟いていた。
「それで、マキナが俺を、俺達を助けてくれたんだね? お礼をしなくちゃ……」
「お礼何ていいよ! 俺はただ成り行きというかなんというか……。グレイスの事も放っておけなかったし」
王子は困ったような表情をした。
「それでもお礼がしたいんだ。本当にありがとう」
「俺は当たり前の事をしただけだ。……あのさ、お礼って言うなら魔女の事教えて?」
「マキナはね、魔女を探しに出られたお兄さんを探しているの。マキナ自身も魔女殺しの一族だったわよね? それで魔女を探してるって……」
グレイスがすかさず王子をフォローしてくれた。王子はグレイスの言葉にうなずき、シルビアとリカルドを見た。
「俺はあんまり覚えていないな……。ただあいつを見た途端、すごく不気味な感じがして、逃げなくちゃってそう思ったんだ。けど体は動かなくて……」
「私もそんな感じよ。リカルドが守ってくれたから無事だった」
「どうして魔女はリカルドだけに危害を加えたんだろう?」
「分からない。私の事をすごく恨めしそうに睨んではいたけど、その後姿を消した」
「俺はその後ずっと暗い空間を漂っている様な、そんな感じだった。時間の感覚も無かった。ただずっとぼーっと漂っているだけ。でもそんなある時、声がしたんだ。夢を見てるみたいな……。安らいだ気持ちになった。もうすぐ助けが来るよって、目覚める時だって、その声は俺にそう言った。そしたら目の前にシルビアがいたんだ」
「!! リカルドも!?」
シルビアは驚いたように目を見開きリカルドを凝視した。
「リカルドもって、どういう事?」
「私も夢の中で声を聞いた。その声がする夜は安らかに眠れた。逃げてはダメだって。助けが来るよって、だから私、あの北の町で留まったの。本当はもっと遠くへ逃げようとしていた。でも夢の声が、私を留まらせてくれた。嘘みたいな話だけど、その後すぐにお義母さんが迎えに来てくれた。でも心の整理がつかなくて逃げ出してしまった」
「それって女の人の声? おっとりとした話し方で、時々クスクス笑う声?」
「そう! それ!! やっぱり一緒の夢を見ていたんだわ」
リカルドはシルビアの手を取り微笑んだ。
「凄いね。運命ってこういう事なのかな?」
「うん、あの声の言う通りだった。助けが来た」
王子は腕を組み考え事をした。誰かがリカルドとシルビアに王子が来ることを伝えていたのだろうか。それともただの偶然だったのだろうか。助かりたいと願う二人が生み出した幻影なのだろうか。と王子は考えていた。
「……グレイスは?」
「私は知らないわ。そんな声は聞いていないもの」
「二人にだけ聞こえる声? 時期的に二人の共通点は真っ黒な魔女を見たって事だよね? それが条件? 魔女に出遭った者を助ける声?」
王子は訳が分からなかった。考えても答えは出なかった。そんな人智を超えた事が出来るのは魔女だけだ。魔女が二人を救ったとは王子には考えにくい事だったのだ。魔女は絶対悪で殺すべき存在だと王子は思っている。もしも二人を助けたのならば、何か裏がある筈だと王子は思った。やはり偶然だろうかと王子の思考は行きついた。
「マキナ、貴方救世主なのね? ありがとう。もう一度リカルドに会わせてくれて。私にやり直すチャンスを運んで来てくれた。本当にありがとう」
王子はシルビアの声で思考の海から掬い上げられた。慌ててシルビアに微笑むとシルビアも微笑み返した。
「幸せになってね? グレイスの事も頼んだよ? 君達が居ない間のグレイスは酷く落ち込んでいたから」
「マキナ! 余計な事は言わなくていいのよ! 私は母親なんですもの。心配して当然でしょ?」
「そうだね。でもこっちが心配になるくらいだったからさ」
「母さん……。ごめんね。心配させちゃって。これからは皆で一緒に過ごそう」
「リカルド……」
「もう、お義母さんに心配かけません。もう逃げたりしませんから。何かあってもお母さんに相談します」
「シルビア……」
「よかったね、本当に。じゃあ俺はそろそろお暇するよ」
王子は幸せそうな三人を見つめ立ち上がった。
「マキナ! 本当にありがとう。何度お礼を言っても足りないわ。何か困った事でも、手伝えることでもあったらいつでも言ってね?」
グレイスに微笑まれ見送られた。王子はとびっきりの笑顔を三人に向けると、元宿屋へと足を向けた。
「ただいまー!」
「マキナちゃんお帰り! 無事シルビアちゃんを見つけたんだってねぇ?」
「うん、リカルドの呪いも解けたよ?」
「へ!!?」
「明日グレイスのお宅にお邪魔してごらんよ? きっと喜ぶよ?」
「それはめでたいねぇ!! なんか美味しいもんでも作って持って行こうかねぇ」
「そうしてあげなよ」
王子は出迎えてくれたお婆さんと話しながら食堂へと案内された。そこには出来立ての美味しそうなご飯が並べられていた。




