【24】 湖の町の銅像の男(7)
楽しい食事を済ませた王子達は、ヘンリーがこの店を訪ねてくるまで店の手伝いをした。一宿の礼も込めて働いた。グレイスは奥さんと共に厨房へ籠り仕込みを手伝った。買出しに出た店の主人に言われ、王子は店の中の掃除をしていた。
床やテーブルを綺麗に磨き、食器やグラスをピカピカになるように拭いていた。そうしていると気が付けば昼になっていた。少しお腹も減って来ていた。同じようにお腹を空かせた町の人や、旅人が食堂へちらほら集まっていた。王子とグレイスも成り行きで接客を手伝った。
王子にとって働くのは二回目の経験だった。これも庶民の暮らしを知れるいい機会だと思い、王子は一生懸命働いた。
「いらっしゃいませ!」
王子が元気よく出迎えるとその客は不思議そうに王子を見た。
「新しい人雇ったのかい?」
店の主人に笑顔でそう問うた客はカウンターに座った。
「お! ヘンリー、あんたを待ってたんだよ。グレイス、マキナ、ヘンリーが来たよ!」
ヘンリーは驚いて王子を見た。奥から出て来たグレイスは目を見開いた後、勢いよくヘンリーに近づいた。
「ヘンリーさん!」
「!! あんた、あの湖の町の人か!? どうしてこんなところに?」
「貴方を探していたんです。シルビアの手紙を届けてくれたでしょ? シルビアが今何処に居るか知りませんか? 貴方だけが手がかりなんです!」
グレイスは目に涙を溜めヘンリーに問うた。藁にも縋る思いなんだろう。グレイスのその表情は切羽詰まった、真剣そのものだった。
「手紙? ああ、あのお嬢ちゃんの……」
「どこに行くかとか、聞いていませんか?」
「あの手紙はランダの村の近くで受け取ったんだ。馬車の前に飛び出てきてね、見た事のある娘だと思った。それで聞いたんだ。湖の町に住んでたって。俺の事も見たことがあるからお願いしますって。それで手紙を受け取ったんだ」
「じゃあ、シルビアはそのランダ村に?」
「多分な。顔色がいいとは思えなかった。あの状態で何処か遠くへ行くことは出来ないんじゃないか? だけどもう大分前の話しだしな……」
「そう……。シルビアは他に、何か言っていませんでした?」
「俺は自分で届けた方がいいと言ったんだ。だけどお嬢ちゃんは泣いちまってね。お義母さんにも会わせる顔がないってね。逃げ出した自分の事をきっと許してくれないって、そう言っていたよ」
グレイスはその言葉を聞き、顔を覆った。
「あんたがあのお嬢ちゃんの母親なのかい?」
「義理の、娘です」
「……グレイス、大丈夫?」
「お嬢ちゃんもそうだが、あんたも酷い目に遭ったんだな」
「私は平気。シルビアの方がもっと辛い筈だわ」
「お嬢ちゃんもあんたに会いたいだろうよ。俺に手紙を渡した時、悲しそうな顔をしていた。母親が恋しかったんだろうって思うよ。でも会えない事情が何かあるんだろうな」
「私はシルビアに帰って来て欲しい。あの子も大切な私の子どもなの。……迎えに行かなくちゃ」
グレイスは顔を上げた。
「そうしてやりなよ。きっと待ってるよ。俺に分かるのはこれくらいだけど、役に立てたかい?」
「ああ。ありがとう」
「元々手がかり何て無かったのよ。これで少し希望が見えたわ。ありがとうヘンリーさん」
「会えるといいな」
グレイスはヘンリーに微笑んだ。
ヘンリーに話を聞いた王子達は食堂の夫婦にお礼を言い、早速ランダの村に行くことにした。繋ぎ止めておいた荷馬車に乗り馬を走らせた。
ヘンリーの話しではランダの村までは少し遠く二日ほどかかると言っていた。そんな王子達に食堂の夫婦は、毛布と少しの食べ物を持たせてくれていた。それを使い荷馬車の中で夜を過ごした。
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「ここがランダ村でいいんだよな?」
王子は眉を寄せ呟いた。そこは村というには華やかで栄えていたのだ。人々が行き交い、道には沢山の商店が出ていた。
「あ、そうか。ここは……」
グレイスは何かに気付いたように手をポンと叩いた。王子はグレイスに目をやった。
「ここがどうかしたの?」
「ほら見て。あの女性達。皆同じ服を着ているでしょう?」
グレイスが指差す先には白いゆったりとした服装に身を包み、皆一様に白いスカーフを被った女性達が居た。グレイスが指差す先だけではなく、見渡すとそこら中に同じ服装をした女性が居たのだ。
「本当だね?」
「マキナ、もしかして知らない? あの人たちは修道女で神に仕えているのよ。人々を救う仕事よ。ここは修道院のある村なんだわ。こうやって色々な人がお参りに訪れるのよ。だからこの村には活気があるのよ」
「そうなんだ」
王子は口を開けポカンと辺りを見ていた。確かによく見ていると、修道女達は色々な人に話しかけられていた。老人から子どもまで、手を合わせ拝む者まで居たのだ。
「王都では見かけない?」
「うん。初めて見た。俺は神を信じてはいない。信じる者を否定はしないけど……」
「魔女は信じているのに? あの人達は誰にでも平等に接してくれるわ。傷ついた者を保護して道を示してくれる。もしかしたらシルビアも……」
「話を聞いてみようか?」
「修道院に行ってみましょう? そこにシルビアが居るかもしれない」
丘の上にそびえたつ、村の中でも一際目を引く建物をグレイスは見つめた。王子達はそこを目指し、坂道を歩いた。
***
「シルビア……。あの子はさながら怪我をした小鳥でした。まだ飛び立つことは出来ないのに、それでも空を目指して羽ばたいて行ってしまいました」
丘の上にそびえたつ修道院に辿り着いた王子達は、一人の修道女に話を聞いた。目の前に居る修道女はシルビアの世話をしていた者だった。
「では、ここには居ないと……?」
「ええ」
白い服に身を包んだ女性は残念そうにグレイスを見つめた。
「彼女の心の傷は深い物でした。夜には眠っていてもうなされ、叫びながら目覚めては混乱し暴れていました。昼間は生気が無いように顔は青白く、食事もろくに取っていませんでした」
「……シルビアは、シルビアは何か言っていませんでしたか?」
「それが……、彼女は毎日うわ言のように魔女がどうと……。彼女は魔女を信じていたのでしょう。神に救いを求めていました。彼女は毎日のお祈りを欠かさず、私達の説教も真剣に聞いていました。信心深い子だと思っていました。呪いを解きたいと、必死に祈っていました。だからこそなのでしょうか。自分が許せないのでしょう。何があったのかは話してくれませんでした。自分のせいなのだと毎日涙を流し、何かに取りつかれたように、酷く怯えていました」
「シルビア……!」
グレイスは顔を覆い泣いた。
「神は全て見ておられます。そして悔い改める者を許しています。シルビアも許されているのです。シルビアも誰よりも救われたい一人なのです。どうかシルビアを救ってやってください。もう彼女は充分に苦しみました。解放される時なのです」
「シルビアは、何処に行ったのか、知りませんか……?」
白い服の女性は首を横に振った。グレイスはそれを見て顔色を悪くしていた。
「ただ、彼女の足で行ける範囲は狭いでしょう。この村の近くに歩いていける場所は北の村か、西の村くらいです。運良く行商人に拾われでもしない限りそう遠くへはいけません。彼女の顔色を見てどこか遠くへ連れ出そうと思う者も少ないでしょう」
「……どうして、どうしてシルビアを保護しておいてくれなかったんですか!」
グレイスは大声を上げ修道女に怒鳴った。修道女は顔を歪め申し訳なさそうにしていた。
「申し訳ありません。彼女の行動を全て制限することは出来なかったのです。彼女は私に畑の手伝いに行くと言ってそれっきり……。農夫達が出て行くシルビアを止めようとしたそうですが、彼女は出て行ってしまったそうです」
「……グレイス、とりあえず周りの村を探してみよう?」
グレイスは王子を見つめるとこくりと頷いた。
「少しお待ちください。神の啓示をお伝えします」
そう言い白服の女性は後方の花や蝋燭で綺麗に飾られた祭壇に手を合わせ、目を瞑った。
「……北に、北に行くことを神は勧められています」
「分かった。北の村に行ってみよう」
「貴方方に幸多からん事を……」




