【22】 湖の町の銅像の男(5)
「お兄ちゃん戻ったのかねぇ? お帰り」
「爺さん!! 聞きたいことがあるんだけど!」
王子は元宿屋に戻り、お爺さんに詰め寄った。お爺さんは優雅に笑って王子を見ていた。
「ほっほっほ。若者は元気があっていいのぉ」
「あ、ごめん。でさ、最近までこの町に出入りしていた商人が居たって聞いたんだけど、それが誰か分かる? 爺さん人と話すの好きそうだし」
「おお、ヘンリーじゃのぉ。いい人だったねぇ。いつもワシら老人を気に掛けてくれていたねぇ」
「そのヘンリーは今何処に?」
「湖の向こうの町に住んでおると言っておったかのぉ」
「それって遠い?」
「近くはないかのぉ……」
「そっか。俺グレイスに話を聞いて来たんだけど、そのヘンリーって人が手がかりみたいなんだ」
王子は困ったようにお爺さんを見た後、グレイスに聞いた事を話した。
「そうかいのぉ……。シルビアちゃんはそんな事があったのかいのぉ……」
「もしかしてシルビアの事は聞いていなかったの?」
「……グレイスさんはのぉ、酷く言われておったんじゃ。シルビアちゃんは元気にやっておると言っておった。ワシらにも言えなんだのぉ。あの人も徐々に心を塞いでいったでのぉ。見ていて可哀想じゃった。グレイスさんがなんも言われる事はないのにのぉ……」
「それでも俺には話してくれたんだ……」
王子は辛そうに唇を噛みしめ、俯いた。そんな王子を見て、お爺さんは王子にニコッと微笑み掛けた。
「お兄ちゃんは凄い人なんだねぇ。不思議な人だ。グレイスさんもお兄ちゃんには心を開いたんだねぇ。お兄ちゃん……、グレイスさんの事助けてあげてくれんかのぉ?」
王子はバッと顔を上げお爺さんを見た。王子には分からなかった。何故お爺さんがそんな事を頼むのか、それは王子にとって当たり前の事だったのだ。頼まれてやるような事ではなかったのだ。
お爺さんは困ったように眉を垂らして王子に笑い掛けた。
「心配しなくてもそのつもり。リカルドもシルビアも取り返す。グレイスをもう一人にはさせないよ」
「ほっほっほ。心強いのぉ」
お爺さんは満足そうに嬉しそうに笑った。王子もそれにつられ笑った。
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夜が明け王子はグレイスの家に向かった。お爺さんからヘンリーの居場所を聞き、グレイスにもそれを伝えようとしていた。
「グレイス! おはよう。昨日のマキナだけど!」
グレイスの家の扉を叩き王子は挨拶をした。
「マキナ。本当に来てくれたのね?」
グレイスは安心したようにマキナに微笑んだ。
「約束したからね。さぁシルビアを探しに行こう? ヘンリーの居場所は爺さんに聞いた」
「ええ。ちょっと待ってて」
グレイスはそう言うと家の奥へと駆けて行った。王子は不思議そうにそれを見ていた。
すぐに戻って来たグレイスの手には大きなバスケットが持たれていた。
「それは?」
「お昼ご飯よ? お腹空くでしょう? いっぱい作ったから、二、三日は食料に困らないわよ?」
「そ、そう……」
「さぁ、行きましょう? お隣さんに荷馬車も借りたのよ。それを使わせてもらいましょう!」
グレイスはニコニコと王子に言うと、さっさと歩き出した。王子はグレイスの後を追って歩いたのだった。
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ガタゴトと荷馬車に揺られ王子とグレイスは目的地を目指した。
グレイスの借りて来た荷馬車は簡素な物だった。小さな荷台には屋根代わりに布が張られていた。とりあえずはそれで雨は防げそうだった。
グレイスは荷台に持っていた食べ物の入ったバスケットを置くと、手前の席に腰掛け馬に括りつけてある手綱を取った。王子も慌ててグレイスの横に座った。大人が二人で腰掛けると少し窮屈な様に感じられた。王子は当然ながらこんな窮屈な馬車に乗るのは初めてだった。
グレイスは王子が腰掛けたのを見て馬を走らせた。
「馬の扱い上手いんだね?」
「そう? 普通よ。それでどこに行けばいいの?」
グレイスは前を向きながら少し声を張り上げ王子に話しかけた。砂利道は所々凸凹で馬車はその度に跳ねた。王子は必死に馬車に掴まり振り落とされないようにしていた。
「そのまま! グレイスの家の反対側の湖の道を真っ直ぐ! そしたら川に出るからその川を上流の方に上って行くと村があるって! そこから西に進む道に入るとヘンリーの居る町に着くって!」
「分かったわ。マキナ、怖かったら後ろの荷台で寝ててもいいのよ?」
しがみ付く王子を横目で見て、グレイスはクスリと笑っていた。王子は渋い顔をしていた。
「……大丈夫だから!」
「ふふ、もう一人子どもが出来たみたい」
グレイスはクスクスと笑い馬を更に早く走らせた。




