【20】 湖の町の銅像の男(3)
「こんにちはー!!」
老夫婦に聞いたグレイスの家を訪問しに王子は町を歩いた。まだ老夫婦の話しが信じられなかった。ゴンザレスやアッシュの言っていた事は、にわかに信じがたいが事実だった。奇病とは霧の出る日に行方不明者が出た事。それが回り巡って病気で死んだと噂になっているようだった。もう一つは人間が銅像に変えられてしまった事。人智を超えた力、すなわち魔女の力であった。
「どなた?」
王子の呼びかけに家の中から元気のない声が響いた。
「初めまして。マキナと言います。気を悪くしたらすみません。元宿屋のご夫婦に貴方があの銅像の男のお母さんだと聞きました。お話を聞かせて欲しいんですけど……」
王子は姿の見えない相手に向かって事情を軽く説明した。
「……帰って」
「ちょ、ちょっと待って!! 帰れないんだ」
「知らないわ。帰ってちょうだい!!」
「待って! 待ってよ!! 話してくれるまで、ずっとここに居ますよ!? 今日がダメでも明日。それがダメでもその次。俺は貴方の話しを聞くまで諦めませんからね!?」
家の扉を軽く叩きながらも必死に懇願し扉に縋りついた。ここで引くわけにはいかなかった。
「……。どうして?」
小さな声が家の中から聞こえた。
「どうしてって……。あ、そのままでいいんで、俺の話しを聞いてください! 貴方の助けが必要なんだ。俺も、もしかしたら貴方を助けられるかもしれない……」
王子が縋りついていた扉が急に勢いよく開いた。
「痛っ……!!」
ゴン、という音が当りには響いていた。王子はしゃがみ込み、激しく脳を揺さぶられるようなおでこの痛みを撫でていた。扉の向こうにいたグレイスは目と口を大きく開き、口に手を当て驚いているようだった。
「ご、ごめんなさい……!」
「大、大丈夫だから……!」
顔を上げた王子は目に涙が溜まっていた。グレイスを見上げた王子は一瞬思考が止まったように、ぼーっと彼女を見つめた。
「あ、あの、本当に大丈夫?」
「え、ああ。大丈夫だけど?」
王子はおでこを擦りながらも立ち上がった。グレイスは眉を垂らしながら、王子を見上げた。
「……本当に貴方があの銅像の……お母さん?」
「? そうだけど。似ていないかしら?」
王子は眉を寄せ、もう一度よくグレイスを見た。目の前に居る女性は母親というには若すぎた。銅像の男、リカルドは見たところ王子よりも歳は上だった。グレイスはそのリカルドの母親とは到底思えない容姿をしていた。顔のどこにも、小さな皺すら見当たらなくて、肌は艶々としていた。おまけに小柄だった。金の髪を耳の下で束ねているのが唯一、落ち着いた大人の女性だと認識させるくらいだった。
黙った王子を心配そうにグレイスは見つめ、おずおずと声を掛けた。
「お医者さん呼んだ方がいいかしら? 打ち所が悪かったかしら……。どうしましょう。大変な事をしてしまったわ……!」
顔をみるみる青ざめさせたグレイスにハッとし、王子は首を思いっきり振った。
「あ、ごめん! 違う、大丈夫だから!!」
「ああ! そんなに首を振るといけないわ!」
「ちょっと! 本当に大丈夫だから、落ち着いて!」
取り乱し何処かへ掛けて行こうとするグレイスの手を王子は掴んだ。グレイスは涙目で王子に振り返った。
「本当に? 私、ドジだから、すぐに人に迷惑を掛けてしまうの。本当に大丈夫?」
「大丈夫。さっきはほら、あまりにも貴方が若く見えたから、驚いて……」
グレイスはキョトンとした顔を王子に向けていた。それからふふっと笑い出した。
「嫌だわ。若いなんて。もういいおばさんよ」
「……いやいや、到底あんな大きな子どもが居る母親には見えないんだけど……。お姉さんか、恋人って言われても納得できる」
グレイスは頬を赤く染めて苦笑した。王子はグレイスの手を離し、今度はグレイスの全身を見た。
「もう、からかわないでくださいっ。そりゃあの子の事は若くして産んだけど、貴方が言うほど若くなんてないんだから」
「……。マジか……。マジで母親なのか……」
もじもじと恥ずかしそうにするグレイスを見つめ、王子はグレイスに聞こえないくらいの声で小さく零した。
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「それで、助けてくれるって本当なのかしら?」
グレイスは王子を家の中へと通した。グレイスに出されたお茶をすすりながら、王子は事情を説明した。
「――という訳なんだ。俺はその魔女を殺しに来た」
「でも、魔女を殺しても呪いが解けるなんて確証はないわ……」
グレイスの顔はみるみる曇って行った。
「それはそうだけど……。とりあえず話を聞かせてくれないかな? どうしてリカルドはあんな姿に?」
「それは……」
グレイスはポツリポツリと話し始めた。グレイスの顔色はどんどん悪くなっていった。それでもグレイスは、リカルドの事を王子に全て話した。




