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【2】 寸胴でツルツル、プニプニの茶色い生物(2)


 それは数週間前に遡る。エレナはその日も一人森の奥に作られたこの家で過ごしていた。


 その日は来客もなくエレナはのんびりと時間を過ごしていた。お茶を飲み、本を読み、昼寝をして、特に何かやることもなく過ごしていた。昼寝から目覚めて思い出したのだ。育てていた薬草を収穫に行かなければいけないことを。エレナは乱れた薄い茶色の髪を梳かし、すっかりと忘れていた薬草を取りに行く為、家の扉を開けた。一歩踏み出そうとして、危うくそれを踏みつけるところだった。


 扉の前にはプレゼントのように可愛くラッピングされた、大きな箱が置かれていた。エレナは一瞬理解が出来なかったのか、ぽかんと口を開けた。こんな森の奥に住むエレナの元へ、誰かがわざわざ贈り物だけを置いて去っていく事など今までなかった。もしかすると誰かの落とし物だろうかと思ったエレナはしゃがみ込み、その箱を観察した。エレナはリボンに括りつけてある宛先を見つけた。驚いたことに宛先はエレナになっていた。正真正銘この箱はエレナへの贈り物だった。


 誰からの贈り物かも分からない箱だが、エレナは嬉しくなりその箱を抱え上げ家の中へと入れた。すぐに開けたい衝動に駆られたエレナだったが、取りに行かなければいけない薬草は、日が沈むと枯れてしまう物だった。エレナは興奮する気持ちを抑え、先に薬草を取りに行ったのだ。心の中で箱に、待っててね! と呟きエレナは駆け出して行った。


 エレナが戻って来たのは日が沈んだ後だった。目当ての薬草を刈り取ったエレナは意気揚々と家の扉を開けた。そこにはまだ箱があった。本当は夢ではないだろうかと疑っていたエレナは、夢ではないことに嬉しくなり頬を緩ませ興奮した。

 誰かからこうやって贈り物をしてもらうのは、エレナにとって久しぶりの経験だったのだ。だがまだ箱に触ることは出来なかった。刈り取った薬草を処理しておかないといけなかったのだ。昂ぶる気持ちを再び押さえてエレナは箱から離れた。


 エレナが初めにその箱を確認してから何時間か経った頃、ガタッという音が家に響いた。丁度処理を終えたエレナは音のした方へ向かった。その音は箱の中からしていた。何か危ないものでも入っているのではないかと、エレナは不安に思いつつも箱のリボンを解いた。

 ドキドキと胸は高鳴り、期待と不安を抱えながらエレナは箱を開けた。大きいけれどあまり高さのないその箱から、ヌッと何かが顔を上げた。エレナは驚き、開けた箱のふたを持ったまま時間が止まったように動きを止めた。


 二本足で立つその生き物はじーっとエレナを見ていた。弱っているのか少しフラフラと体を揺らすその生き物を、エレナも不思議そうにじーっと見た。そしてエレナは思った。最高の贈り物だと。


 「貴方、名前は? どこから来たの? あ、私はエレナよ、よろしくね!」


 エレナはその生き物を抱きかかえた。ひんやりと冷たい体は、表面はツルツルしているが、抱えると弾力がありプニプニとしていて気持ちいいとエレナは思った。

 エレナは、問いかけても、触られていても何の反応もない生き物に対し少し心配になった。エレナが箱を放置したことで、その生き物は弱ってしまっていた。箱の中の酸素も薄かっただろう。何よりも体より一回りくらい大きいサイズの暗い箱に押し入れられて、ストレスに感じない筈はないだろう。エレナはそう思い、その生き物に対して申し訳ない気持ちを抱いた。


 「大丈夫? ごめんね、私が早く開けてあげなかったから……」


 シュンと落ち込み俯くエレナは頬に、ヌルっとした湿ったものを感じた。驚いて顔を上げると、抱き上げていたその生き物がエレナの頬を舐めていた。


 「許してくれるの……?」


 ベロベロと頬を舐める生き物にエレナは笑い掛けた。


 「お腹空いていない? この子何食べるんだろう……」


 ただでさえエレナは何時間も箱を放置していたのだ。それでなくとも、この家に届けられるまでに長い時間、箱の中に入れられていたのだろう。お腹が空いていない訳はないとエレナは思った。だが、この見たこともない生き物が何を食するのかエレナには見当がつかなかった。

 頭を悩ませながらも、エレナはその生き物を床へと降ろした。ペタンと座り込む生き物のその姿がまたも、エレナに微笑みを与えた。


 「水は飲めるよね? 流石に」


 スープ皿に水を入れ生き物の前に差し出した。生き物はよほど喉が渇いていたのか、勢いよく舌を出し、水を飲み始めた。一通り水を飲み満足したのだろう生き物は、入っていた箱に戻って行った。


 「どうしたの? そんな狭いところじゃなくて、好きなところに居ていいんだよ? こっちにおいでよ?」


 エレナが箱を覗きこむと同時にその生き物は再びヌッと後ろ足で立ち上がった。生き物の頭と、覗き込んだエレナのおでこはぶつかる直前だった。頭突きで生き物を気絶させるところだったと、エレナはヒヤッとし、ぶつからなかったことに安心した。


 「なに持ってるの? ん? 私に?」


 生き物は口に咥えていた紙切れをエレナに受け取って欲しいのか、体を揺らしエレナに何度も擦り付けた。エレナはそれを受け取り開いた。ピンク色の薄い紙には、細々とした字で受取人であるエレナに向けて色々と書いてあった。

 エレナはその手紙であろう物にざっと目を通した。そこに掛かれていたのは、その生き物の飼育法だった。エレナは今一番気になっている箇所を探し、読み取った。


 「えっと、餌は野菜や果物を主に食べます。野菜……、ニンジンあるけどそれでいい?」


 エレナは家の中にある食材を思い出し、生き物に問いかけた。生き物は言葉が分かるのか、こくりと頭を縦に振ったのだ。


 「すごい! 私の言っている事分かるの!? ちょっと待っててね! すぐ持ってくるから」


 エレナは言葉が通じたと感じ、嬉しくてにこやかにそう言った。エレナにとっては久しぶりの会話が出来る相手だった。一人森の奥で、たまにしか来ない客を待つ日々をエレナは寂しく感じていたのだった。誰でもいいから話し相手が欲しいと思っていたところだったのだ。


 部屋の奥からタタッとエレナはニンジンを抱え、お腹を空かせて待っているだろう生き物の元へ戻った。勢いよく生き物にニンジンを差し出すと、生き物は大きな口でニンジンに噛り付いた。エレナはそれを横で嬉しそうに見ていた。

 生き物はニンジンに噛り付くがすぐに大きな口を離した。そしてまた噛り付いては口を離した。不思議に思ったエレナはニンジンに目をやった。そのニンジンはエレナが先ほど持ってきた状態のまま床に置かれていた。


 「あれ、もしかして歯が無いの? ちょっと待ってね? 食べやすい大きさにしてあげるから」


 エレナは再び奥の部屋へ向かい、包丁を取り出した。それを片手に持ち、生き物の元へ向かった。生き物は相変わらずニンジンに噛り付いていた。齧れないことは分かっているのに、それでも止めようとしない姿に、エレナはクスリと笑みを零した。


 「おバカさん。食べられないなら舐めるしかないでしょ? ほら貸してごらん。切ってあげるから」


 生き物からニンジンを取り上げ、適度な大きさに切ってそれを口元に差し出した。大きな口でぱくりと、エレナの手からニンジンを食べた生き物は満足そうに口を動かした。


 「噛めるの? 丸呑み?」


 素朴な疑問を生き物にぶつけたエレナだったが、次を早く寄こせと言わんばかりに口を開けた生き物に急かされ、ニンジンを今度は薄く切って渡した。その方が食べやすかったのか、生き物はさっきよりも早くニンジンを飲み込んだ。


 「急かさないで。今あげるから。はい、どうぞ」


 パクパクと食事を始める生き物を見て、エレナは心が温かくなったような気がした。いつもは一人で食事をし、一人で過ごす。こうやって誰かの面倒を見ることもないし、誰かに急かされる事もない生活だった。それを寂しく感じていた。一人が身に染みていた。孤独だった。


 「明日は一緒に食べようね?」


 生き物の頭を撫でながらエレナはそう言った。ニンジンを丸々三本平らげた生き物は満足そうに目を細めていた。


 それにしても一体誰がこの生き物を送って来たのだろうと、エレナは不思議に思った。生き物は食欲が満たされたおかげか、どこか眠そうに見えた。エレナは生き物を横目に、さっきの手紙をちゃんと読んだ。


 『親愛なるエレナ

 貴方に彼の面倒を見て欲しい。貴方も一人で寂しくしているのでしょう? 彼とお友達になってみてはいかがでしょうか? 彼は頭が良く、マナーもしっかりしている。貴方に多大な迷惑はかけないでしょう。どうかよろしくお願いします。


 彼は野菜や果物を主に食べる。肉や魚はお腹を壊すので気を付けて欲しい。

 彼は野生の本能を抑えられない事があるので、あまり刺激しない事。


 以上の事は特に気を付けて欲しい。それ以外に注意すべき点は特にない。あまり彼の機嫌を損ねないで欲しいというところだ。分からない事は彼に聞いてくれ。彼も嫌な事は拒否するだろう。

 ああ、最後になったが彼の名前は「4-L」だ。よろしく頼む。彼と貴方に幸運があることを祈ります』


 「差出人が書いてない……。誰からなんだろう? 貴方は知ってる? 誰にここに連れて来られたのか」


 エレナは生き物に尋ねた。生き物は寝ころんでいた体を起こし、エレナに近づいた。


 「グォー」


 しゃがれた声で生き物は鳴いた。エレナはその声に目を見開いた。


 「やっぱり分からない? まあいいや。貴方はこれからここで暮らすみたいだけど、それでいいの? 私はここに居て欲しいけど、森の中の方が貴方は過ごしやすいんじゃない?」


 生き物は後ろ脚で立ち、短い前足を必死にエレナへと伸ばした。まるで握手でも求めるようなその行動に、エレナは目を丸くしてクスリと笑った。生き物の前足を掴みキュッと握った。


 「分かった! よろしくね? それにしても4-Lなんて、名前って言えないよ。でも貴方はずっとそれで呼ばれていたんでしょ? そうだなぁ……、あ! じゃあ、じゃあ、シエルってどう? 4-Lでシ、エル。これならいいでしょ? こっちの方が可愛いよ? ……ダメ?」


 エレナは小首を傾げて生き物に尋ねた。握ったままの前足はプニプニとしていて気持ちがよく、優しく抑えながら生き物の答えを待った。だが生き物は何の反応も示さなかった。所詮動物、言葉は通じないとエレナは思った。さっき頷いたのもたまたまだったのだろう。それでもエレナは自分の言葉を聞いてくれたようで嬉しかったのだ。


 「シエル……」


 小さくそう呼ぶと、ピクリと生き物は体を震わせた。そして大きな口をパクパクと開け閉めしたのだった。


 「反応した……? 嫌じゃないのね! じゃあ貴方は今日からシエルよ!」


 ふふっとエレナは一人笑い、シエルを抱き上げた。抱き上げられたシエルは眠そうにウトウトしていた。




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