【17】 名家の娘とその恋人について(8)
王子とアッシュ、ルゥは王子の泊まる宿屋の酒場に居た。
「これでよかったのか?」
「どうしようもない。レジーナの事は嫌いだが同情はする。可哀想だとも思う。だけどあの性格は許せない。俺はあいつを利用した。だけどあいつも今まで散々他人を利用し、蹴落としてきたんだ」
「確かにレジーナはわがままだったけど……。あ、ルゥに嫌がらせって、あれ何?」
「誹謗中傷の書かれた手紙や、レジーナに頼まれてルゥに軽い危害を加えようとする奴らが居たんだ」
「!? そこまでしてたのか?」
「ああ、初めは軽い物だった。家の中を荒らされたり、家に泥を投げつけられたり、子どもの悪戯みたいな……。けど日を追う事にエスカレートしていって……。ルゥを一人で家に居させるのが怖かった」
「俺がレジーナと関係あるって言った時怒鳴ったのも?」
「ああ」
王子は驚いて目を見開いた。アッシュとルゥは気まずそうにしていた。
「じゃあどうしてルゥは俺に声を掛けたの? もしかしたらまた嫌な事されるかもって思わなかったの?」
「……マキナはそんな人じゃないって思った。貴方の事知りもしないのにね? 変だよね?」
「俺はルゥに危害を加えるつもりはなかったけど……」
「ほらね? もういいじゃない。止めましょうよ」
ルゥは困ったように笑った。
「お嬢さんの気持ちも分かるわ。アッシュの事が本当に好きだったのよ。それを私がしゃしゃり出たんですから、私を魔女と呼びたくなる気持ちも分かる。嫌がらせをする気持ちも……。もうお嬢さんの事はそっとしておいてあげましょう? 私は別に魔女と呼ばれても気にしないから」
「ルゥ……」
「……なぁ、これからどうするんだ?」
王子は二人を見つめた。レジーナは許さないと言った。この街の名家の娘に睨まれたのだ。今後、今までのように暮らせるとは王子には思えなかった。
「きっともうこの街では商売出来ないだろうな」
「そうね」
「ルゥ、ごめん。俺がレジーナを怒らせたから」
「もういいから。ねぇアッシュ、引っ越さない?」
「え?」
「新しい土地でやり直しましょう? 蓄えは少ないけど、しばらくは食べていけるわ! 新しい土地で、新しい生活を送りましょう? もうここに居ても仕方ないわ」
「でも……」
「私の事は気にしなくていいの! どこででも生きていける。この足を奇異な目で見られても平気。私は気にしない」
ルゥはニッコリとアッシュに微笑んだ。
「ルゥの言う通りかもな」
「マキナまで……。逃げ出していいんだろうか?」
「だって、ここに居たってレジーナは話しを聞かないんだろ? それに生活の術を奪われたらどうしようもないじゃないか。レジーナだってアッシュが近くに居るから固執するんだ。もうどこに行ったかも分からない様になれば、落ち込むかもしれないけど追いかけたりはしないだろ?」
「それは、そうかもしれないけど……」
「レジーナの為でもあるんだ! って思ってみたら? レジーナのお父さんだって、アッシュがレジーナの近くに居る事を望んでいないんだろ? だったらきっとうまい具合にフォローしてくれるさ」
「そんな簡単な話じゃないと思うけど……」
アッシュは困ったように王子を見つめた。
「もう! アッシュ、いいじゃない! 逃げましょう? 一緒に!」
「ルゥ……。お前は逃げ出していいのか?」
「いいの! アッシュと一緒なら何だって私はいいの。お嬢さんには悪いけど、アッシュを渡す気なんてないんだから」
「……分かった。一緒に逃げよう。どこに行ったって、ルゥと一緒なら大丈夫だ」
アッシュはルゥの手を取った。ルゥは嬉しそうにアッシュを見つめていた。
「そうと決まれば早いに越したことないな! 何か手伝おうか?」
「いや、いい。マキナありがとう。面倒を掛けてしまって」
「本当に。貴方と出会えてよかった。貴方が居なければこうやってお嬢さんと向き合う事も、決断する事も出来なかったわ」
「俺は何もしてないよ」
ルゥは王子にニコリと笑い掛けた。
「そんな事無いよ。私が魔女じゃないって言ってくれた。嬉しかったわ」
「だってルゥは魔女じゃないから。あ、そうだ。その事で何か知らない? 俺本当に困ってるんだよ。魔女の情報なんて無いしさ、ここに来れば誰か何か知ってると思ってたんだけど、こんな事になったし、俺も長居は出来なさそうだし……」
「それは本当にごめんなさい」
「いや、責めてるんじゃなくて……」
「南の、ここからじゃ遠いけど、湖の町で魔女が出たって……」
アッシュがぽつりとそう言った。王子は身を乗り出してアッシュを見た。
「詳しく!」
「俺も詳しくは知らないけど……。商人の間じゃ有名だ。南では奇病が流行ってるって」
「そういやおっさんもそんな事言ってたな」
「何でもその町に住んでた男が銅像のように動かなくなったって……」
「おお、何か魔女っぽい!」
「もう何人も行方不明になってるとか……」
アッシュは困ったように王子を見た。ルゥは心配そうにアッシュの手を握っていた。
「マキナ。本当に行くの? 危ないよ? お兄さんの事探してるのは分かるけど、わざわざそんな危ない所に行かなくても……」
「大丈夫だよ、ルゥ! 俺だって馬鹿じゃない。自分の身を守るくらいは出来るさ!」
「でも……」
「心配してくれてありがとう。その町の人達はどうしてるの?」
「さぁ……。もう長い間その町には近寄ってない。近寄る者も居ないだろうし……。それにあくまで噂だし、話半分に聞いといてくれ」
「レジーナの話しもそうやって確かめに来たんだ。その町にも確かめに行くよ! また魔女じゃないかもしれないけど」
「そうか。気を付けてな。送って行ってやりたいけど……」
アッシュはルゥに視線を投げた。
「いいよ! アッシュ達だって自分の事で大変だろ? 場所だけ教えてくれよ」
「ああ、すまない。地図を書く。大まかには街道をずっと南に下って行けばいいんだけど、その途中で東の道に入るんだ」
「南に行って東だな」
「ざっくりだけどな。霧が濃くなってくると思うから充分に気を付けろよ?」
「分かった!」
「幸運を祈るよ。兄さん見つかるといいな」
王子は眉を下げ苦笑いを浮かべた。
「本当に。どこに居るんだか……」




