【15】 名家の娘とその恋人について(6)
アッシュがレジーナの家に納品をするようになった頃、ルゥの足はまだ動いていた。その以前からアッシュはルゥに好意を寄せていた。だが二人はまだ付き合うには至らなかった。身近な、兄妹のような関係だった。
アッシュがレジーナと顔を合わせレジーナが惹かれて行った頃、ルゥは事故に遭った。ルゥの両親はその時他界し、ルゥは足を怪我したが生きていた。病院に運ばれたルゥは意識が回復せずに眠ったままだった。ルゥの身内はもういない。アッシュはルゥを引き取り、一生面倒を見る決意をした。アッシュにとってそれは当たり前の事だった。ただルゥに好意を寄せているだけではなかった。家族の居なかったアッシュにルゥの一家は優しくしてくれた。面倒を見てくれた。その恩返しでもあったのだ。
ルゥの治療には莫大な金が必要だった。ルゥの両親が残していた金ではギリギリだった。アッシュはルゥを気に掛けつつも働いた。
数日後、目を覚ましたルゥは驚いた。足の感覚が無かったのだ。ルゥはその事に怯えた。怯えるルゥをアッシュが優しく支えていた。ルゥの足は処置をすれば歩ける可能性があった。だがその治療にも莫大な金が要った。アッシュにもルゥにも到底払える額ではなかったのだ。それでもアッシュはルゥに足を取り戻して欲しかった。
その頃になるとレジーナはアッシュへの恋心を抑えられなかった。レジーナの父親はアッシュを快く思ってはいなかった。何度もアッシュの出入りをやめさせようと考えていた。だがレジーナの生き生きとした顔を見る度に、父親はその決断を下せなかった。
ある日アッシュはレジーナの父親から提案を受けたのだ。“少しの間だけでもいい。病弱なレジーナに夢を見せてやって欲しい。レジーナに構ってくれ”と、アッシュに金を渡した。アッシュは断ったものの、ルゥを引き合いに出された。その額はアッシュが普段働いて得る物よりも、数倍あった。アッシュは金に目がくらみその提案を受けた。
仕事がない日はレジーナに構った。ただアッシュは友人として、レジーナに優しく接した。アッシュはレジーナと恋人関係になったつもりなどなかった。一度もそういう関係だとお互い口に出したことすらなかったのだ。
アッシュはそうするたびにレジーナの父親から、間違っているとは思っても報酬を受け取った。それをルゥの足の治療費に当てるつもりだった。
そうしていくうちにレジーナの恋心は強まって行ったのだった。レジーナはとうとう父親にアッシュと結婚するつもりだと話した。父親はレジーナがアッシュと結婚すると言い出した事には反対だった。元々認めてなどいなかったのだ。アッシュとレジーナでは身分が相応しくない。父親はそう考えていた。
レジーナの発言を聞いた父親は、アッシュにもレジーナの気持ちを言い渡し、自分勝手にもうレジーナと会うなと言った。だがその発言を聞いてもアッシュはレジーナと会った。自分の事を好いているのなら尚更、突然消えるような真似は出来なかった。それではレジーナが可哀想すぎる。ちゃんと説明をして、自分が居なくても他に友人を見つけられるように、レジーナが一人でも生きて行けるように、別れを納得してもらうつもりだった。
ルゥは、アッシュがレジーナと頻繁に合うようになった頃、足以外はすっかり良くなり、退院の日を迎えた。歩けないのは残念だが、ルゥは命がある事に感謝した。それに歩けなくとも絶望はしていなかった。新しい人生を歩むのだと、違う目線から物が見られるのだと、ポジティブに考えていた。手術をしたところで、足が治る可能性は低かった。
退院をして村に戻ったルゥは村人から最近アッシュの様子がおかしいと聞かされた。隣のファランの名家の娘と仲良くしているとルゥは知った。その事をアッシュに問いただした。アッシュはルゥの為に金を集めているのだと知ってしまった。
ルゥはアッシュに止めるように言った。だがアッシュは大丈夫だと言い、聞き入れなかった。アッシュが受け取って来る金額は、働いてもなかなか手に入れられないほどの金額だった。ルゥは良心が痛んだ。こんな風に人から金を受け取っていいのか。まるで騙しているようだとルゥは一人思っていた。どんどんアッシュが変わって行ってしまうのではないかと思い怖くなった。
しばらくしてルゥはやはり間違っていると思い、アッシュにもうそんな事を止めて欲しくて動いた。村人にお願いしてファランのレジーナの家まで行ったのだ。直談判するつもりだった。アッシュをもう寄せ付けないで欲しいと。たまたまレジーナの家の前でレジーナの父親に会ったルゥは、自分が来た理由を話した。レジーナの父親はルゥを快く中庭へ通した。レジーナの父親もアッシュの事を払いたかったのだ。
ルゥは中庭で仲睦まじく話すアッシュとレジーナを見て胸がざわついた。言葉を失った。ルゥの姿が目に入ったアッシュはルゥに駆け寄った。ルゥは泣き出しそうになりながらも、アッシュに戻って欲しいと伝えた。それから思いの丈を全部アッシュにぶつけた。アッシュはルゥの気持ちを受け入れた。自分のしていた事がルゥの為にならないと、ルゥは望んでいないと理解した。ルゥが泣く姿をアッシュは見ていられなかった。ルゥの為にもレジーナの為にも、レジーナにもう会えないと説明し別れを告げたのだ。
「それから俺はバンクスさんに、金を全部返した。手は付けていなかった。ルゥの為に全額取っていたんだ」
「私はそんなお金で足を取り戻したくなかったの。それにアッシュが居てくれるなら、足は動かなくても平気」
アッシュとルゥは顔を見合わせ微笑んだ。
「じゃあ君達はレジーナを利用していたって事?」
「そうなるな……」
「だから悪く言われても何も言えなかった。悪いのは私達だから」
「……レジーナに全部話した?」
「会いたくもない。あんたから話してくれよ。頼む」
「なんで俺が……」
「会うたびに酷くルゥの事を罵られる。どのレジーナが本当の彼女なのか、もう分からない。一緒に居て楽しいと思った事もあった。だけど気が付くとそれが嘘だったんじゃないかって思う事もあった。楽しそうに笑いながら話していたと思えば、次の瞬間には冷たくて、わがままになったり……。ルゥの事、酷い噂を流したり。正直もう関わりたくない。それにいくら俺が説明しても聞く耳を持たないんだ」
「お嬢さん体が弱いから、興奮するといけないのよ。本当はちゃんと話し合いたいのに」
ルゥは困ったようにレジーナの心配をしていた。王子は溜め息を吐いた。
「分かったよ。どうせ明日レジーナには会うんだし」
「悪いな。巻き込んで」
「いいよ。別に。これも何かの縁だろうしさ」
王子は困ったように笑い、アッシュ達の家を後にした。手を振るルゥと、心配そうに見つめるアッシュに見送られ、ファランの宿屋への帰路についた。




