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【13】 名家の娘とその恋人について(4)


 隣の村はファランとは違い、田舎だった。特にこれといって目立った物もなく、人々はのんびりと暮らしているように見えた。農業に勤しむ物が多く王子は感心していた。誰も皆、汗を流し生き生きと働いていたのだ。


 レジーナに聞かされたアッシュの家は川沿いにあった。レジーナの言った特徴や、その辺りの民家を見比べればすぐに分かった。案外すぐに見つかった目的の場所に、王子はどうしようかと迷った。何もプランを考えていなかったのだ。とりあえず来たのはいいものの、その後何をすればいいのか王子には見当がつかなかった。


 「うーん。どうすっかな……」


 一人ボソッと呟きアッシュの家を見つめながら王子は佇んだ。こうしていても仕方は無いという事も分かっていた。


 「あのぉ……」


 王子はいきなり後ろから声を掛けられ、驚き肩をビクつかせた。振り返った王子に声を掛けた人物は申し訳なさそうに眉を垂らした。


 「ごめんなさい。驚かせました?」

 「い、いえ……」


 王子はその女を凝視した。振り返った時視界に入らなかったのだ。視線を下に落とすと、彼女は車椅子に座っており、膝にはブランケットを掛けていた。足が悪いのだろうと王子は思った。だが足の悪さとは違い、顔色は良く健康的だった。


 「何か御用?」


 彼女はニコリと微笑んで王子に聞いた。


 「あ、その、貴方はそこの家の人?」

 「ええ。あ! もしかしてお客さん? わぁ、お客さんなんて久しぶり! よかったらお茶でもどうですか?」


 女はニコニコと嬉しそうに王子にそう言った。王子は困った顔をしていた。


 「でも……」

 「違いましたか? アッシュの知り合いの方じゃないんですか?」


 王子は考えた。が答えは見つからなかった。駆け引きなど王子には到底出来なかった。


 「ちょっとアッシュに聞きたいことがあったんだけど」

 「それならもうすぐ帰ってきますよ? 一緒にお茶でも飲みましょう」


 王子は女の後に付いて家に入れてもらった。


 「何か手伝おうか?」

 「平気、平気! こう見えても結構何でも出来るのよ? あ、でも高いところは流石に手が届かないけどね?」


 家の中のキッチンに王子は付いて行った。女は慣れた手つきでお茶を淹れていた。キッチンは女が使いやすいように低くなっていた。無理矢理低くしたような感じだ。所々歪に煉瓦で補強してあった。収納スペースも殆ど下の方にあった。


 「はい、どうぞ?」

 「ありがとう」


 女からお茶を受け取り王子は椅子に座った。


 「あの、失礼だけど、その足はどうしたの?」

 「ああ、動かないの。事故に遭って」

 「そう、なんだ」

 「気にしてないよ? まぁ前に比べれば不便だけど、でもそんな落ち込む事でもないしね? 生きているんだからそれでいいじゃない」


 ふふっと女は笑った。


 「強いんだね。そう言えば名前は? 俺は、えっと、マキナ」

 「私はルゥ。マキナはアッシュに何の用事?」

 「用事って程じゃないんだけど……。ルゥはアッシュとどういう関係? 恋人?」

 「そうね。そんなところかな。恋人になったのは最近なんだけど。アッシュとは幼馴染なの。小さい頃から一緒に居るの」

 「そうなんだ」


 王子はルゥを見つめた。このルゥこそが、レジーナの言っていた魔女だという事は王子にも分かった。だがレジーナ同様ルゥに対しても王子は何も感じなかった。それにレジーナの話しとはつじつまが合わなかった。ルゥはレジーナよりも前に、アッシュに出会っている筈だと王子は思った。いきなり奪われたにしてはルゥの話しはどうも納得が出来なかった。


 ルゥは人と話すのが好きなのか、取り止めの無い話を仕切りに持ち出していた。足の事もあり、あまり遠くには行けないようだった。たまにファランに必要な物を買出しに行くのが彼女にとっての遠出だった。それにも村人の協力が必要で、ルゥはその事を少し申し訳なく感じているようだった。王子が王都から来たのだと話すと、ルゥは興味津々に王子の話しを聞いていた。


 王子とルゥが会話を楽しんでいたその時、玄関の扉がガチャっと開き、体格のいい青年が入って来た。青年はマキナを見るとその綺麗な鋭い眉を動かし、訝しげな顔をした。


 「誰?」

 「お帰りアッシュ。マキナよ? 知り合いじゃないの?」

 「知らない」


 ルゥはアッシュに王子を紹介した。アッシュは怪訝な顔でもう一度王子を見た。


 「マキナは貴方に用事があって、わざわざ訪ねてくれたのよ?」

 「用事?」

 「ああ。俺は駆け引きとか、探りを入れるのとか全然得意じゃないし、それにルゥは話しててどうも違うなって思って……」

 「何の話しだ?」

 「だからちゃんと両方の話を聞きたいんだ。単刀直入聞く。ルゥは魔女?」


 ルゥは驚いたように目を見開き、アッシュは怒りをその瞳に宿して王子を睨んだ。


 「お前……! レジーナにそう言われたのか? レジーナに頼まれてきたのか!?」

 「ちょ、そんなに怒らないでよ」

 「さっさと帰れ!」


 アッシュは王子に怒鳴り今にも掴みかかりそうな勢いだった。


 「アッシュ、落ち着いて。マキナにもきっと事情があるのよ」

 「落ち着けるか! あの女のせいで、お前はありもしない事まで言われているんだぞ!? 何が魔女だ! あいつの方がよっぽど魔女じゃないか!」


 王子はぽかんと口を開けた。


 「なぁ、俺はレジーナに頼まれてここまで来たけど、でも別にレジーナの味方とか、あの子を助けたいとかそういうんじゃないんだ。成り行きなんだよ」

 「はぁ!? じゃあお前の目的は何だ?」

 「確かに、初めはレジーナの話しを聞いて可哀想と思ったけど、レジーナが言うほどルゥは酷い人じゃないし、むしろレジーナの話しとは全然違うし……。俺は魔女を探してるんだ。ちゃんと話聞かせてくれないか?」


 ルゥとアッシュは困ったように顔を見合わせた。先に口を開いたのはルゥの方だった。


 「アッシュ。追い返す前に少し話を聞きましょうよ?」

 「ルゥがそう言うなら……」

 「マキナ、先に質問させてね? 魔女を探してるってどういう事? それとお嬢さんと何の関係が?」

 「そうだよな。俺だけ黙ってるのもフェアじゃないな。少し話は長くなるんだけど……」


 王子は落ち着いたアッシュとルゥに自分の話しをした。勿論自分が王子であるという事は伏せて。兄が魔女と関わり行方不明になった事、その為魔女を探している事。その手掛かりがレジーナだった事を王子は話した。


 「そんな感じ。手がかりが何もなかったんだ。だからレジーナの噂を聞いて、何か知っているかと思ってさ」

 「ルゥが魔女な訳ないだろ。こいつはただの人間だ」

 「うん。俺もそう思う。それにレジーナの話しとは何だか全然違うようだし。君達の話しも聞かせてくれよ。アッシュとレジーナは恋人だったんだろ?」


 アッシュは苦い顔をした。ルゥも苦笑いを浮かべていた。


 「恋人なんかじゃない。俺はレジーナの事、愛して何ていなかった。あの女が勝手に勘違いしたんだ」

 「どういう?」

 「あのね、マキナ。アッシュは私の為にお嬢さんと……」


 アッシュとルゥは苦い顔をしながら話し始めた。


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