【12】 名家の娘とその恋人について(3)
レジーナと二人部屋に残された王子は、レジーナに勧められソファに座った。
「貴方そういえば名前は?」
「俺? そうだな名前……」
王子は考えた。素性がばれるのはあまりよくない。名前からでも正体がばれて魔女に出会う前に逃げられるかもしれない。もしかしたらやられるくらいなら、と思われ先手を打たれるかもしれない。
王子はどうせ誰も自分の事など知らないだろうとは思っていた。だがもしもがあるかもしれないと、そう考えたのだ。
「何? もしかして名前無いの……? そんな事ってあるの?」
目の前の緑色の髪の女の子は不安げに王子を見た。王子はハッとして、ニコリと笑い取り繕った。
「そうじゃなくて、あまり自分の名前好きじゃないんだ」
「そうなの? そんなに酷い名前を付けられたの? でも名前が無いんじゃ不便だわ」
「……マキナ」
咄嗟に出た名前だった。勿論王子の本名ではない。何の関連性も無い名前だった。
「そんなに変な名前じゃないじゃない」
レジーナはクスクスと笑った。
「で、マキナは私を助けてくれるの?」
「助けるって言ったって、俺に何が出来るんだよ?」
「あの魔女からあの人を取り戻して!」
「だからどうやって?」
「何でもいいわ! とにかくあの人と魔女を引き離して私の元に連れて来て!」
「その後は?」
レジーナはクスリと王子に笑い掛けた。
「私、最強の魔法を知ってるの。どんな魔法もそれには敵わないもの」
王子は訝しげな目でレジーナを見た。レジーナはクスクスと笑っていた。
「それってどんな魔法? 君は魔女じゃない、んだよね?」
王子は真っ直ぐな目でレジーナを見据えた。父親の助言通りだとすれば、目の前に居る少女からは何も感じなかった。ただの人間、王子はそう思ったのだ。
「魔女? 私をそんなモノと一緒にしないで!! あんな! あんな女と同類何て思われるのも嫌だわ!!」
レジーナは人が変わったように顔を赤らめ憤慨した。
「落ちついてよ。まぁいいや。とりあえず何があったのか教えて。君が彼氏をその魔女に盗られたって言うのは聞いたけど……」
「大まかその通りよ。私と彼は愛し合っていたの! それなのに、あの女が現れた途端、彼は私に見向きもしなくなった! きっと魔女の呪い何だわ。許せない。彼を取り戻したいの!」
「それは分かったから……」
「じゃあ協力して! お願い! お金なら払うわ。何でもあげる」
「何もいらない。俺が欲しいのは魔女の情報だけだ」
レジーナは落ち着きを取り戻し、顔色の悪いまま話を続けた。
レジーナの彼、アッシュはゴンザレスと同じように、この屋敷に品物を売りに来る商人だった。隣の町に住んでいた。屋敷に通うたびにレジーナと会い、レジーナは惹かれて行った。レジーナの父親は商人であるアッシュの事を娘に相応しくないと思っていたが、アッシュと居る時のレジーナは生き生きとしていた。娘のそんな姿を見られる事が嬉しくて、アッシュとの事も黙認していた。
レジーナはアッシュが来る日を待ち遠しく思っていた。アッシュとの仲が縮まってから、彼は納品の日でなくてもレジーナに会いに来た。レジーナを屋敷から連れ出し、一緒に街に繰り出してデートを重ねていた。レジーナは結婚を考えていた。そんな仲だった。
三か月ほど前、レジーナはアッシュと共に居た。その日レジーナは体調が悪く街に出ることは出来なかった。屋敷の中庭で噴水を見ながらアッシュと話をしていた。アッシュはレジーナの体を気遣いながらも、愛しい時間を過ごしていた。
その時だった、魔女が現れたのは。アッシュはその姿を見ると魔女にすぐに駆け寄り跪いた。魔女を愛おしそうに見つめた。そしてレジーナに別れを告げると二度と屋敷には現れなかった。
レジーナは何度もアッシュに会いに行った。だが魔女と共に居るアッシュは人が変わったようにレジーナを拒絶した。アッシュの近くにはいつもその魔女が居たのだ。
「きっと彼は呪いに掛けられたのよ! そうじゃないと私を拒絶したりなんてしない! あんな、粗野な娘に心奪われたりなんてしないわ!」
レジーナは思い出したのか、苛立たしげに声を荒げた。
「うーん。確かに魔女かもな。人の心を操る魔女。そう思えば納得がいくような……」
王子はレジーナの話しを聞いて何か引っかかっているように感じた。魔女とはそういう物なのだろうか、本当にそのアッシュという男を奪っていったのは魔女なのだろうかと、信じられなかったのだ。
「魔女よ! それ以外あり得ないわ! 私よりもあんな女を選ぶはずがない!」
「その魔女は、その、アッシュに何か呪いをかけたように見えた?」
「分からないわ! でも一瞬だった。彼が離れていったのは一瞬だったのよ!」
「うーん……。とりあえず会ってみないとな」
真偽を確かめるにしても、魔女を殺すにしても、王子は直接魔女本人に会わないと何も出来なかった。自分の力も王子は分かっていなかった。レジーナの言う魔女に出会えば何かヒントが得られるはずだと王子は思った。
「案内するわ」
「ダメだろ。その体で外に出るのか? 今だって体調悪いんだろ? 無理はするなよ」
「でも……! 私が行かないと。街の人は皆私の話しなんて信じていないのよ。マキナが初めてなの! こんなチャンスもうきっと無いわ。あの人を取り返すのよ」
レジーナは勢いよく立ち上がり王子の手を掴んだ。王子はそのまま引っ張られるように、部屋の外へ連れ出された。
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「私も一緒に行く!!」
「だからダメだって……」
「どうして!?」
「どうしてって、そもそも体調良くないんだろ? 寝てなよ? それにほら、今回は様子見に行くだけだから、レジーナが居たら話し聞けない気がする……」
レジーナは頬を膨らませて王子を見ていた。それでも王子はレジーナを連れて行こうとはしなかった。
「とりあえず場所は分かったからさ。今日は様子見てくるだけだし。明日また来るからおとなしくしててよ」
「……分かったわよ」
レジーナはおとなしく王子のいう事を聞いた。王子はほっと息を吐いた。レジーナの顔色はどんどん悪くなっていたのだ。今にも倒れるんじゃないかと王子は心配していた。
「じゃあ、また明日」
「……魔女に気を付けてね?」
レジーナに見送られ王子はアッシュの元へと旅立った。




