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【1】 寸胴でツルツル、プニプニの茶色い生物(1)

 

 彼女が目にしたのは弱った珍しい生き物だった。それはつぶらな瞳で彼女を見ていた。四足歩行と思われるその生き物は、器用に平たい尻尾でバランスを保ち、後ろ脚だけで立ち微動だにしなかった。

 彼が目にしたのは驚いて不思議そうにしている女の子だった。怯えるでもなく、ただただ自分を見ている女の子を、ついつい見つめ返してしまった。その女の子の瞳の奥には寂しさが宿っていた。



***




 「シエルー、ご飯だよー。今日はね、取れたてのキャベツだよ!」


 ニコニコと微笑みながら彼女、エレナはキャベツを千切り差し出した。シエルと呼ばれたそれはのっそりと動き、エレナの差し出したキャベツをぱくっと食べた。もしゃもしゃとキャベツを食べるシエルを見て、エレナは微笑んだ。


 「どうどう?! シエル美味しい?」


 エレナの問いかけにも動じずに、シエルはまたも差し出されたキャベツを口にした。


 「気に入ったのね! よかった」


 キャベツをもしゃもしゃと食べ続けるシエルを見ながら、エレナは相も変わらずニコニコとして、シエルの背中を撫でた。シエルの背中は少し冷たくてツルツルしていた。


 「でも残念だなぁ。シエルも私と同じ物食べれたらよかったのに。いつも味もついていない野菜や果物ばかりで飽きない? たまには甘いお菓子とか、温かいご飯とか食べたくならない?」


 エレナはシエルに不思議そうに話しかけた。シエルはちらりとエレナを見たが、千切られたキャベツに貪りついた。それでもエレナは独り言のように、シエルに話しかけ続けるのだった。


 「私、一緒にご飯食べたいよ。あ、そうか。私がシエルに合わせればいいんだ! シエル、そのキャベツ少し頂戴? ダメ? そんなケチな事言わないでよー」


 エレナはまるでシエルと会話する様に、シエルの為に千切ったキャベツを摘まみ口にした。


 「うん……。キャベツだね。美味しいけど……、美味しいんだけど! でも味気ない! ロールキャベツとかにしたいなー。そうしたらシエルも食べてくれる? 熱いのは苦手? それならシエルの為に冷ましといてあげるよ?」


 エレナの問いかけに、シエルは何も言わない。言わないのではなく言えない。口はあれど、言葉は無いのだ。エレナの言葉もシエルに通じているのか分からない。それでも時々、このシエルという生き物は人間さながらの反応をするのだ。まるでエレナと会話をする様に。


 「どう思うシエル? ロールキャベツはお好き?」


 エレナはどうしてもシエルと同じ物を口にしたい様で、しつこくシエルに問いかけた。呆れたのかシエルはキャベツから目を逸らし、エレナを見た。そして首を横に振ったのだった。さながら人間がそうする様に。


 「そう……。やっぱり食べれないのね。残念。でも貴方が傍に居てくれるだけでも、私は嬉しいよ」


 エレナはシエルをギュッと抱きかかえるとソファに座り、シエルの事を優しく撫でまわした。


 寸胴なシエルの体からは四本の短い足が出ている。胴体から伸びている尻尾はペタンと平たく長い。その口は大きく、くりっとしたつぶらな瞳は見つめられると逸らせない。まるで子犬のような目をしたこの茶色い生き物が、エレナと出会ったのはつい最近だ。エレナはシエルのフォルムに瞬間、心奪われたのだった。


 「シエル、冷たいけど、ツルツル、プニプニしていて気持ちいいね。そのつぶらな瞳で見つめられると、私胸がキューンってなっちゃうの。はぁ、貴方はやっぱり可愛いね」


 エレナはギュウっとシエルを抱きしめた。腕の中でシエルを抱いていると気持ちが安らぐのだった。シエルが少し苦しそうに口を開けているのも知らずに、エレナはシエルの事を可愛がり続けた。


 「あ、そうそう。少し調べたの、貴方の事」


 エレナは抱きしめていたシエルを一旦解放し、自分の顔と向き合うように、また抱き上げた。ニコリとエレナはシエルに微笑み掛けた。苦しい抱擁から解放されたシエルはおとなしくエレナを見ていた。


 「ずっと何ていう生き物なんだろうって思ってたんだけど、貴方、オオサンショウウオってやつ?」


 エレナはシエルに小首を傾げまた問いかけた。シエルは宙に浮く体で、尻尾をプランプランと動かしていた。


 「うーん、よく似ていると思うんだけどなぁ。でもちょっと違うよね? 本で読んだオオサンショウウオってもっとこう、足が短かったし、それにシエルみたいに可愛くなかったもん。目なんてどこにあるのかも分からなかったし……。それにイボがあるって書いてあったし、けどシエルはツルツルだし……。やっぱり違うのかなぁ? シエルどう思う?」


 エレナの問いかけになどまるで興味が無いように、シエルは尻尾を揺らし続けた。その反応に気を悪くしたのか、エレナはムスッと頬を膨らませた。


 「もう、シエル聞いてよね! 貴方の事なんだから!」


 エレナがそう叫ぶと、驚いたのかシエルは体を大きく揺らして、彼女の手から落ちた。そのままのっそりと歩き出し、ベッドの下へと潜ってしまった。


 「ご、ごめん、ごめんねシエル。もう怒らないから出てきて? お願い」


 エレナは切ない声でシエルを呼んだ。だがシエルの反応は無く、エレナはベッドの前で座り込み、シエルの機嫌が直るのをただひたすら待ったのだった。



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