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「アキりん、そこ、どいてくれないかな?」
「倒したのはどっちだよ」
ナツキに倒されたアキトは直後に掛けられた声に抗議の意思を示しつつも、立ち上がった。
「やっぱりリーチがあるのは苦手だね、アキりん」
「まあ、元々やってたのは素手での武術だからな。武器を使うことも慣れてないんだよ」
木刀を手渡しながらアキトはホルスターに入れていたエアガンを取り出した。
「次がラストの武器だな。まあ、銃だから素人の可能性も十分だし」
「素人の場合、の練習だね」
「ああ」
アキトの言葉を最後に彼は銃を構え、ナツキは彼の方へ全力で走り出した。
それに対して、アキトは銃をナツキに向けて3発発砲した。
ナツキはその3発の銃弾(あくまで、偽物であり、装填されている弾はプラスチック製の弾であるが)を身を翻すことですべを避け、一気に間合いを詰める。
そして、右手による手刀で銃を叩き落とし、鳩尾に掌底を、首筋にハイキックを順番に放った。そして、彼を拘束した。
「よっ、と。お疲れ、合格だな。次でラストか」
アキトは勢いをつけて立ち上がり、マガジンを別のものに入れ替えた。
「相変わらず、痛覚がバグってるよね…。アキりんは」
「まあ、そんなこと言うな。痛みを感じてはいるんだ。耐えられるってだけだよ」
「そっか、やっぱりおかしいんだね」
ナツキはそう呟くと、適当に間合いを取って、立ち止まった。
それを確認すると、アキトは銃を構え、先に仕掛けた。まま
アキトはまず、体の中心を狙って1度発砲する。
銃口の向きから弾道を予測すると、ナツキは右へステップを踏むことでこれを躱し、前に駆け出した。
それに対してアキトは弾の準備を済ますと同時にナツキの方を見つめ、ナツキの間合いに入る直前に地面を蹴る。そしてナツキとの間合いを完全になくすと、大外刈りによってナツキの体を倒す。が、ナツキはアキトの胸を掴むと、倒れる自分の更に後ろへ倒して彼の上に乗る。そのままアキトの顎に裏拳を入れようとした瞬間、アキトは左腕をナツキの喉に突き当て、逆に押し倒し、銃をナツキの顔の横に発砲した。
「いやー、全くアキりんは銃の特性をほとんど使わないんだから…。なんのための銃なの?本当に」
「まあ、仕方ないだろ。元々武器を使うのが好きじゃないんだから」
「それに、今日はいつもより力で押すって感じだった…かな」
アキトとナツキはトレーニングルームのシャワーを浴び終えると頭にタオルを乗せたままラウンジへと向かい、歩いていた。
「あれ?ナツキちゃんにアキりんさん?どうしたんでんすか?お二人とも湯上りの格好で…。まさか、一緒にお風呂ですか!?」
ラウンジに入った瞬間、扉の近く、キッチンへの入り口付近に立っていたランに遭遇した。
「なんでアキりんと一緒にお風呂に入るの、ラン…。イリナ様じゃないんだから私はアキりんとは混浴しないよ」
「まあ!?アキりんさん、イリナ様と混浴なさったことがあるのですか!?」
「ないよ…。ナツキもデタラメを言うな。愛華さんに有る事無い事話すぞ」
「ヒドイッ!?なんで私には当たりが強いの!?」
「それは、幼馴染み故の愛、ですよね?アキりんさん」
「いや、ただの八つ当たりだ、ナツキ。それと、ランさん。自分の名前は『アキりん』ではなく、『アキト』です…」
「ヒドイッ!?」
「まあ、そうなのですか!?これは失礼しました『アキりん』さん」
ナツキと『アキりん』はがっくりと項垂れると、ナツキはラウンジの奥へ、『アキりん』は自室へと、それぞれランに挨拶をした後、歩いていった。
「先輩、ちょっといいっすか?」
「ん?どうかしたのか、灯」
「ちょっと聞きたいことがあるんすけど…」
午後になってやっとセルフィーユ・メカニークの本社に出勤してきたアキトは社長室にやってきた後輩、灯という少女の訪問によって、自分の仕事を切り上げた。
「ああ、ここの話か…。もう少し流通の幅を広くしたいってのは聞いているが、流通の幅ってのは地域ということか?それとも対応する製品ということか?」
「いえ、地域の幅っていうのは勿論なんですけど、それは樹先輩が考えてること、っすから。私が言っているのは地域特有の気候や災害に対して、それに見合った製品の生産なんですけど…」
「なるほど…。なら、ハルカに相談した方がいいんじゃないか?」
「相談はしましたよー。ただハルカ先輩は空気清浄機の新製品の開発に忙しいらしくて…」
「ああ、そっか。うーん…今はどっちを優先するべきか?……いや、優先順位は無いな。灯、ミツグを頼れ。あいつは先日のプロジェクト以降、仕事は入っていないはずだ。俺も今の仕事が終わったら空きができるから手伝うよ」
「はい、分かりました!んじゃ、私はこれで!お疲れ様ですっ!せーんぱいっ」
灯は明るい声で、またパタパタと走っていった。
「しかし、今の仕事…か。嘘ではないんだが…これは、丸1年かかるな」