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先の事件の次の日。
アキトが朝食を済ませて、ラウンジへ食器を運びに行こうと立ち上がる直前、扉が大きな音を立てて開かれた。
「アーキーりんっ!ね、ね、久しぶりにやろうよ、あれ!」
「いきなりだなナツキ…。いや、別にいいけど…。今日は出勤するからスーツだけど、いいか?」
「うん、私も見ての通りのメイド服でやるし」
「そうなのか?」
「うん、最近市内の治安があんまりよくないんだよねー。だから、アキりんに稽古をつけてもらおうと思ったの。それに、いざという時は多分メイド服のままだろうからね。慣れておかないと」
そんな話をしながらアキトとナツキは屋敷の1階、玄関ホールから最も遠い角の部屋に歩いていった。
「ナツキ、ここは?」
屋敷内の施設をあまり知らないアキトにはその部屋が何なのか知らなかった。
「ここはね、トレーニングルーム、だよ」
「トレーニングルーム…?誰が使うんだ?」
「そりゃ、私たちメイドさんだよー。さっき一瞬イリナ様がトレーニングしてるところ想像したでしょ」
アキトはその言葉に曖昧な笑みを浮かべながら、ゆっくりとそこの扉を開けた。
トレーニングルーム内には様々なトレーニングマシンが設置されてあった。
「ふふん、凄いでしょ。と言っても、あんまり使われてないんだけどね。みんなもやっぱり女の子だから、筋肉隆々とかは嫌なんだよ」
求めてはいなかったが、アキトにとって疑問になった点は解消された。
「ナツキは使っているのか?」
「んー、私もあんまり、かな。私も含めてみんな奥の道場かそこにあるリングとサンドバッグくらいしか使わないよ」
そこまで話し終えると、2人はトレーニングマシンやリングを通り抜けて、更に奥の道場へと入っていった。
「とりあえず、何をするんだ?」
アキトの声に対し、背を向けて木箱を漁っているナツキは道具を示して返答をした。
「王家の方々を亡き者にしようとする輩に対しての防衛技術の向上、かな」
そう言い、ナツキは彼に大小2本の木刀と、一丁のエアソフトガン(よく言われるところのエアガンであり、空気銃ではない)を放り投げた。
「要するに、暴漢役になれってことか。__いいよ、手伝おう」
アキトは短い木刀を右手に取り、甘く腰を落とした。
「最初の想定はナイフ、手練れではなく素人だ」
「はいよ。課題は武装解除と拘束でいい?」
「ああ、始めるぞ」
アキトはその言葉と同時に地面を蹴り、躊躇うことなくナツキの顔面を狙った突きを放った。
しかし、ナツキはそれを難なくかわし、左手で彼の右手首を掴み、右の腕を彼の右腕の付け根、肩の手間を背中側に回して自分の方へ強く引いた。
それにより、アキトは地面に突っ伏す形となり、右手の木刀も地面に落ちた。
「オッケー、じゃあ次は手練れ…というか、本気でやるから」
あの後、アキトは何事もなかったかのように立ち上がりそう言った。
ナツキ自身、先ほどの訓練で手を抜いたということはなかったのだが、技を極められた様子を見せないアキトに『相変わらずだね』と思わざるを得なかった。
アキトは腰を深く落とすと、間髪入れずに地面を蹴り、彼女との間合いを詰める。
「いいっ!?」
変な声をあげつつも、辛うじて彼の顔への突きをかわしたナツキはすぐさま彼の胸元にある木刀に目を向け、回避の体勢をとった。
これに対し、アキトは彼女の額に向けてまた突きを放った。が、 当のナツキの読みと合致し、頭を下げることで今度は難なく回避された。
ナツキは頭を下げたと同時に彼の右腕を引き、低い体勢から一本背負いの形に入った。
ナツキの一本背負いに、アキトは冷静に対応し、倒されることなく着地、そのまま左の拳を振り、ナツキとの間合いを確保、そしてすぐさま地を蹴り、間合いを詰め、ナツキの首元に木刀を突きつけた。
「いっやー、やっぱりアキりんは強いね。早くてびっくりしちゃった」
『えへへ』と笑いながら、ナツキはアキトから木刀を受け取り、アキトは長い木刀を手に取った。
「次の想定は、刀…と言ってもあまり現代での犯罪には使われないから、もしもの場合だな。素人が持つことはないだろうし、最初から本気でやるぞ?」
「うん!いつでもいいよー」
ナツキの言葉にアキトは腰を落とさず、剣道の構えに入る。
ナツキは少しずつ間合いを詰めながら、アキトの動きに集中する。対してアキトは動くことなく、ナツキの隙を逃さぬように真っ直ぐナツキを見つめていた。
10秒程の時間が経過した時、アキトが仕掛けようと踏み込む、ふりをした。
その瞬間、ナツキにはほんの僅かながら、隙が生まれた。そこを突くようにアキトは踏み込み、間合いを詰め、木刀を上から落とした。間一髪、ナツキは落ち着きを取り戻し、避けることに成功したが、反撃に出ることはできず、後ろに飛び退き間合いを作る。が、アキトはすぐさま間合いを詰め、もう一度攻撃に出る。今度は左から横一閃。隙を突かれた、というわけではなかったナツキにとって、今度の斬撃は見ることができていた。しゃがんで、手を地面に着くと右足で前に出ていた足を払う。バランスを崩されたアキトはナツキによる鳩尾への掌底を後ろに体重をかけ、倒れる速度を上げてかわすと、木刀を持ったままバク転し、一瞬だけ間合いを取った。が、すぐに地を蹴り、ナツキの腹を標的に突きを入れる。
既に壁際まで下がっていたナツキは体を左に捻って突きをかわすと、左手をアキトの頭、右手をアキトの両手に添えると、体をを捻った遠心力を右足に乗せてアキトの脛を蹴り、右手を下に、左手を前方向へ弧を描くように押すと、そのまま倒れこんだ。