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ファドナ共和国における王位継承権は実の息子と娘にも平等に存在している。
現在の王子、および王女では第一王女と呼ばれることもある長女のシャルルがその継承権を完全に放棄している。また、第二王女と呼ばれることもある次女のイリナは弟、第一王子と呼ばれることもあるヨハンの意思に任せると言い、そのヨハンは考えあぐねているところである。
アキトがアルファルド邸に住むようになってから早くも38日が経った頃、彼は順調に好感度を上げていた。主に、使用人たちの。
もちろん、シャルルやヨハンからの好感度も例外ではない。(ここでの好感度はあくまで人間性に対するものであり、恋愛感情ではない)
「アーキートーくーん!!」
「あっ、シャルルさん。どうかしましたか?」
「んもう、呼び捨てでいいって言ってるじゃん。アキトくんと私は同い年なんだから。それに、将来の義弟なんだから、他人行儀なんて必要ないの」
『めっ』と言うように彼に人差し指を立て、ウインクをしたシャルルはそのまま楽しそうに微笑んだ。
そして、その仕草や表情に見惚れながらもアキトは思っていた疑問を投げかけた。
「シャルルさ……シャルルの許嫁って、この家にはいないので…いないの?」
「うん。まだ私の目を見ないとタメ口にはならないけど、慣れていってね?__それで、質問の答えだけど、イエスだよ。顔も名前もしらないと思うけど、カレは大学の近くですんでるよ」
何度かジト目(これも死語になっているが)で睨まれたアキトは彼女の表情から少しだけではあるが悲しみ__ではなく哀しみを見出してしまった。
そのことに罪悪感を感じたのか、彼は別の質問を提起(話題を逸ら)した。
「そういえば、何か用だった?シャルル、から声を掛けてくるのって、珍しいから」
詰まりながらではあるが、タメ口で話そうとする彼に好感を抱きながらも、シャルルは苦笑をし、肩を竦めながら応えた。
「あー、うん。ごめんね、気を遣わせちゃって。__用事は、うん、あるある。イリナが君をよんでいたよ」
「はい、分かりました。すぐに向かいます」
言い終わった後、彼はすぐにはっとした。
恐る恐る彼女の顔を覗くと案の定、彼女は笑顔だった。もちろん、裏のあるものではあるが。
「アキトくん?私言ったよね?」
「は、はい。言いましたね」
「うん、何を?」
「タメ口…ですよね?」
「うん、そうだね」
そして、しばらくの沈黙が二人の下へとやってきた。
アキトがシャルルに睨まれ続けていた時、ある助け舟がやってきた。
「シャルル様…とアキトさん?何してはるんですか?」
その口調の人間を彼と彼女は知らない。無論、この家において、ではあるが。
「あら、ハヅキ?今日はお母さんから休暇を貰ってなかった?__もしかして、フられたの?」
先程までの冷たい表情から一転、シャルルは嬉しそう、ではあるが、悪い笑みでもあった。
「うちがカナトにフられるわけないじゃないですか〜。今からデート、行ってくるんですよ!」
「……な〜んだ、つまんないの」
ハヅキの照れたような、嬉しそうな笑みを見て、彼女は『ごちそうさま』とでも言うような目をしてから、そう答えた。
「アキトくんはもういいや、早くイリナのところ__愛する彼女の下に行って来なさい?」
わざとらしく、一部を大きく強調したシャルルはそう言うと、自分の部屋へと引き返して行った。
「イリナ、入って大丈夫?」
階段を一つ登って、左手に曲がる。すぐまた左へ曲がり、すぐ右手にある部屋から数えて3番目、そこにアキトは立ち、ノックをした。
「ん、アキトくん?いいよいいよ〜、入って」
イリナは彼を部屋に入れ、席を勧めるとすぐに話を始めた。
「あのさ、アキトくん」
イリナはそう切り出すと、彼の反応を待たずに話を進めていった。
「私って、王家の人間でしょ?だから、当然王位継承権っていうのがある。それに、姉さんはもう王位継承権は放棄しちゃってるし、ファドナは男女同権だから、王位継承順位は私が一位なの。それで、ヨハンも継ぐか決めてないの。一応私はヨハンに任せるって言ってあるんだけどね…」
そこまで喋ったところで、アキトは口を挟んだ。
「イリナ、それで…なんの話?」
「そろそろ時期国王を決めないといけないらしいの。だから…」
「それは、俺に話すことか?」
「え?」
アキトの言葉に彼女は驚きを隠せず、王家ということを無視しても、淑女としてはしたのない素っ頓狂な声をあげざるをえなかった。
「イリナ、今の俺とお前は交際相手であり、夫婦ではない。夫婦であれば相談して欲しいが、交際中の関係であれば巻き込んでくれていいんだ」
少し頬を赤らめ目を逸らしつつも、アキトは彼女を諭した。
「アキトくん……ありがとっ!大好きだよ!」
その後、彼と彼女の間で何が起きたのかはあえて割愛しておく。
ただひとつ、彼の名誉のために言っておくならば、いかがわしい行為と呼ばれる事は起きなかったということだ。
そのような雰囲気にはならざるを得なかったが
「アキトさん、ちょっといいですか?」
アキトがイリナの部屋から出て、自室に戻り仕事に没頭しようかと考えていた時、彼に声をかける人影があった。
「どうかしましたか?愛華さん」
「はい。少しお話があるので…」
「分かりました。自分の部屋でよろしいですか?」
「アキトさん?『自分』ではなく、普段の一人称で大丈夫ですよ?現時点では居候という扱いにしかできませんが、将来的にはアキトさんはイリナ様の婿君となりうる御方です。我々もその時がくれば、アキト『様』とお呼びしますので、できる限りフランクになって頂けるとありがたいです」
愛華はそこまで話すと、恥ずかしそうに顔を逸らし、そのまま話を誤魔化してしまったので、アキトの頬は少しだけ緩んでしまい、愛華は更に頬を赤らめることになった。