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「あれ?メイド長?もう帰って来たんですか?」
「いつもはもうちょっと時間かかってませんでした?」
「まあ、いつもは、ね。今日はみんなに話があるの」
ラウンジの扉を開けた愛華は先に自分だけが部屋へと入った。
そして、愛華の発言に彼女たちは扉の方へと集まっていった。
「おっ、愛華さん、遂に結婚なんですかっ!?」
「遂にって、私はまだ22よ?しかも、まだ結婚しないし、ハヅキみたいに相手もいないし…」
「こりゃ、失礼しました」
「じゃあ、なんですか?私たちは愛華さんの結婚ぐらいしか興味ないんですが」
「サクラ…貴女はもう少しでいいからヨハン様に興味を持とうね」
「あんなクズに興味を持つなんて無理です」
「クズって…。そんなに内弁慶なの?」
「はい。あんなクズよりも愛華さんの話とは何ですか?」
前の二人とは別のメイドたちも愛華の方へと来て、話に加わったところで、愛華は彼のこと、すなわちイリナの許嫁がこの家に住むということを話した。
「アキト=リア=セーフィリックです。今日からここで厄介になります」
アキトは一例すると、すぐにその気配に気付いた。
「あれ?アキりん!?なんで…?会社は?」
メイド長がラウンジに入った時、最初に彼女に声をかけた少女が驚嘆の声を上げた。
「愛華さん…マジだったんですね…。てか、アキりんはやめろ、ナツキ」
頭を抱え、溜息を零しながら、アキトは彼女にそう言った。
その隣で愛華はクスクスと笑っている。
「セーフィリックさん、いうことはセルフィーユメカニークの代表取締役ですやんね?」
メイド長にハヅキと呼ばれていた少女は彼にそう尋ねた。関西弁で
また、彼はそれを肯定した。
するとどうだろう、ナツキは周囲のメイドたちに、自分が正しかった事を大いにアピールし、一人を除いてメイドたちはめいめい感嘆などの声をあげ、一人落ち着いていたメイドはメイド長と話をしていた。
それも自分たちの上司の一声ですぐに収まった。そして、一言付け加えた。
「とりあえず、みんな挨拶ね」
「知ってると思うけど、私はナツキ=セーフィリックです。アキりんの従妹で幼馴染だよ。国王陛下のメイドですっ」
身長は155程で、アキトと同様の茶髪で、アキトと同様の黒の瞳である。
顔は欧羅巴系というよりも東洋系に近いものである。そして、『アキりん』は変わらなかった。
「うちはハヅキ=シャーヴァン言います。お仕えしてんのは王妃陛下、ソフィ様な。よろしゅう」
不思議な雰囲気を出し始めた彼女の身長は170近くで、スタイルが良い。スレンダーである。髪も瞳を金色で、欧羅巴、日耳曼系の顔立ちである。そして、奇妙な関西弁である。
「私はラン=アスフィーと言います。お仕えさせていただいているのはシャルルお嬢様、イリナお嬢様のお姉様です。よろしくお願いしますね?アキりんさん」
一目で癒し系と判断出来る彼女は、ナツキと同程度の身長で銀髪である。琥珀色の眼である。そして、彼女はアキりんを名前だと思っているようである。
「サクラ=クーリック、とても遺憾だが、世間ではヨハン様などと持て囃されいる人に仕えている」
一方でクールな彼女はハヅキよりも少し小さい体躯で、クールな印象しか受けないような女性である。スラブ系の顔立ちで、金髪碧眼だ。
「一応、私も名乗っておきますね。私は七条愛華と言います。ご存知の通り、イリナお嬢様に仕えており、この家でのメイド長をさせていただいております。何か御用でしたら、アキトさんは私を呼んで下さいね?」
それぞれの簡易な自己紹介が終わったところで、彼女たちの視線は自然と彼の下へと来た。
「あ、はい。自分はアキト=リア=セーフィリックと言います。セルフィーユメカニークの代表取締役社長で、イリナ様の許嫁です。よろしくお願いします」
こうして、全員の自己紹介が終わったところで、この日の彼の活動は終了となった。
アキトの担当は愛華となった。しかし、その担当と言っても、あくまで給仕のみであり、他の面では彼が自分で行うこととなった。
事実上は居候であり、身の回りの事は殆んど、彼自身でする事となった。もちろん、この家の物を使って、ではあるが。
「ねえ、愛華」
「はい?どうかなさいましたか、お嬢様?」
彼が自室に引き篭もり、社長としての仕事に耽っているころ、愛華はイリナに呼ばれていた。
「今日の彼、どんな感じだった?」
「ふふっ、お嬢様?私の前で猫を被らなくても良いと申し上げましたよ?『彼』なんて、よそよそしい呼び方をする必要はありませんよ?」
ベッドの上で座りながら彼女たちは会話、と言うよりも彼女が自分の主をイジっていた。
と言うのも、彼女たちはとても仲が良い。言葉遣いこそ、愛華は敬語を用いるが、それ以外においては砕けた関係であり、良好である。
「ちょっと、愛華!?」
「照れずとも良いのですよ?__そうですね…。アキトさん、ですか。なんというか、親しみ易い、普通の殿方でしたよ。ルックスは確かに良いですし、優しそうでした。柳銘に名を連ねている、との事ですし、運動も普通程度に出来れば優良物件かと」
愛華は彼女に親指を立ててそう言った。
「愛華ったら…。でも、アキトくんは私の不動産だから、盗んじゃ駄目よ?」
イリナは少し照れながらも、それを隠すように彼女に便乗していった。
「はい、勿論盗みはしませんよ?ちょっとの色仕掛けで靡くような人かは確かめさせて頂きますが」
その事を知っていても尚、愛華は主をイジった。もとい、いじめた。
「えっ!?やめてよ、愛華!アキトくんに迷惑掛けないでよ…」
「冗談ですよ、お嬢様。彼がそのような人ではないということは分かっていますから」
気を損ねた様である自分の主に少し罪悪感を覚えながら、愛華は謝罪の意を込めた言葉を返した。
「もう、愛華なんか知らないっ」
その意を汲んでか、汲まずか、イリナは拗ねた様に彼女から顔を背けた。
(なんだ、愛華も結構気に入ってるじゃない)
そう思うイリナの背中を見た彼女は幸福を噛みしめる様に微笑んでいた。