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「イリナお嬢様、御昼食をお持ち致しました。入らさせて頂きますね」


愛華はいつも通りといった風に扉を開けた。

そしていつも通りではない__有限なる存在全てを超越する無限を象徴__カオスを見た。


「お、お嬢様!?そ、その殿方は、一体!?」

愛華が目にしたのは彼女のお嬢様が見知らぬ男を揺すっている光景だった。


そして、そのことに気付いたイリナもまた、今彼女がそうしているように硬直した。


部屋の扉は開いたまま。

愛華は木製の三段サービスワゴンに手を付き、部屋の外で

イリナは自分のベッドの上で両手を男の肩に乗せて

アキトは姫のベッドの上で両肩に手を置かれ、がっくりと


それぞれ硬直したまま時計の『カチ、カチ、カチ』という音だけ時間の連続性を示していた。



何度時計の音がなっただろうか、その頃にアキトは目を覚ました、というか意識を取り戻した。

そして、辺りを見回し、扉の近くで静止している黄色人を一瞥いちべつし、目の前の恋人を一瞥いちべつし、だいたいの状況を理解し、ゆっくりと部屋から立ち去り、自分の部屋に戻ろうとした。


アキトが彼女の右側をすり抜けて、部屋を後にしようとした時、彼の世界は上下が逆になった。


日本の技、柔道の技の一つであり、有名な技でもある〈背負い投げ〉をされたのだ。

そして倒されたと同時に彼の喉元には、彼女が腰に提げていたレイピアが突き付けられていた。2010〜2020年頃に流行った床ドンをされながら。



「貴様は誰だ?」

愛華の冷たい問いに彼は反応ができなかった。

というか、逆床ドンと喉に凶器を突き付けられているという状況すら理解できていなかったため、思考が追いついていなかった。



「俺…あ、いえ、自分はアキト=リア=セーフィリックと言います。アルファルド王家第二王女の許嫁です」

なんとか平静を取り戻し、アキトは自分の正体を言った。

「職業は?」

しかし、愛華の問はそれだけに終わらず、彼の職業にもメスを入れてきた。


「自分は機械製造業の社長をしています。…今日からここで住まわさせていただくのですが…話は伝わっていませんか?」

それに対して、アキトは堂々とした態度で答を返した。その態度は社長として生きているからなのかは彼女には分からなかった。

しかし、彼女はアキトの態度に悪い印象を受けることは無かった。


「お嬢様、この殿方が仰ることは真でしょうか?」

愛華は部屋で意識を取り戻しつつある、お嬢様に質問を投げかけた。

「__え、ええ。そうよ。彼は私の許嫁で、今日からこの家に住むことになっているわ。__愛華は聞いてないの?」

イリナはなんとか、辻褄を合わせられるように事実だけを語った。

「はい…。私は耳にしておりませんので、この家の使用人は誰も知らないと思いますが…」

日本人でありながらメイド長である愛華は自分に話が来ていないということを後で王に言及しようと心に決めながら、返事をした。



ファドナ共和国は日本語を公用語としている。

ファドナ国王が日本の血を引いているというのはこのことが発端となった噂であり、事実である。

ファドナと日本は深い交友関係があり、多くの人が相手国へと留学している。

愛華もその一人であり、現在は永住権を取得し、王家に仕えている。

ハーフでなく、純日本人である彼女は昔からの日本人と同様の童顔である。実年齢は22歳なのだが、その顔は10代前半とも思わせる。



「わー、ごめんね、愛華。詳しいことは後でパパに聞いといて。__あ、ご飯だったね。アキトさん、一度お部屋に戻っておいてくれませんか?」

そう言うとイリナは二人を部屋の外へと退出させた。



イリナの交際相手というのはアキトのことである。

しかし、王や愛華、並びにこの家の人々にとってイリナとアキトは今日が初対面であるだめに、イリナとアキトの関係を知らない者の前では普段の様な親し気な話し方はせず、姫として、礼を失することの無い話し方をする。




「はい、分かりました。アキトさん、一度お部屋にお戻り下さい。お嬢様、猫を被るのもいい加減にして下さいね?この殿方がお嬢様の恋慕を抱く相手であることは私でも分かりますから。__それに、現場は押さえましたので」

愛華はお嬢様に目配せをし、アキトと共に部屋を出ていった。


そして、それを言われたイリナは顔を真っ赤に染め上げ、狼狽した。



「一度お部屋に、とは言いましたが、アキトさん。少し時間を貸していただけますか?他の使用人たちにもアキトさんの存在を教えておかないと、先程のようなことが繰り返されますので」

お嬢様が狼狽えたのをこっそりと確認した後、愛華は彼に尋ねた。


「はい、時間であればいくらでもありますから。幸い、今日は出勤する必要もありませんし」

許嫁の部屋がある2階の廊下を若いメイド長と歩きながら、アキトは快諾した。


この家には王とその妃、二人の王女と一人の王子、メイドが五人とメイド長の愛華、そして、アキトが住んでいる。

一階は客間と、ラウンジの様な部屋のみ、二階にはイリナとアキト、イリナの弟と姉とメイドの部屋があり、給仕室も二階にある。三階には王と王妃が住んでいる。


そして、今は一階のラウンジにメイドたちがいるらしく、そこへ彼らは向かっている。



「そういえば、アキトさんとお嬢様の御関係は私以外にこの家ではどなたがご存知なのですか?」

無言で廊下を歩くことに少し抵抗を覚えていた彼にとっては良い助け舟となる発言が愛華から発せられた。

「愛華さんと王妃陛下だけだと思います。ただ、自分の幼馴染が王家に仕えていると聞いているので、彼女がここにいれば、彼女も知っています」

その助け舟に乗ったアキトは未だに硬い言葉で返答をした。

それに対し、愛華は苦笑し、言った。

「そこまで硬い言葉遣いでなくても構いませんよ?私共はメイドですから、この様な口調ですが、アキトさんはお嬢様の許嫁なのですから。__それに、その様な話し方では、その幼馴染に笑われてしまいますよ?」

「えっ!?ということはまさか…」

「はい、アキトさんが社長をしているという会社は『セルフィーユミカニーク』ですよね?」

「はい、そうですが…?」

セルフィーユはフランス語で茴香芹ウイチョウゼリ、花言葉は正直と誠実、メカニークもフランス語で機械という意味である。

安直な名前ではあるが、ファドナ共和国において、多くの機械のシェア率が一位の一流企業である。


愛華はそれを確認すると、苦笑から悪戯っ子の様な笑みに変え、彼に語った。


「うちの子に『セルフィーユメカニーク』の社長をしていると言い張るメイドがいるんですよ。みんな、虚言だと思っていましたが、どうやら事実の様ですね、若社長」

からかう様に愛華は言うと、彼女はすぐに立ち止まった。

「ここがラウンジです。昼間は私たちメイドが自由に使って良いと言うことになっていますが、日が落ちてからはお嬢様たちの団欒の場になっていますので」

愛華はそう説明をすると、彼の反応を待つことなく、その扉を開けた。

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