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一章。人間、出会えば、お互いに驚くことはある。

初めまして

この物語はファンタジーから離れて書こうとしたのがきっかけで出来上がりました。KL大賞だしたいなー、っと目安に書いていたのですが、応募要項に今年分が無かったのでしょんぼり。

 一章。人間、出会えば、お互いに驚くことはある。


○美怜○

 私、平沼・美怜は目立つのが嫌いだ。

 テストはいつも平均点を取る努力をし、座右の銘は出る杭は打たれる。

「そういえば、高校デビューする気はあったりするん?」

 だから合格発表の帰り、舞鶴弁特有のイントネーションの混じった言葉で小牧さんに問われても唖然とした表情で返すしかなかった。

「ないない、怖いもん」

 答えると小牧さんは安心したような様子で私を見てくる。

 小牧さん。私の友達でメガネをかけて三つ編みで真面目そうな雰囲気を醸し出しているその容姿は『委員長』というのがしっくりくる。いつも本(中身は占い)を持っていることも多いから一層その印象が強い。但し、格闘家である。

「占いに『近くの人に転機あり』とあったから不安でね? 水戸は野球馬鹿で変わりようが無いから――一番の可能性としては平沼さん。私も友達がいないわけでねぇ……道場の関係で知り合いとかは非常に多いんやけど」

 そして何かを思い出したかのように頭痛を堪える様な微妙な顔をする小牧さん。

「となると父か。この前も練習中に胸触ってきたから本気で正拳を打ち当てて壁に叩きつけちゃったけど――何だかお母さんが死なはってから頭の螺子が外れちゃってるんやけど、最近は更に酷いことになっちゃってきてる気がするわ」

 母親は私が生まれたときに他界した。小牧さんも小学五年生の頃に母親を無くした。だからこそ友達と言える間柄になった経緯がある。

「霞さんのことでやきもきしてるんじゃないかな?」

「水戸の練習に付き合うだけで別に深い意味は無いのにねぇ……娘が野球の練習をしに行くぐらい大目に見て欲しいわ。ちゃんと家のほうの訓練もしとるんだから」

「――まだ付き合ってないの?」

 二人の仲がいいのは周知の事実だ。

「何か言うた? 何か言うた? 私は水戸のことを好きとか以前に借りがあるだけやの。ねぇ、平沼さん、知ってるわよね? ええい憎たらしいこの隠れ胸部装甲め!」

 最大握力百五十KGで胸の辺りをムニムニされると恐ろしいものを感じる。

「ぅうう、周りの人が見てるよ」

 視線が注がれているのに気づき、恥ずかしくなる。

「自業自得、全く……さておき平沼さんは春休みどうしちゃってるん?」

「家事かな? 唯莉さんがいつもこの時期は原稿に追われてるし」

 他にやることも家から出ずに時間を潰せるゲームばかりだ。春休みも憎たらしい動物との田舎暮らしで有名なゲーム、ぞく杜こと『おいだせ! ぞくぶつの杜!』をプレイしているだろう。後は気分転換に絵を描くぐらいだろう。近くのものを素描したり、ゲームのキャラクターを漫画で動かしてみたりだ。

「あぁ、女傑様は締め切り? 大変ねぇ。うちはお婆ちゃんが全部やってくれるし――一度、エプロン姿を父に見せたら抱きついてきてなー、もうやらないと決めとるわ」

「相変わらず愉快な人で羨ましいよ。お父さんは私が生まれる前に蒸発したからどんなものか判らないから想像も出来ないし」

 私は少し沈む。お父さんは生きているらしいのだが、想像することすら出来ないからだ。

「唯莉さんの存在で十分だと思うんやけど?」

 唯莉さん、母の妹であり、私の育て親である。

「小学四年生の時は凄かったわ。平沼さんを虐めてた男子を屋上から吊るしはって、相手の親が血相変えて学校に来ると説教を始めちゃって――いい人やね?」

「あれはやりすぎだと思うし、その後で私が目立ってイヤだったんだけどね」

 引きつりながら御免なさいと土下座してきた男子たちのことは今でもよく覚えている。そしてそこから半年は『あの唯莉さんの所の』とご近所でも噂になってしまった。

「まぁ、それでもそんだけしちゃってくれるってことは、本当の娘のように思ってくれてるんやろうし、大切にしてあげなきゃね?」

「そう……なのかな? 欲を言えばちゃんと家族として認めて欲しいかな? 叱ってもくれないし、あれしろこれしろって言ってもくれないから」

 疑問で返す。確かにその事件の後、唯莉さんは積極的なコミュニケーションをとってくれるようになった。でも、余所余所しさを感じるのだ。

「いいのいいの、実際にはそれをされるとうざったいもの。それぐらいが羨ましい――最近、私自身が反抗期なのもあるのは自覚してるんやけどねー、うざいものはうざい」

「そんなものなの?」

「そんなもんよ。ぇっと、足長おじさんの九条さんは?」

 女手一つで子供を育てられる筈も無く、私の両親に恩があるといって金銭面で支援してくれている九条さんには大変感謝している。

「姿も形も見たこと無い足長おじさん――童話通りなら同年代の男性やね?」

「そんな物語みたいな話は無いよ。私は会った事が無いけど唯利さんと同じ歳らしいよ」

「唯利さんが私たちより若い疑惑があるんやけど?」

 思い浮かぶのは唯利さんの姿格好。身長が小柄な私よりも更に小さく、肌の年齢も、顔つきも子供のままで若々しい。病気で成長が止まっているらしい。

「未だに子供料金と書かれたレシートが出てくるけど、私が小さい頃から変わってないだけだよ。……歳は十二歳プラス日数で答えてくるけど、きっちり日にちは取ってるよ?」

 ランドセルが似合う四十前半というのもどうかと思う。

「流石の唯莉さんでもそうよね――さておき私も言ってて流石に無いと思っとるんやけど、実際足長おじさんが同年齢だったらどうしとるん?」

「う~ん……想像がつかないよ。感謝はしてるけど」

「まぁ、そんなもんかなー? おっと、私は降りないと」

 路面電車のアナウンスが引土入り口と知らせると小牧さんは立ち上がる。

「春休み、暇やったら連絡頂戴。それじゃぁ、とりあえず城中の卒業式でねー」

 手を振って路面電車から降りていく小牧さんは直ぐに角で折れ、見えなくなる。

「――ちゃんと受かったんだよね」

 そう言いつつ、合格と共に貰った手続きの用紙の入った封筒を見る。

 舞高――舞鶴高等学校は進学率や就職率も地域で一番高い。高校を卒業したらすぐに働いて今までの恩を二人、唯利さんと足長おじさんに返していきたい。

「唯莉さんにまだ甘えられよね」

 だけどもう三年は唯莉さんに頼りたいし、傍にいて欲しい――まだ甘えたいというのが一番の理由だ。出来ればそれまでに唯莉さんをお母さんと呼べるような、義母と扱う間柄から一歩進めればとも思う。卒業までの密かな目標だ。

 ふと、窓の外を見ながら高校生活はどうなるのだろうかと考え、けれども思いつくのは今の延長線上。静かに地味に暮らしていけるという漠然としたものだった。でも、それは十分に幸せなことであり、自分にとってはそれが一番いい未来だと思った。

 窓の外はどんよりとした雲が空を覆い、今にも雪が降り出しそうだった。


 私は目立つのが嫌いだ。実親がいないことは勿論、目立つ。

「ただいま」

 挨拶もそこそこに先ず洗面所へ。鏡の中にいる自分は童顔。体のスタイルは小さいのに太めだ。だからこそカツラぐらいで目立たなくなるとも言えるのかもしれない。

「はぁ……」

 それを脱ぐと白い。化粧落としで軽く顔を流すと肌も白に戻る。黒いカラーコンタクトを外すと角度や気分次第で呪われたような血のような濃い朱になる青紫の瞳が鏡に映る。

 アルビノというヤツだ。ゲームなら一個性だと片付けられるが、現実はそうはいかない。

 どれをとっても日本社会という黄色系単一民族社会では否応がなく目立つ。特に自分の場合は常人とほぼ同じ行動が可能で、だからこそ、自分は呪われている。

「――あれ、唯莉さんいない?」

 珍しく唯莉さんから『おかえり』の言葉が無いことを不思議に思い、シャワーを浴びずに洗面台から居間へ向かった。

 在宅勤務で物書きの仕事をしている義母の唯莉さんは二週間に一回、土曜日から日曜に掛けて取材と称して出かける以外は大抵家にいる。他に出かけるといえば商店街に買い物に行くぐらいだ。唯莉さんは基本引きこもりなのだ。

 コタツの上。そこには唯莉さんの姿の代わりに一枚の手紙が置かれていた。

『やっほー、美怜ちゃん。唯莉さん――いや、お姉さんは恋に目覚めたので家出や!』

 ――家出? 一行目で思考が止められた。家出というのは保護者や養育者に断り無く家を出て戻らないことであり、保護者側が家を出て戻ってこないのはどうなのだろうか?

『だからあんたの足長おじさんにも了承を貰って秘密を幾つか明かすことにしたんや――先ず、あんたのお父さん、うちの義兄さんはとっくに死んどる』

「――ぇ?」

 もう一度読む。しかし、私のお父さんが死んでいる記述は確かにそこにあった。

「父親は蒸発しているだけって言ってたよね? 家族であることを拒否していた理由に唯莉さんは確かにこれをあげてたよね……?」

 これが本当なら唯莉さん自身が来てくれなかった理由も無くなってしまう。それが原因で小学生の時に虐められたというのに――それに、

「アルビノだからと幼稚園で虐められた時に『貴方のお父さんはそれで貴方を捨てたわけやない。きっと迎えに来てくれるから、それまではお姫様は目立たないようにせなな』と変装道具を誕生日にくれたよね……?」

 馬鹿な、馬鹿な、どういうことなのと、手を震わせながら続きを読む。

『私はあんたが舞高に受かっているのは確信しとる。そして何故、あんたが遠くの学校ではなく近くの舞高を受けた理由もだいたい見当がついててな――私はどうしても家族になれへん、そう自覚しとるんや。あんたはどうやってもゆり姉の娘や、そっくしや、アルビノなのもな。だから、甘えん坊のあんたは放置や』

 父親という家族に希望を持っていた私、そして血縁関係に拘らない家族を唯莉さんに求めていた私が同時に否定されたということが理解できた頭の中がぐちゃぐちゃになる。

「――――私は……一人?」

『こいつ白いから親が居なくなったんだぜ』『うわ、なにこいつ泣いてるぞ』『やーい、お前の母さん人でなし』『悔しかったら親呼んでこいよ』

 関東での幼稚園の頃。家族という題材で描いた絵、金賞を取ったそれは無残な姿にやぶかれ風に舞った。お弁当をひっくり返された。泥団子を体中に塗りつけられたこともある。

『親が居ないんだってさ』『いらないこだったんだろ』『参観日とか育て親もこねーしな、いらねーこ』『いらねーこ』

 その幼稚園から逃げるように入ったこの街の市立小学校。変装を教わり、義母の故郷で再出発をきった。しかし、そこでも悪意のある言葉が次々と突き刺してきた。ピンク色のランドセルが蹴られ中身が散乱する。上履きはゴミ箱の中。水をかけられる……。

 二つの時期、別々に起きた様々な虐めが次々にフラッシュバックする。

 手は震え、涙が溢れてきた。動悸は激しく、嗚咽が漏れた。吐き気がこみ上げ、トイレに駆け込んだ。苦しい。出るものが無くなると落ち着くが、逆にそれで今起きていることが、現実だということを受け入れ始める自分が居ることに気付いた。

「あはは……」

 乾いた笑いが一人の家に寒々しく木霊する。幽霊屋敷で一人寂しく笑う自縛霊、それが私であるという錯覚すら覚える。

「私は家族じゃない、だから捨てられた……? そうあって欲しかったのに」

 その時、チャイムが鳴った。出る気は無かった。

 チャイムが鳴った。うるさい。チャイムが鳴った。それどころじゃない。チャイムが鳴った。チャイムが鳴った。チャイムが鳴った。チャイムが鳴った。

 チャイムが鳴らなくなった。代わりに玄関が開く音がした。

 ようやく諦めてくれたのだろうか、と安心した自分の心が吹き飛ぶのがわかった。

 鍵は閉めたのに誰かが入ってくる。唯莉さんではない。義母は入ってきた後、足音をなるたけ消すような真似はしない。唾を飲み込む音がうるさい。トイレの前で気配が止まるのが判る。自分が居ることに気付かれているようだ。

 孤独感。さっきのフラッシュバックが尾を引き、今は誰も守ってくれないという事実で手が震えているのが判る。相手がもし殺人犯や強盗なら、ここでゲームオーバー。

 怖い。怖い。怖い。思考が真っ白に成った瞬間――体が動き、自分にストレスを掛けてくる相手めがけて思いっきり扉を前へ叩きつけていた。

 しかし、手ごたえが無い。避けられた。目が合った。

 彼の目は釣りあがっており、厳しい氷のような印象を受けた。綺麗に纏められた白髪の毛は清潔感が有り、見たことの無い学生服も皺が無く、几帳面さがうかがえる。

 怖くて声が出ず、睨みつけることしか出来ない。

 こちらを見下ろしていた彼の顔が私のことを、くしゃっと歪むのが判った。

「泥棒でも入ったのかと不安だったのだが、何か怖いものでも見たのかい? 初めまして――マイ・シスター」

 ハグをしながら頭をナデナデしてくる。まるで赤ちゃんをあやすかのように、優しく、暖かい動作。自分が落ち着きを取り戻していくのが判る。

「ぇ、あ、ん、え?」

 しかし落ち着いた自分が現実に直面し何が起こっているのかを理解すると、恥ずかしさと気まずさで卒倒してしまった。


『んで、貴方の足長おじさん――九条さんには美怜ちゃんの双子の片割れ、望君が預けられていたんや。お互いに同じ高校に入る筈や。それでな、さすがに一人にするのもあれやろ? せやからあんたに三年間、自分の代わりに新学期から一緒に住むように頼んでおいたわ。家族を楽しんで貰いかつ、あんまり幻想を抱くなと現実を受け入れて貰おうと思ったら一番ええやろしな。今日挨拶に来ると思うわ。心の準備をしといたら楽かも知れんけど、まぁ、ムリヤロナ。美怜に幸あれ、平沼・唯莉』

 二枚目にはこうあった。

「……はあ」

 人と対面するのだからとせめてカツラだけでも被り直した私は居間のコタツで改めて手紙の続きを読むが、書かれている言葉の意味が理解出来ない。急に家族だと言われても驚きすら湧かない。ただ、単に文字として意味を読み込めるだけだ。

「うむ、いい温度加減だね」

 私が出したお茶を満足そうにすする少年。この人が私の双子の片割れだという。あまり実感は無い。相手は髪の毛以外は白の要素がなく、アルビノではなく白髪の日本人という形容がしっくり来る。私のような色付きの日焼け止めをしている感じもしない。

 抱きつかれた時はしっかりとした安心感があった。

 顔は均整が取れて大人びている。ただ、少し目つきがきつく、怖いと思う。

「落ち着いたかね?」

 言われ、先ほどのことを思い出すと恥ずかしくなる。起きたら吐いた後の処理が終わっていた。気まずい。だから誤魔化す様に、

「く、九条・望さん?」

 彼の名前を呼んだ。

「さん付けはやめてほしい、血の繋がった家族に会えたというのに他人行儀過ぎる。の・ぞ・む、そう望と呼んで欲しい。そして僕も君の下の名前、美怜で呼びたい、どうかね?」

「……どうかね? と言われましても、いいけど……望さんは家族が生きていると聞いた時に驚かなかった?」

 唯莉さん以外に下の名前で呼ばれたのは初めてのことだ。慌ててしまう。

「さんは要らない――望だけで頼む。ふむ、僕も唯莉さんとお義父さんに双子がいると言われた時は驚いたね。君の事を聞き、頼まれたのが受験先を決めるギリギリで慌てて志望書を書き直した時は確かに焦りもした。しかし、今は君に会えた事が嬉しい」

 ニコリと微笑んでくる望さん。好意慣れしてない心臓がドキリと跳ねた。

「まぁ、何やら酸っぱい匂いさせながら、目を腫らせた美怜を見た時は何事かと驚いたけどね。感情が動いたから確かに感動的な再会ではあったわけだが何かおかしいね、うん」

「うううう、変なところを見られたよ」

 言われ、顔が真っ赤に火照るのが判る。恥ずかしい。穴があったら入ってしまいたい。いっそゲームのようにドリルでここに穴を掘ってしまおうか。

「これが義父からの手紙と判りやすいように渡された二枚の写真。初め見た時は二枚別人が写ってたからどっちが君か判らなかったが……なるほど、よく出来た変装テクニックだと実物を見て感動した」

 彼は興味深そうに私と二枚の写真を見比べ、満足そうに頷く。

「君の口から理由を聞いてみてもいいかね? 君のアルビノを隠す変装のことだ。今はどうやら幸運なことに大丈夫だが、肌を荒らす危険性を冒してまで何故かね?」

「――っ」

 フラッシュバック。また思い返したくもない虐めのことが思い出され、軽く吐き気を覚えて言葉に詰まる。目の前が真っ白で呼吸も苦しくなっていく。

「すまない。だが、そして他人が怖くて自分を偽っている心情も理解した」

 怒り。数年ぶりに感じたソレだが、怒りだということはすぐ判った。

 虐めのつらさというのは受けた本人以外が知ることは出来ない。他の誰か、特に対面にいる私を知らない誰かが判る筈も無い。浅はかな同情は惨めだ。相手を慰めて、それで満足を得ようとしている欺瞞に相違ない。それは強者の傲慢だ。

「ぅう」

 それでも私は言葉にしないように自分に言い聞かせる。波風を起こさないように波立たせないように、感情の起伏、特に他人に警戒心や敵愾心を抱かせるような感情は押し殺していた。相手からその感情をぶつけ返されるのが怖い。そして相手の不興からくる危害が怖いからだ。そう判っている筈なのに、言い出しそうになる。家族と突然言われたからか。トラウマを刺激され、理性の箍が外れてしまったのか。

「判るんだよ!」

 それは意思のこもった強い口調。私の怒りが一瞬途切れた。

「僕も親がいないという理由と白髪、そして有能だということで虐められたことがあるからね。目立つものは叩かれる、嫌な社会だ、全く――具体的に言うとだな、牛乳を金曜日の放課後に机にぶちまけられていて土日休みをまたいだ月曜日に酷い異臭のする机を作られたり、口の中にチョークを入れられてカルシウムとろうねと噛まされたり、女子のパンツを机に入れられて犯罪者に仕立て上げられたり……」

「やめてやめてやめてぇ、聞いてる私も痛いから!」

 彼の言葉は私のトラウマをも覆す程の精神的なダメージがあり、怒りが萎えてしまった。

「まぁ、僕の場合は君と逆さ。個性や能力を隠さず、伸ばし、周りを自分のペースに巻き込んでいき、更に数年かけて全員に仕返しもした」

「……強いんだね?」

 自分には出来ないそれに力強さを感じ、素直に感想を述べる。自分と彼は違う。

 しかし、彼は首を横に振った。

「君と同じで周りからそうあるように強いられただけさ。そこは強い弱いじゃなくて、周りから自由を奪われただけさ。だから僕は他人に強制されるのが一番嫌いだ」

 ふと、彼の表情に違和感を覚えた。嘘は言ってない、けれでも何かがずれているようなそんな感じだ。よく判らない。

「カツラをもう一度、脱いでもらっていいかい?」

 頭の中が真っ白になった。目の前には真剣な目をした彼。

 悩み――結局、脱ぐ。この姿を自ら唯莉さん以外に晒すのは幼稚園以来だろう。

 先ほども晒したが、改めてすると心構えが出来る分、意識してしまう。人と違うこと、目立つことが恥ずかしく、変に思われないかと不安に思い、俯く。

「……綺麗だ」

 彼が口の中で呟くのを私は確かに聞き取ることが出来た。頬が熱くなるのを覚えた。

 恥ずかしいとは違う、暖かなものがそうさせる。しかし、それが何なのかは判らない。そう言ってくれた人は今まで居なかったからだ。

「ぇぇ、っと手紙を見てもいいかな?」

 どう反応したらいいか判らず、慌てるように足長おじさんからの手紙を見る。

「大したことは書いてない、僕と君の血縁関係に関しての証明。それと僕も君と同じ学校に通うことになったら三月の末日から頼むとのこと。駄目なら、一人暮らしをさせるから、ゆっくり考えて欲しい。そう書かれているだけだ」

「そうみたいだね――って、同じ学校? 受かった自分が言うのもなんだけど、結構難しかった筈だよ? 舞鶴高等学校の偏差値は畿内でも上の中程だもん」

「簡単なテストだったね、うん。優秀者の項の一番に張り出されてしまって、新入生歓迎会で代表をする羽目になってしまったよ。本当なら高校の発表場で声を掛けるつもりだったのだが、副理事や先生方に呼ばれてしまった。すまない」

「頭いいの?」

「虐められる理由でもあったがね。それでもテストや成績は一種の武器だと気づいてからは日頃の鍛錬を欠かしていない」

「それを言われると耳が痛いよ。私は目立たないようにするだけで精一杯だから」

 私は高得点を取るとは違った方向に努力を使っている。

「美怜は笑っていた方がいいね」

 そう言われると、先ほど、義母に捨てられた、そう思い詰めていたのが嘘のように軽くなっている自分が居ることに気付かされた。

「一つ聞いていい?」

 だから意を決して聞く。

「あぁ、どうぞ。スリーサイズでも体重でも何でも構わないが?」

 彼の後半の言葉が場を和ませるための冗談でしかないのは彼の真摯な眼を見て判った。正直、ありがたいと思うし、だから次の言葉をすんなり言い出せた。

「なんで望さんは、私と家族になることを了承したの?」

 望さんは想定外だという顔をして、少し悩む素振りを見せた。

「――家族への憧れからだ。確かに僕は義父に感謝しているし、本当の親のように思っている。けれども、彼にとって僕は代用品でしかない――そう思える時がある。それが悲しかった。だから、実際の家族とはどういうものかと見てみたかったから僕は君に会いに来た。そして出来れば高校三年間、一緒に生活をしてみたい」

 本当に悲しそうな表情を見せる彼。その様子が先ほどの自分、唯莉さんに捨てられて思い詰めた自分に被って見えた。

「――うん、望。高校三年間、二人で家族生活してみようか?」


○望○

 僕は自分を悪人だと自認している。

 なんせ、この家族計画自体が嘘の塊なのだから。

 美怜と一緒に暮らし始めたのは今日、三月二十七日。取り留めの無い美怜との会話で美味しい夕食を取り、彼女の後に風呂に入った。その後、良く寝れるようにと暖めた牛乳を一杯頂き、今日から自分の部屋になった扉を開けた。

 そこには青い掛け布団を被った白い女の子――美怜がベッドの上でぴょこんと座っていた。僕より二周り小さい彼女が座っているベッドは大きく見えた。

「部屋を間違えたかね? すまない」

 そう言い、閉じ、扉のネームタグを確認する。茶色いウサギのドアプレートに『望』と書かれていた。二階の南西側の部屋で、自分が荷物を入れたのもここだと記憶も確認する。

「……新しい生活で疲れてるのだろう」

 開ける。美怜が同じように座っていた。確かに美怜だ。白いショートボブ、不思議な青紫色の瞳、白い肌、彼女以外の何者でもない。

「望の部屋であってるよ?」

「……どうしたのかね、美怜。寝る前にお話でもして欲しいのかね?」

「一緒に寝ようと思って」

 きっちりベッドの上にこちらのスペースを空けているのは美怜なりの配慮なのだろう。

 こちらを見る青紫色の瞳が上目遣いの角度で赤色に変わる。彼女の陶器のように白い頬は風呂上りでほんのりと赤みを帯び、白い砂浜のようにサラサラと手から零れた髪も今はしっとりと濡れ――何というか艶かしい。子供っぽい顔つきも見る人が見れば背徳感を煽られる事請け合いだ。ただ僕はことの異常さに思考が停止して緊張でごごりっ、と喉を鳴らして生唾を飲むことしか出来なかった。

「駄目?」

 あまりにも脈略も突拍子も無さ過ぎた。先ず彼女と設定付けた関係を考え、今彼女が取っている行動が異常だということを確認。相手が欲しい存在になる、または与えるというのは、信頼を獲得するための洗脳の一つでどん底の場合、特に効果は高い。そのために合格発表日から何度か僕はこの家に訪れ準備をし、メールも頻繁に送りあった。

 しかし、唯莉さん以外とメールのやり取りをしたこと無いと嬉しそうにしていた美怜は確かに異常ではあったが、ここまでの行動を取る兆候は全く無かった。

「……話したと思うが僕は足長おじさんでは無い。だから家族としてしか好感度を上げるイベントを行った記憶もないし、そもそもに家族だからそれは出来ない」

「家族だからだよ?」

 近親相姦――という文字が浮かぶが否定する。確かに家族への憧れは僕にもある。しかし、近親相姦は僕の家族像とは離れてるし、それに繋がるような方向に誘導もしてないのに何故だと思考が巡り始める。

「添い寝して欲しいんだよ」

 美怜が微笑んだ。しかし、その顔には憂いが浮かんでいる。

「男女性差って判るかい? 僕と美怜は家族である前に、男と女だ。男女七歳にして同衾せずという言葉があるね? だから、自分の部屋で寝たまえ」

「嫌だよ……起きた時におはようも、帰ってきた時におかえりを言う相手もいなくて――寂しくて、誰にも守ってもらえないと思うと怖かったんだよ。他人だった唯莉さんが居なくなってもこれで――明日起きたら家族である望がと考えると怖くて一人じゃ寝れないよ」

 ――孤独状況反動だ。そして彼女の感情原理は恐怖だ。今日という日まで捨てられた子兎のように震え、僕が来るのを待ちわびていたことは想像に難くない。虐めや育て親に捨てられること――これらも彼女の恐怖を助長しているのだろう。

「家族さえいれば様々な恐怖から回避できたであろうと思うんだね? ――手に入らなかった願望に焦がれ、家族を求めているのかい?」

 美怜は「うん」と首を縦に振ってくる。

 焦がれは自分もなので納得できる。しかし、美怜のように顕著になるのは予想外だ。台本にも無い。だから、常識的な考えで彼女を諦めさせることにする。

「大丈夫だ、僕は居なくならない。朝、マラソンはするつもりだが、ちゃんと帰ってくる。二週間に一回は土曜日市外に出るけど、それも必ず帰ってくる」

 だったら安心させてやればいい。ベッドの上、美怜の隣に座りながらその白い頭に右手をポンと置く。少し湿り気と熱が伝わってきてドキマギしながら、

「だから、自分の部屋で寝てくれ」

 誤魔化す様に微笑み掛ける。僕は仮とはいえ、家族にはそんな異常を求めていない。

「……」

 寝間着の袖を無言で捉まれた。そして僕へ上向き、赤い涙目で語りかけてくる。

 ウサギみたいに庇護感を煽られる。凶悪だ。

 僕は他人に情をもって接することを重視してこなかった分、人間以外の可愛いモノに思い入れをし易い傾向にある。暇なときにぬいぐるみ劇場を見るのが趣味だ。

 また、つぎはぎだらけの茶色いウサギのぬいぐるみ、バッテン口で目つきが悪く無愛想なペー太ラビット君を本棚の最上段に飾ってある。ぞく森のキャラクターで養子になる前の幼い頃からの付き合いである。エンプティチェアという心理学の応用で話しかけることがあり、友達はおろか話し相手が居ない自分には有難いパートナーだ。

 それでも心を鬼にし、相手の危機感を煽る事で拒否させようとする。

「はぁ……胸を揉むぞ? もちろん、胸だけじゃない! お尻も触ってやる! 思う存分、お前に僕の欲望を叩きつけてやる! 汚してやる! 僕色に染めてやる!」

 家族設定の相手に何を言ってるんだろうか、僕は――

「いいよ」

 何を言われたんだ? いまイエスと言われなかったかと、僕は自分の脳と耳を疑う。大げさすぎて冗談にでも思われたかと思い、美怜をみるが、

「そ、それで一緒に寝てくれるならいいよ? 何となくだけど、それ嘘だよね?」

 僕を見る彼女の目は無垢そのもので、こちらを信じきっていた。汚れきっている僕はその視線に耐えられなくなり顔を逸らし、自分の空回りが滑稽でとても虚しい気分になった。

「――仕方ない、今日だけだ」

 好感度を下げても関係に影響が出ると、自分で納得し、諦めた。一度立ち上がって豆電球だけの明かりにし、美怜に背を向けながら寝転びながら掛け布団を羽織る。

 その掛け布団は美怜の体温で温まっており、美怜に包み込まれているようで変な気分だ。

「こっち向いて、望」

 美怜が声を掛けてくる。自分の戸惑いを隠そうと平素を装って拒否の姿勢を見せる。弱みを見せたら更に自分が譲歩を引き出されかねないからだ。

「これ以上は譲歩せんぞ。早く寝たまっ!」

 僕の体に押し付けられる予想以上にボリュームの有る柔らかい物体。美怜の温かみが直に伝わってくる。そして何かをまさぐる様に僕の体を這う冷たい手。何をされているのかと想定外のことで頭が混乱で真っ白になる。

「望の手、暖かいね?」

 美怜の左手で柔らかく僕の左手が捉まれ、そう耳元で囁かれる。

「――手が冷たい人ほど心が優しいと言う。だから逆の僕は優しい人間ではない」

僕は実際に優しくない。仕返しと称し、非道もやってきた。人生を終わらせたのもいる。

「優しいよ。だって今、私の手を振りほどこうとしないんだもん」

 言われ、気付く。彼女の手を受け入れている自分がいることに。

「こっち向かなくてもいいよ。でも、上向きで寝なくてつらくないかな?」

 迷う。しかし、ここまで手玉に取られて意固地になっている自分が馬鹿らしくなった。

「判った、だから離れてくれ」

「私も抱きついたままだと寝難いからね」

 そして体中から美怜の体温が離れ、掴まれていた左手も開放される。

「望に手を繋いで一緒に寝て欲しいんだよ――そうすれば一人じゃない。寂しくも怖くもないと思うから」

 左手に戻る彼女の手の感覚。左手から右手に切り替わったが、彼女の手の冷たさは同じだった。困惑する自分を今日だけだと自分に言い聞かせ、受け入れることにした。

さて、お互いに変なところのある二人が出会ったわけですが、これからどう変わっていくことやら。

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