04
《バルデルト王国・王城・庭園》
5人の男を倒したリリアはフッと息を吐き、邪魔にならないよう棍棒を折り畳む。そしてこれも太腿のあたりに隠していた縄を取り出して、5人の男を縛り上げた。
「ひっ……いてててててっ!」
「死んでないだけマシでしょ」
リリアは冷徹な女騎士として、罪人に厳しく接する。男たちの骨が各自何本か折れていることは折った本人であるリリアが一番分かっているが、リリアは容赦無く縄で彼らをきつく縛る。
「お前……人生間違えてやがる」
5人目の男を紐で縛り上げるリリアに、呻くようにして男が呟く。その言葉に耳を傾け、思考を奪われたリリアは背後で動き始める気配に気づかない。
「く……っそ!」
リリアが最初に倒した男が苦しげな声をだしながら近くに落ちているくないを手に取った。
「……っ!」
「死ね! 王家の犬がっ!」
リリアが振り向くが棍棒を装備するのは間に合わない。せめてもので、くないを避けようと足に力をいれるが、そんなリリアの視線はすぐに男の背後へと向かう。
「う、あぁぁっ!」
「俺の可愛い部下にそんなものを投げつけないでくれるか」
「ラスターク団長!」
リリアの危機に駆けつけたのはラスタークだ。くないを持つ男の手に向かって、ラスタークは正確に小剣を投げ、その手を見事貫通させる。そうすれば男にはくないを握る力すら残らない。
「キリヤ殿下から、知らされてやってきたが……もう全部吊るし上げた後のようだな」
応援に来たつもりが、ほぼリリアが捕り終えた後だ。最後の最後でリリアを助けられたことがラスタークの唯一の応援だ。それさえもリリア1人でくないを避けられていたのではないかと思えば、応援など無に等しい。
「リリア先輩ーーっ! 遅くなってすみません!」
ラスタークの後からやってきたのはリリア率いる第7師団の副団長シュノだ。彼が泣き目でやってきたのは、おそらく自分が補佐するべき団長の危機に間に合わなかったことを反省しているためであろう。
「シュノくん。もうそんなに走らなくていいよ。捕り物終わったし」
「本当にすみません! ボクの配置、ここのちょうど反対側で!」
リリアは最後に自分を襲おうとした男を一番きつく縛り上げるとパンパンと手を叩いて、シュノの肩に手を置いた。
「まあまあ、シュノくん。この盗賊の後始末をするっていう立派な仕事も残ってるわけだし、いちいち謝らない」
「先輩っ」
シュノはリリアの優しさにまるで尻尾を振るかのような勢いで感謝している。
リリアは可愛いシュノの反応に柔らかい笑みを向けると、すぐにまた仕事モードに思考を切り替える。そのまま転がっている盗賊の後始末を始めようとしたリリアだが、盗賊に手が触れる前にラスタークから肩を掴まれた。
「ん、団長?」
「リリア。これはお前の手柄だ。後始末は俺がしておくから城内にいるデリウスに報告してこい」
キリヤの側近であるデリウスは騎士団の功績を記録する王宮官僚の1人でもある。つまり捕り物や騎士団の作戦の後は必ずデリウス他官僚に伝えることになっているのだが、よりにもよって総団長たるラスタークに後始末を任せることなどできない。
「私はこんなボロボロな格好ですし、ラスターク団長が城内に戻ったほうが……っ」
「リリア」
慌てたように口を開くリリアに、ラスタークは優しく微笑みかけ、そしてリリアの頭に大きくて温かい手をのせた。
「お前の無事を殿下に知らせてさしあげろ」
ラスターク団長の手はリリアを安心させる。リリアにとってラスタークはまるで兄のように慕い、尊敬する上司だ。
「……お言葉に甘えさせていただきます。シュノくん、団長の補佐をお願い」
「はい!」
リリアは少し申し訳なさが残る顔でラスタークとシュノに笑顔を向ける。そして2人を残し、リリアは城の中へと走って行った。
✳︎✳︎✳︎
《バルデルト王国・城内・宴の間》
宴の間のざわめきは留まることを知らない。リリアが飛び降り、ラスターク他騎士団が動いたことによって、キリヤ王子を狙う刺客が現れたことが大きく露見してしまったのだ。
「キリヤ、そなた無事か。怪我はしておらぬか」
宴の間を動き回るキリヤの元に陛下がやってきた。陛下に呼び止められ、忙しなく動いていたキリヤは動きを止める。そして近くにいたデリウスに目配せをし、キリヤの代わりに宴の間を鎮める役を請け負ってもらうことにした。
「陛下。ご心配をおかけし、申し訳ありません」
キリヤは陛下の前に膝をつき、首を垂れる。そして次の瞬間にはその凛とした黒い瞳で老いた父陛下をまっすぐ見据えた。
「今、私の信頼する騎士が刺客を追っております」
「ラスタークか。あの者ならば刺客に後れは取るまい」
陛下はそう言って安堵の色を顔に浮かべる。キリヤが信頼をおく騎士として誰もが頭に浮かべるのは騎士団総団長のラスタークだ。たとえそうでなくても、陛下にはそう思わせておけばいい。しかし、キリヤは彼女の名誉をこの公の場に知らしめるためにその名を口にする。
「いいえ。刺客を追っているのは……総団長ラスターク・デン・ズ・ジェストリューではなく、王国騎士団第7師団団長のリリア・ベルフェルトです」
キリヤの否定の言葉は、とどまることを知らなかったざわめきを一瞬で鎮めてしまう。リリア・ベルフェルトの名はまだ公の場に知れるほどのものではない。この場の中でリリアの名を知るものはごくわずかだ。
陛下の顔が不安げに歪む。その顔から不服の色を読み取ったのはキリヤだけではない。
「陛下」
キリヤが続きの言葉に詰まっていると、彼の背後から彼の姉王女が声を上げた。キリヤと同様、彼女も陛下の前に膝をつく。
「姉上…」
キリヤは隣で膝をつく第1王女シャルロットに目を向けるが、その考えは読み取れない。ゆっくりと息を吸い込んだシャルロットは陛下の第1子にして第1王女たる凛々しい姿で、この場のすべての視線を受けながら口を開いた。
「陛下。リリア・ベルフェルトという娘は、この私がラスタークに次いでキリヤを護るに足る騎士だと認めた者にございます」
「シャルロット……お前までどうしたというのだ」
今までも数える程ではあったが、王国騎士団に女騎士はいた。今も第4師団の団長の任にはラスタークの恋人ミレイナがついているくらいだ。陛下とて女騎士を侮っているわけではない。しかしミレイナも含め、女騎士の多くが実戦の舞台にはいない。だいたいが騎士団の裏方として働いているのだ。
バルデルト王国の第1位の王子であるキリヤの護衛の任につくとなれば、陛下の不安も仕方がないこと。
「お忘れですか、陛下」
けれど第1王女シャルロットはこの場で陛下を納得させる切り札を一つ持っている。
「今や王宮官僚として名を馳せるデリウス・ジェルマヒューズも、総団長ラスターク・デン・ズ・ジェストリューも……その才に誰よりも早く気づいたのはこの私です」
つまりはシャルロットの目に狂いはないということ。シャルロットが自信満々に口角をあげれば、陛下から逆接の言葉は出ない。
「陛下」
そしてキリヤが陛下の前で再び口を開く。
「リリア・ベルフェルトは必ずやすべての刺客を捕らえることでしょう。しばし報告をお待ちくださいませ」
陛下の前に深く頭を下げる。すると、そんなキリヤのそばに歩み寄ってきたデリウスが耳打ちするようにしてこれから起こる事態を伝えてきた。
「殿下、陛下を待たせるには及ばないようです」
デリウスのその言葉に、キリヤは王の前に下げていた頭を上げ、背後を振り返る。すると、宴の間を閉ざす大きな茶色の扉がゆっくりとその娘の手によって開かれた。