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6.考えない

まずは仕事。思い悩んでいる場合じゃない。

自分にそう言い聞かせて、少しの間考える事をやめた。それは確かに立花さんと向き合う事からの逃げだと分かってはいるけれど。「勝手に想っている」と言った立花さんの言葉はきっと一時的なものだろうから、私が答えを出せないでいる内に愛想を尽かされるだろう。そう思ったらとりあえず仕事に打ち込む事が。



<すごいじゃない!どんなのができるか楽しみ!!>

梶野インテリアとコラボする事になったよ、とメールをしたら、お母さんはそう返信してきた。

お母さんとは引っ越してからも定期的にメールをしている。家族の近況だったり、仕事の様子だったり。お母さんはかなりの機械音痴で、一度携帯電話を買ったものの何をしたのか壊してしまって、それからはお父さんから携帯を持つ事を禁止されている。でも離れている私とも連絡が取りたい、と家の共有のパソコンでメールを送れるよう、実に教えてもらったらしい。4年ともなると手馴れてきて、<そうよ。>と返すだけなのに1時間かかっていたのが今ではすぐに返ってくるようになった。

<良いものができるように頑張る。>

<あんまり無理しないようにね。

 仕事ばかり根を詰めすぎちゃだめよ。>

労りの言葉に心配してくれているのが垣間見えて、申し訳なく思う。こちらに来てからまだ一度も帰っていない。実はもう大学を卒業していて、今はずっと好きだったカメラの会社に就職したとお母さんから聞いている。家から近い会社だからまだ一緒に住んでくれてるの、と。頑張っている実の前に出たら、何か影響しそうで怖くて一度も帰れなかった。


<いい人でもいたらまた違うだろうけど。>

立て続けに送られてきたメールに顔を顰める。いい人、の部分に立花さんのあの真剣な眼差しを思い出して、急いで掻き消した。やめてよ。考えないようにしていたのに。

<仕事楽しいから。>

短文で送ってしまって少し後悔。たまたまタイミングがかち合っただけなのに、お母さんに八つ当たりなんて。きっと怒ってると思って、今日はもう返信は来ないだろう。


逃げてる。実からも、立花さんからも。時間が解決してくれるなんて思っている訳じゃないけれど、何も考えずに過ぎていけたらってそんな卑怯な事を考えている。最低だ。


休みなんだしちゃんとコラボ商品の案、考えておこう。

2、30代の独身女性、か。この企画に関わる女性全員が該当するよね。この年代の女性に必要なものって何だろう。皆、どんな事考えているのかな。貰っていたアンケートの束を取り出す。


「仕事と恋愛を上手く両立したい。」(24歳、接客業)

「仕事を頑張っていると恋愛する勇気が出なくなる。」(32歳、事務職)

「奥手で恋愛下手。」(30歳、管理職)

「大人に見られたい。」(21歳、大学生)

「家と仕事場の往復で毎日ヘトヘト。恋愛する元気はない。」(28歳、接客業)


どのアンケートにも、仕事や恋愛の事が書かれている。それは業種や年齢関係なく。皆仕事や恋愛に悩みを持っているんだな。

「家と仕事場の往復で毎日ヘトヘト」だなんて。家はリラックスして次の日のためにエネルギーをチャージする場所な筈なのに。疲れが取れないまま仕事に行っちゃうんだろうな。接客業って結構精神力使うもんね。皆そうだったりするのかな。


そういうのをコンセプトにしたらどうだろう。家が寛ぎの、そしてエナジーチャージができる場になるインテリア。形はどれも大体決まっちゃうけど、カラーは合わせられるよね。確か前に使ったカラーセラピーの資料、会社に置いてたな。明日はこれで提案して…。



翌日。朝から沙希ちゃんと企画について話をしてみると、どうやらも私と同じ考えだったらしい。でも恋愛の部分を重視した方が良いとの事。2人でカラーセラピーの資料を広げて話す。

「あんまり可愛すぎない方がいいよね。白とか。」

「そうだね。年齢的に大人の女性だし。

 私ももっと大人になりたいなぁ。」

沙希ちゃんが資料を捲りながら言葉を落とす。

「仕事と恋愛を両立したい、かぁ。

 始まってもいないのに両立は無理だしね。」

今度はアンケートに目を移して、独り言のように言う。何かあったのかな。聞いてみようか。


「おはよー。」

「あ、てっちゃん。おはよ。」

林田君の登場で結局聞けなかった。沙希ちゃんの力になれたらいいな。でもあの感じじゃ恋愛系?それなら私じゃ力になれないし。言いたくなったら沙希ちゃんから声を掛けてくれるだろうか。


「菅野?」

思考の中に私を呼ぶ声が飛んできて我に返る。林田君の後に続いて来ていたらしい立花さんが、私を見ていた。

「はい。」

平静を装って返事をする。いつになったら普通に接する事ができるだろう。

「悪いんだけどコーヒー淹れてもらえる?

 家の豆切らしちゃって飲めなくてさ。」

申し訳なさそうにそうお願いをされる。また休日に案を考えながら飲みすぎたのだろうか。その様子が容易に想像できて思わず笑ってしまう。

「はい。すぐ淹れてきます。」

そう言って立ち上がる。給湯室へと向かいながら背中にありがとう、という声を受ける。今のこの関係が崩れるのは寂しいな、と胸の奥が少し軋んだ。


 

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