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62.迷いなき想い、好きって言葉

気付けば涙の向こうにいた彼が、視界いっぱいの黒で見えなくなった。濡れた頬に当たる感触、身体を包み込む温もりに抱き締められていると気付く。

触れたコートに染みていく涙。謝る余裕もなく、その胸に頬も涙も預けた。

苦しい程強く抱き締められて上手く息もできないけど、それが彼の想いの強さだと思えば難なく受け入れられた。私もそれに応えたくて、もっと触れたくて、背中に回した両手でコートを握り締めた。

どれだけ強く引き寄せ合っても足りなくて、既にない隙間を探しては埋めていった。



抱き締め合う腕を解いても、離れる事なくお互いの掌を触れ合わせた。

顔を上げると目が合い、ふわりと微笑まれる。後ろに見える広がり始めた青空とまだ降り続く雪が幻想的で、世界にたった2人だけに思えたから、自然と頬が緩んだ。

「……他にどんな事を思ってる?」

「え?」

言葉の意味を掴めずに問い返す。

「俺に対して思ってる事、他にも沢山あるんだろ?

 それを、教えて。」

覗き込む様に間近で見つめられて黒目に自分が映る。その近さと繰り返された自分の言葉に恥ずかしさが込み上げる。

「え、えと……。」

「俺はさ。」

次の言葉を探している内に、凛とした声が鼓膜を震わす。愛おしそうに目が細められる。

握り合う手では気付かなかったのに、涙を拭ってくれたその大きな右手は冷えた頬にほっとする温かさで。ずっと触れていてほしいと瞼を閉じて更に頬を寄せた。



「君が俺の後ろを付いてくる足音を聞くのが好き。」

優しく降ってくる言葉。敏感になった聴覚に染み入るその声は、言葉通り私を好きだと伝えてくれる。


「柔らかい笑顔が好き。真剣な時の強い目も好き。

 俺が泣いた時に背中を摩ってくれる暖かい手も好き。」

手を握る力が強くなる。重ねられる言葉に心地良さだけが広がる。


「はい、って返事も大丈夫って言葉も。」

私の言葉がその心に残っているというだけで、自分を大切に思えるから不思議。


「コーヒーを淹れてくれる時の心遣いも、

 俺が好きなものを好きだと言ってくれる事も、

 プレゼントをとても大事にしてくれている事も。」

1つまた1つと心の底に暖かな雫が溜まっていく。それが涙に変わって溢れていく。


「さっき俺の事を、貴方って呼んでくれたのも、

 近くなれた気がして嬉しかった。」

その雫の意味が、今なら分かる。


「…俺を大好きだって、言ってくれる君を。」

だって、貴方が教えてくれた。


「俺は、愛してる。」


―愛、ってこんなにも暖かいものなんだね。



瞼をゆっくりと持ち上げれば、混じり気のない穏やかで強い瞳とぶつかる。

「私は。」

もうこの気持ちを迷わない。


「…前を歩く貴方の大きな背中を見るのが、好きです。」

その背中がいつも私を導いてくれるから。


「子供みたいに楽しそうな時の顔も、

 人前で話す時の凛とした顔も、好きです。」

新たな表情を見つける度、また貴方を知れるから。

 

「私の手を引いてくれる大きなこの手も。」

人混みにいたって、連れ出して貴方の元へ引き寄せてくれるから。


「いつも私の歩調に合わせてくれるところも、

 我儘を言っても甘えさせてくれるところも、

 私の前でだけ泣いてくれるところも、好きです。」

いつだって隣にいなければ知らなかったから。


「2人きりの時に、君って言われるのも、

 ん?って聞き返されるのも、実は、好きです。」

何気ないものでさえ、貴方にとって私が特別だと伝えられている気がして。


そんな沢山ある中の1番を選ぶとしたら、何よりも。


「…でも何より、私を愛してくれる貴方が、

 私は、大好きです。」



今度はもっとはっきりと、泣いたりせずに声にできた。

私の知らない想いをいつだって誤魔化さずに見せてくれて、不器用な程に真っ直ぐ私と向き合ってくれた。

それに気付く毎に、貴方の存在が大きくなった。

私は貴方が、好きです。



時間が経てば初めて経験する甘い空気にやっぱり気恥ずかしさは戻ってきて、その濃度を薄める術を探した。

「……嫌なところは、ないですか?」

冗談と本気の半々で質問を飛ばしてみる。

「今、そんな事聞くの?」

「やっぱりあるんですね?」

誤魔化そうとするから更に追及する。そうしたら、

「言葉尻拾って、そんな風に聞いちゃだめでしょ。」

と渋い顔。そして笑い合っていつもの2人。当たり前だと思える時間があまりに愛しい。

「そうだな。唯一あるとすれば。」

そんな風に始まるから、何が続くのかとじっと待つ。

「何でも自分で解決しようとするところ。

 気になる事があるなら聞いてくれたら良いし、

 何かあったならちゃんと相談して。

 何も言わずにじっと見つめられたら、

 俺どうしていいか分からないから。」

上尾さんとの件だとすぐに分かった。今となっては隠れたい程恥ずかしい勘違いだ。

「ごめんなさい……。でもそれは、」

「ちょっと待って。」

どうしても言い訳をしたくて口を開けば制される。なぜか不安が掠めて続きを聞けば、必要のない心配だったと分かった。

「ここじゃ寒いから移動しよう。

 それに、俺達には沢山時間がある。

 だからゆっくり、沢山話をしよう。」



今日だけじゃない。明日も明後日も、何度だって時は巡って。

新たな今日が始まる度、私は貴方を知って、貴方は私を知って。

きっと知り尽くしたりなんかできないから、繰り返し話をしましょう。

新たな貴方を知る毎に、喜びと幸せと、「好き」って言葉が何度だって生まれるでしょう。

とりあえず今は彼への上手い言い訳を考えながら、陽に照らされて煌く雪の結晶の中を手を繋いで歩き出す。


 

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