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61.私の気持ち

静まり返った車内。交わす言葉も見つからなくて、ただじっと窓の外を眺めた。

自分がどんな風に言葉にするのか、私にも分からない。考えてみたけれど言いたい事が多すぎて何も整理できないまま。だからあの丘の頂上で出てくる言葉をそのまま素直に伝えようと思う。


駐車場に停めた車から降りると、吹く風が冷たすぎて頬が痛い。

「寒くない?」

優しい声で心配してくれる。なんて優しい人だろう。その気持ちだけで暖かくなれる。

不安げな目に気付いてはいるけれど、そうさせているのはわたしだから何も言えない。

「平気です。多分立花さんより着込んでますよ?」

お腹を叩いて見せたら、口元では笑いながらも何だか苦しそうで、はしゃいだふりをしたまま坂を上り始めた。


季節が違うだけなのに違う場所みたいで。一歩ずつ踏み進む度、不安が過る。

辿り着けない様な、独りぼっちになる様な。少しだけ、怖い。

足音を聞いて、白い息を見て、独りじゃないって思い返す。

2人だから。あの場所までもう一度、辿り着ける。



「真っ白、ですね。」

頂上の休憩所から見下ろせば、欠けることのない白。その景色はあまりに寒々しくて、それでも純粋に煌めいていた。

「冬も意外と良いな。」

「そうですね。」

ここにこうして立つ事、あの時は想像もしなかった。こんなにも胸が熱くなるなんて思いもしなかった。

だけど、それはとても幸せな予想外だから。

「立花さん。……話を、しませんか?」

今日まで重ねてきた時間の話を。貴方と私の、2人だけの話を。

「……うん。」

雪の白に吸い込まれる様なか細い声で、確かにそう返事をくれた。


ピンクの絨毯との違いを探る様に、つるりと流れる斜面に視線を這わせていた。

「…あの日からもう7ヶ月位経つんですね。

 とても早く過ぎていった様な気もするし、

 とてもゆっくり流れていった様な気もします。

 立花さんにはやっぱり、長かったですか?」

その期間は答えを出さなかった期間。どちらの答えが返って来るのか知りたくて振り返る。

「そんな事ないよ。あっという間だった。」

そう言う彼の顔が穏やかに笑っていたから、風の冷たさも気にならなかった。ただ唇は凍えて上手く動かない。


思い返すまでもなく、色んな記憶が頭の中を駆け巡る。

「色んな事がありましたよね。

 一緒に沢山出掛けたし、皆で旅行もしたし。

 思い出の場所にも連れて行ってもらって。

 その分沢山、話をしましたね。」

「うん。」

過去に触れて、涙を見て。ただこの人の隣に寄り添いたいと思った。

幾つもの約束をし、その度未来を願った。

2人でいる場所が、かけがえのない思い出の場所になった。


「あの日から何度も何度も、もう恥ずかしくなるくらいに

 気持ちを伝えてくれましたね。」

目から声から言葉から、全てが想いを伝えてくれて。戸惑い、逃げ出した事もある。

それでもやっぱり隣にいたくて、教えてほしくてその手を取った。

「恥ずかしがらせるつもりはなかったんだけどな。」

「本当ですか?」

恥ずかしそうに頭を掻くから照れているのが分かって、笑っちゃう。


重い雲を掻き分けて覗いた青空に、あの日の言葉を思い返す。

「あの時、諦めが悪いって言った立花さんの言葉を、

 信じてはいませんでした。私が答えを出さない間に

 きっと愛想尽かされるだろう、って。」

そう思いながらもそんな未来を想像したら少し苦しくて。

思えばあの時からこの気持ちは育ち始めていたのだと思う。

「……しつこかった?」

「いえ。楽しかったです。」

怒られる事に怯える子供の様にちらりと様子を伺うから、素直にそう答えた。

「沙希ちゃんに応援してるって言われた時は

 正直困りましたけどね。」

苦笑いを浮かべる彼もきっと、幾つかの場面を思い出しているんだろうと分かった。



考えなくたって心の奥から言葉は湧き上がる。

「我儘を言っても良いって言われた時、嬉しかった。

 我慢したり譲るのは当たり前だと思ってました。」

私の中の私は取るに足らなくてちっぽけで、だから誰かの後ろにいるのが当たり前で。

それなのに私の我儘を許してくれる、その言葉だけで特別な何かになった様に心が浮き上がった。


隠しておきたかった部分を言葉にするのは躊躇いがあって、声が小さくなる。

「それなのに最近、自分がどんどん欲張りになって。

 とても卑しい人間になった様に思えていました。」

彼といる自分は震える程に暗い思考で埋め尽くされて。本当はそんな人間だったんだって思ったら、怖くて息をする事さえ間違いな気がした。

彼の隣にいる事なんて、到底できないと思った。


声が揺れるのを止められない。

「でももっと我儘言って良いんだって。

 何だか魔法の言葉みたいに心が軽くなりました。

 自分の気持ちに正直になる事を許された気がしました。」

積み重なる感情を素直に認められた。自分に少しだけ優しくなれた。

浮かぶ願いも祈りも希望も夢も、確かに未来に繋がると強く信じられた。

彼が、そう信じさせてくれた。



あの日告げた言葉から、始めよう。

「…私は、愛を知りません。恋だって、知りません。

 好きという気持ちが一体どんなものなのか、

 言葉で言われても同じ様には理解できません。

 どんな本を読んだって、分かりません。」


誰の言葉も受け入れるには程遠くて難しくて、無意識の内に耳も目も塞いでいた。


「それでも。」


再び上げた視線の先に泣きそうな顔の彼がいる。

彼の想いに触れる度、何度も知らない何かが生まれるのを感じた。


「それでも、今ある気持ちが。

 誰より立花さんと一緒にいたい、とか、

 誰より立花さんを支えたい、とか。」


並んで遠ざかっていく背中に、胸が張り裂けてしまいそうになったから。


「私が、隣を歩きたい、とか、

 誰も知らない貴方を私だけが、知りたい、とか。

 他にも沢山、沢山あるけど。」


言葉で伝えきれない事まで、数え出したらきりがない程。それらの答えがただ1つなら。


「そんな気持ちが、好きって事なら。

 きっと私は、立花さんが、」


たった1つの言葉に、胸が熱くなる。


「大好き―――」


 

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