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60.雪が降る

ジュエリー発売、初日。

Jewelry V.F.までの道程を、若干暗い顔で運転する立花さんを助手席から励ましながら進んだ。

「午前中だけで良いそうですよ。

 大丈夫です。悪い様にはなりません。」

白木さんに交渉して何とか午前中だけにしてもらった。多く見積もっても3時間程度。大丈夫、何とかなる。

だけど隣では、

「気が重いよ。……このままどっか行っちゃおうか。」

なんて言う。少し惹かれるお誘いではあるけど、それじゃいけない。冗談だと分かるけど気付かないふりをして窘める。

「そんな事はしないでしょう?

 立花さんはやると決めたら絶対やる人ですから。」

「誰かが俺の弱点を押したりするから。」

あれを不満に思っているらしい。普通に笑ってしまうのは失礼かと手で口を隠しては見たけど丸分かりで、ちらりと鋭い視線が飛んでくる。

「ふふ。ツボ押しと一緒です。押された時は痛くても

 後ですっきりして、やって良かったって思いますよ。」

「……痛いの嫌い。」

本当にツボ押しを嫌がる様な顰めっ面でぼそりと言うから、それが子供みたいで笑いが堪えられない。

「ふふふ。例えですから。痛くないですよ。」

いつもは頼もしい彼が駄々を捏ねているのが可笑しくて、そんな姿を見せてくれる事が誇らしくて、今の2人の時間がどうしようもなく心地良かった。


今日私は、仕事をするためだけに出てきた訳じゃない。もう1つ大事な“仕事”がある。

「あの、そういえば。」

唐突に話を返る私に、不思議そうな顔の立花さん。

「ん?」

「この近くって、陽見ヶ丘があります、ね。」

Jewelry V.F.の支店に行く事になってからずっと考えていた。距離は分からないけど、恐らく支店の近くの辺りじゃないかって。

「そうだな。ショップから多分10分位で着くんじゃないか?」

「近い、ですね……。」

予想以上に近い。でも好都合かもしれない。何と言えばまたあの場所へ行けるだろう。


この気持ちを伝えるなら、陽見ヶ丘が良いと思った。シバザクラの時期には真逆すぎて、行っても何もないって分かってはいるけれど、あの場所が始まりだから。

春の日、陽見ヶ丘で、伝えられた言葉。思い返せば胸が苦しくなる。あの時の彼の気持ちが今なら分かるから。

もう一度あの場所で、彼が想いの丈を打ち明けてくれた様に私も。あの場所から始めたい。


「あ、雪。」

その声に顔を上げる。窓の外に視線を移すと、柔らかそうな雪が風に乗ってふわふわと舞っている。

するとすぐにどんどんと降り始め、瞬く間に見る屋根を全て白くした。

「積もりそうですね。」

このまま降り続けばきっと積もるだろう。外を歩く子供達が空を見上げて楽しそうに笑っている。

「だな。寒くない?」

「あ、はい。大丈夫ですよ。」

外は寒そうだな考えて、ふと思い至る。……白い絨毯も綺麗だろうか。


「積もったら、」

「ん?」

賭けだ。だけど積もるって信じられるから。貴方とまたあの場所に立つ自分を想像できるから。

伝わる様に真っ直ぐ彼を見つめた。

「もし、雪が積もったら、陽見ヶ丘に行きませんか?」

停車した車。見つめていた横顔がこちらを向いて、じっと見つめ返される。

それだけでなぜか泣いてしまいそうで、手に力を込める。

「……きっと一面が真っ白になって綺麗だと思います。

 多分もっと、特別な場所に、なると思うんです。」

こんな気持ちになったのも、それを伝えたいと思ったのも初めて。だから今よりもっと、心に刻み込まれる。彼にとってもそうなってほしいとひたすらに願う。

後ろからクラクションが鳴り、驚いた彼が急いで車を発進させる。

「だめ、ですか?」

返答のない時間がひどく私を焦らせて、急かす様に問う。

力を込めて閉ざされていた唇が、小さく言葉を落とす。

「……きっと、積もるよ。」

そっと息を吐くようなそれはYESでもNOでもなく。でもその一言で、彼もあの場所に行く事を望んでくれているのが分かった。

きっと積もる。やっぱりそう信じられるから私もはい、と呟いた。



ショップに着くと、白木さんが迎えてくれた。

「菅野さんも来てくださったんですね。今日もお美しい。」

「いえ、とんでもないです……。」

朝立花さんから聞いた話では40代前半との事。外見が若々しく話し方も同世代の人と話している様で、とてもその年齢には思えない。夏依ちゃんがホストみたい、と言っていたのが何となく分かる気がした。

「それで私達はどのようにしたら宜しいでしょうか?」

立花さんが割って入ってくれてほっとする。

「そうですね。今日は10時半オープンにしてるんですよ。

 それで10時から約15分、取材が入ってまして。

 その取材とオープン後の接客に加わって頂こうと。」

「接客と言われましても、私も彼女もその点については

 素人ですから、お力になれるかどうか……。」

本屋での接客しか経験はないし、ジュエリーに関しては無知も同然。邪魔をしてしまう気がしてならない。

「いやいや、売り込んでほしいというよりは、

 興味を持たれたお客様に商品の魅力を伝えたり、

 知りたい事に答えてもらえば十分ですよ。」

親指を立ててウインクする姿が日本人なのに様になっていて、この方は外国の方なのではと本気で疑いそうになる。でも立花さんもやってみたら結構似合うんじゃないかと思う。

「分かりました。何とかやってみます。」

「お願いしますね。菅野さんもよろしく。」

「あ、はい。」

声を掛けられてはっとしつつ返事を返す。ちゃんと集中しないと。


「皆さん。今日この2人はただのうちの従業員ですので。

 予定されている商品のご質問だけに留めてくださいね。」

それまでとは打って変わって厳しい白木さんの声に、目の前の記者達は小さくなる。

私達がいる事を知らなかったために顔を見るなり騒然としていた一同が、その言葉で一気に静まり返った。

2人並ぶ私達に興味を抱く人もいたけれど、商品の話題から少しでも逸れそうになった瞬間、白木さんから

「その質問は商品とどう関わってくるのでしょうね?」

なんて言われて押し黙るしかなくなっていた。

その様子に経験値の高さを感じて、年齢にも納得した。


取材の後の接客は緊張はしていたものの、消費者の生の声を聞く事ができたし商品を通じて会話していくのが楽しくて2時間があっと言う間に過ぎていった。

「もう帰るなら、一緒にランチ行かない?」

「すみません。」

白木さんと立花さんのやり取りを後ろで聞いていると、くるりと振り返った白木さん。

「菅野さんだけでもどうですか?」

「え、えっと、あの、」

「菅野も一緒に戻りますので。ありがとうございました。

 これから宜しくお願いします。失礼します。」

「あ、失礼します!」

出て行く立花さんに続いて、ショップを出る。どう断っていいか分からなかったから、代わりに断ってもらえて助かった。白木さんと2人きりなんてとても疲れそうだし。

車に乗り込んで、2人して大きく息を吐く。

「私、正直白木さん苦手です……。」

「気にするな。俺もだから……。」

気付いているかな、立花さんも。窓の向こうの景色に。


雪が、沢山積もっていますよ。


 

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