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54.独占取材

「本当に良かったんですか?取材受けて。」

1日の仕事を終え、立花さんに連れられてイタリアンレストランに来ている。聞くと林田君の友達の店らしい。メニューに並ぶ様々なパスタ料理に、もしかして麺類が好きって話を覚えていてくれたのかななんて思って無性に嬉しくなった。

テーブルに向かい合う彼に、疑問をぶつけてみる。

朝、島崎さんが持ってきた用件というのが、立花さんに生活情報誌ライフという月刊誌の取材を受けて欲しいというものだった。これだけ聞くと何て事はない依頼だけど、立花さんはこれまでの10年間で入社してすぐに1度受けたきり全て断っている。嫌いだから、とかそういう事ではない。トラウマがあるから。


18歳で入社しLTPに配属されて1年も満たない頃、Partnerの企画課の要としてLTPが取材を受けたらしい。LTPというチームがどれほど重要な役を担っているかは世間の人達にも周知の事実だった。そしてただの会社員であるためにその存在が見えないのも、多くの人の興味をそそった。

立花さん以外の5人のメンバーは皆20代半ばで、それでも十分若くはあったけどまだ18の立花さんがいた事は世間にそれなりの衝撃を与えた。

多くの場合、若くも仕事に懸命に向き合う姿や若い人の考えを積極的に取り入れる会社の方針に好意的な反応が返ってきたと言う。でも皆が皆、そうは思ってくれなかった。

その声は、同じくサラリーマンとして働く男性からのものが多かった様だ。特に会社内で古株になりつつある人達。

―ガキが商品出してんのか。

―そんなのを使う社長はどんな頭してんだ。

―社会の仕組みも分かってない様な子供に何ができる?

辛辣な言葉が飛び交っていたらしい。真面目に仕事に取り組んでいるのにそれを非難される、その気持ちはどれほど苦しいものだっただろう。

だけど立花さんにとって一番辛かったのは、自分がそこにいる事で社長やチームの先輩達、会社全体が悪く言われた事。

その時の事を思うから10年経った今も、同じ様に会社を苦しめるんじゃないかと取材は断る事にしているそう。それは会社全体に伝わっている事だったけど。


「一昨年、でしたっけ。

 結構揉めたって聞きましたけど。」

その時まだSLP所属だった私はあまり詳しくは知らないけど、大変だったらしい事は聞いていた。事の発端は島崎さん。当時新入社員だった島崎さんは事情を知らず立花さん宛の取材の以来を取ってしまった。

「揉めたと言えば揉めたなぁ。

 違う人にって言ったら半ば脅されたし。」

一度受けてしまったものを取り消すのはなかなかに骨の折れる事だったと思う。脅された、というのはかなりひどいけど。

「え、大丈夫だったんですか?」

「うん。社長が追い払ったし、その後すぐに

 その雑誌の出版社は潰れたから。

 どうも他でも手荒な事してたみたいで。」

やっぱり危ないところだったんだ。立花さんが危険な目に遭わなくて本当に良かった。

今日の恐縮しきった島崎さんを思い出す。今回は直接島崎さんが悪かった訳ではないけど、指導していた新入社員の棚橋さんが取材を受けてしまった事で、また前回の様になるのではと危惧したのだと思う。

最近島崎さんに助けらてもらってるから、とこの取材を受ける事にした立花さん。まぁ、ライフは長く続く情報誌だからまともな取材をしてくれるとは思うけど、最初の私の質問にはもう1つの意味があった。

「……写真も載るんですよね?」

「ん?あぁ、らしいな。

 取材中のを使うらしいけど、嫌だな。」

私達の思い描いている事は多分、いや絶対違う。立花さん自身は意識していない時の写真を使われるのが恥ずかしいという事だろう。でも私は。

「きっと雑誌に載ったら、有名になっちゃいますね……。」

「あの雑誌、読者多いからな。」

そういう事じゃないんですけど。思わず口から出てしまった。何でもないと誤魔化したけど、これは死活問題だ。大袈裟だと思われてもいい。

これ以上立花さんの魅力が広まったら、私どうしたらいいの―!!



ふと気付く。

「そうでした。質問しないと!」

「無理に質問しなくても良いんだけど。」

今日の目的は立花さんに質問して知っていく事だった。質問、質問……。

「……何を聞きましょう?」

「それ、最初の質問かな?」

自分から質問すると言っておきながら、何も考えていなかった事を後悔する。今後立花さんの気持ちを疑ったりしなくていい様な、良い質問ないかな?

「あ、何でも良いんですよね?

 元カノさんについて教えてください。」

「ぶっ!!」

立花さんが水を吹き出しそうになっている。私の中ではすごい閃きだったんだけどな。

「良いけど、面白い事ないよ?」

眉を顰めて言う。だって知っておきたい。今までどんな人と付き合ってきたのか。

「私が聞いてみたい事なんですから良いんです。

 今まで何人の方とお付き合いしましたか?」

「えっと、3人。」

多いのか少ないのかはよく分からない。

「時期とどんな方だったか教えてください。」

「最初は高校3年、同級生でずっと同じクラスだった。

 2人目は、21かな。千果の大学の1つ先輩。

 3人目は―24か。家の近所の定食屋で働いてた人。」

渋々といった様子で、だもきちんと答えてくれる。最後の人ももう4、5年も前の話なんだ。どうりで噂を聞いた事がないと思った。

「どうして別れたんですか?」

これはとても重要事項。……同じ轍を踏まない様にしないと。

「高校の時の子は、母さんが死んでから自然消滅。

 あとの2人は仕事にかまけてたら、さよならって。

 いつも仕事優先だったから愛想尽かされたんだ。

 な、面白くないだろ?」

「興味深いですね。」

高校生の時の彼女さんは仕方ないね。きっとどうしたらいいか分からなかったんだと思うから。

仕事優先で愛想を尽かされるっていう状況がピンと来ない。立花さんを見ていてそういう人には見えないから分からないけど、私の場合一緒に働いているしね。あまり関係ないかも。


「今まで沢山告白とかされてきましたよね?」

「いや、まぁ高校の時はそれなりにあったけど。」

ん、高校の時は?平然と言うから疑問が沸いて出てくる。

「会社で誰にも言われなかったですか?」

「うん。そんなモテる様な男じゃないし。」

少し寂しそうに呟く。何をどう見たらそんな事が言えるんだろう。私でも分かるのに。

「え、じゃあのアンケートに書いてあったのは、

 何だと思ってるんですか?」

「何って、応援してくれてるんだろ?」

「立花さんってすごい鈍感なんですね……。」

応援だけであんなに連絡先が書かれる訳が無いでしょう!いつもしっかりしている立花さんだから何だか可哀想に思えてくる。

「そう言う菅野は、会社の男がご飯に誘おうとしてるの

 知ってるのか?」

それは何の話ですか?そんな事聞いた事無いけどな。それにそもそも。

「え、私と食事してもあまり楽しくないと

 思いますけど…。」

「いや、楽しいよ。

 楽しいけど気にするところ、そこじゃない。」

即答で楽しいよ、と言ってくれた事にこんな時なのに舞い上がる。いつも楽しいって思ってくれてるんだな。……だめだめ、負けちゃだめだ。

「立花さんは広報の方に露骨にご飯、

 誘われてましたよね。」

「男なら誰でも良いんだろうな。」

「違うでしょう……!」

立花さんだからだってどうして分からないんですか!!あ、でも気付いてない方が良いのかな?


「それにこの前誘われた男性の方、覚えてます?」

「あぁ、最初行った時、君と食事をしたがってたぞ。」

あの時の「菅野」は私だったのか。ってそんな事はどうでも良くて。

「その日笑って頭撫でるから、

 あの方立花さんが好きになっちゃったんですよ!」

「え、俺男だしあっちも男だし。」

「でも、惚れたかもって言ってましたし。

 次の時には赤い顔で食事に誘ってましたよ!?」

それで私がどれだけやきもきしてるか分からないんだろうな。でも私は決めたから。

「危ないので広報に行く時はちゃんと言って

 くださいね。責任持って守ります。」

「格好良いね。この前も思ったけど。

 でも菅野だって危ないんだから

 ちゃんと言ってくれよ?」

「私は大丈夫ですけど……分かりました。」

どうして私が危ないって思っているんだろう。眉を下げて心配してくれるのは嬉しいけど、心配する事は何もないのに。

「あと、男を相手にする時は十分気を付ける事。

 あんまり優しくすると勘違いさせるし、

 力では勝てないんだから、絶対油断しないで。」

だから大丈夫だってば。そんなに信用ないの?

「立花さんこそ、女性だって勘違いするんですからね。

 女性のいざって時の力が強いのは忘れないでください。」

実際女性の方が怖い事だってあるんだから。立花さんは優しすぎるから気を付けてもらわないと。



「そういえば、上尾さんが君も勘違いしやすい人だって

 言ってたけど、何か勘違いしてたの?」

……上尾さん、何て事言ってるんですか、あんな恥ずかしい事忘れたいのに!

顔が熱くなってくる。どうやって誤魔化そうかを考えながら視線を彷徨わせた。

「教えてよ。」

声色が少し変わって吸い寄せられる様に視線を合わす。片肘をついてじっとこちらを見る表情が美しくも男性である事を意識させる。その目は柔らかく、鋭く、私を捉える。

「……秘密ですッ!!」

そのまま押し流されてしまいそうなところを残った力で振り切った。

やっぱり一番怖いのはこの人です……。


 


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