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49.私の役割

4年振りの家族との一時はとても短いものだったけど、心にできていた隙間を狭めるには十分だった。

メールをしたり電話をしたり、それからに帰ったり。これからはそういう事が気兼ねなくできるんだと思えば長さなんて関係なかった。

<“立花さん”と会えるの、楽しみにしてる。>

自分の家で眠りに就く前、実からのメールに小さく笑った。アドレスの交換は新しくできた友達とするみたいにくすぐったくて、距離が近付いた事を証明してくれる気がした。

立花さんの事を実に話したら、自分の心の中でその存在が形を変えていると分かった。尊敬する上司よりももっと近い何か。実はこれを好きって事だと言う。でもやっぱり私にはその確証が得られなかった。


翌週も私達はカフェ巡りや上尾さんとの打ち合わせを続けていた。月曜にアンケートを回収したら一気に始めなくてはいけないからそのための準備が必要だったし、そもそもじっとしていられなかったから。

何かしていなくちゃ落ち着かない私達に上尾さんは苦笑いで、

「仕事熱心なのは良い事ね。」

と言っていた。そんな人達と仕事ができて嬉しいわ、とも。

上尾さんとはアンケート回収後にまた打ち合わせをする事になった。

500枚のアンケートは想像もつかなくて上手くまとめられるか不安にもなったけど、やるしかないと自分を奮い立たせた。



そして月曜。アンケート回収日。

「くしゅん!」

「大丈夫か?風邪引かないでくれよ?」

「大丈夫です。すみません…。」

朝の2人きりのエレベーターでくしゃみをし立花さんに心配させてしまう失態。やっぱりコートも着たままでいれば良かった。カフェを廻るのに外出が多かったから、朝の会社がもうこんなに冷えてきているって気付かなかったな。明日からもっと厚着して来よう。

不意に触れる肩。たった2人しかいないエレベーターは当然広くて。そう考えると服越しに伝わる体温に気付く。それで寄り添ってくれたのだと分かった。小さくさり気ない、彼の優しさ。

「ありがとうございます。」

ふっと笑う姿に、胸の奥で生まれた熱が全身を暖めてくれる気さえする。

電子音が鳴る。あまりに機械的で悲しい音がした。


前回同様進んでいくと、島崎さんが真っ先にやって来た。

「立花さん!おはようございます!」

「おはよう。」

「期待しててくださいね。結構良いと思うんで。」

得意げな顔で言う島崎さん。もしかして気が付いていないのだろうか。立花さんの申し訳なさそうな横顔が見えた。

「ありがとう。ただな…。

 無記名だからどれが島崎のか分からないぞ?」

「…あ、あぁ!そっか、忘れてた…。」

その反応から本当に気が付いていなかった事が分かる。落ち込む様子に可哀想になるけど、ちょっと可笑しい。まさか気付いていないなんて。

笑いそうな状況に助けを求めようと立花さんを見ると同じ思いだったらしく、2人一緒に吹き出した。

「ぶ、ははははは!」

「ふふふ、はは!」

こんなにも声を出して笑ったのは久しぶり。唖然としている島崎さんには失礼だけどなかなか止められなかった。

「あぁ、可笑し……。ごめんごめん。

 島崎って結構天然なんだな。」

「え、いや、そうですか?」

「私も思わず笑ってしまって、すみません。」

謝りながらも声が震えるのは許してくださいね。

「いや、それは良いんですけど……。

 急に笑い出すからびっくりしましたよー。」

苦笑いを浮かべながらそう言う島崎さんは、私達を見てそれから後ろに視線をやった後、

「お二人が笑うから、注目の的ですよ。」

と告げた。振り返ると周りのデスクにいた人達の視線を浴びる。その顔は不思議そうだったり呆気に取られていたり。

私達は恥ずかしくなって顔を見合わせると、赤くなった耳を誤魔化しながら急いで課長の元へと進んだ。


「何だか楽しそうだったね。」

槇課長の笑顔に恥ずかしさが増す。どうせなら気付かない振りをして欲しかった。

「騒がしくしてしまって、すみません。」

「いや、そんな事はないよ。

 ただ皆君達の事が気になってしまうみたいでね。

 仕事そっちのけになるから少し困っているかな。」

珍しく冗談交じりで言われる。立花さんがいれば皆気になるのは当然か。私でもきっと気になってしまうし。すみません、と小さく謝った。

「じゃ、これね。全員分挟んであるから。」

「ありがとうございました。

 皆さん、ご協力ありがとうございました。」

立花さんはフロアの全員に聞こえる様に一言言うと、そそくさと歩き出す。さっきの事があるからあまり長居はしたくない。私も後を追いかけた。



「立花さん、今日お昼ご一緒できませんか?」

「ちょっと抜けがけしないでよ!」

「お弁当作りすぎたので食べてください。」

「それ作りすぎたんじゃなくて余分に作ってきたのね!」

「私、夜空いてます!!」

十数人の女性社員が立花さんの前に立ち塞がって一斉に声を掛ける。その目は鋭くとても近付けない。

立花さんはそれらの誘いをやんわりと断っていく。後ろで取り残されている私はもっとはっきり断ってくれたらいいのに、なんて生意気にも考えていた。

「はい、ストッープ!!」

諦めない女性社員達の波が押し開かれて、出てきた島崎さんが立花さんを庇う様に立つ。

「島崎君、邪魔しないで!」

「邪魔も何も、立花さんが引いてますから!」

噛み付かれても負けない。島崎さんの言葉に女性社員達は立花さんの方を確認して、口々にすみません、と呟いて渋々自分のデスクへと散っていった。

「ありがとう。助かった。」

「いえいえ、お安い御用です。」

そう笑う島崎さんにさっきの天然さは感じられない。背中に庇った立花さんを守っていて格好良かった。

……私が立花さんを守るって決めたのに!


エレベーターを目の前に、また私達は止まる事を余儀なくされた。行く手を塞いでいるのは、前回立花さんに頭を撫でられて格好良いと呟いていた男性社員だ。

今度は何を言うつもりだろう。今になって怒ったりしないだろうか。その時私で立花さんを守れるだろうか。そんな考えは一瞬で砕かれた。

「あの一度お食事に行っていただけませんか、」

まさか食事の誘いとは。

「だから、」

「立花さん!!」

「行かせないって、え、俺?」

「はい!」

立花さんは何を勘違いしたのか驚いている。もしかして私が誘われていると思ったんだろうか。

まだ私を誘っている方が良かった。それで立花さんを守れるなら。

「えっと、」

「だめです。誘わないでください。」

「え?」

体も口も勝手に動いていた。島崎さんがそうしていた様に立花さんの前に出る。立花さんの方が大きいから庇えない事は分かっていたけどそんな事はどうでも良かった。

行かせたくない。守りたい。その一心で私は動いていた。

「誘われても行かせません。」

私より少し背の高い男性社員の目を見据えてはっきりと告げる。見上げているから格好はつかないかもしれないけど、言い方は何とでもなる。

ここは立花さんにも断言しておいてもらわないと。振り返って立花さんに聞く。

「行きませんよね?」

「は、はい、行きません……。」

戸惑いながらもそう答えてくれたのを確認して、

「そういう事ですので失礼致します。」

と男性社員に告げる。勿論一礼は忘れない。礼儀は示しておかないと、馬鹿にされてまた誘いに来られたら困るし。

エレベーターに乗ると立花さんが続いて入ってくる。エレベーターは小さな音を立てて降り始めた。

「さっきはありがとう。何か……びっくりしたな。」

「立花さん、気を付けてくださいね。

 誰に狙われてるか分かりませんから。」

本当に分からない。注意しておくのは女性だけじゃないってよく分かった。

今の私は立花さんを守るSPみたいな気分で、今にもエレベーターに乗り込んでくるかもしれないまだ見ぬ敵に負けない様、閉ざされた扉を睨みつけていた。

 

 

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