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4.交錯するオモイ

一面に広がるピンクの絨毯は写真で見るより広大で、晴れ渡った空の色と並ぶと余計に美しく輝いて見えた。

陽見ヶ丘(ひのみがおか)。1年中日当たりの良い立地と言われているこの丘は、シバザクラの名所としてよく知られている。雑誌で見たり話を聞いていて一度は来たいと思っていたけれど、まだ来た事はなかった。実際に見た景色は一言では表せない、優美さと力強さを伴う生彩さがあった。

「一番上の休憩所からも見てみる?」

差し出された提案に大きく頷いて、上までの坂道を並んで上り始めた。


休憩所から見下ろせば、下まで続くシバザクラの向こうに小さく走り回る車の隊が見えて、夢と現実を織り交ぜた様な景色が少しだけ可笑しかった。

「菅野。話があるんだ。」

後ろから声がする。振り返った先に、貫く様な眼差しで見つめる真剣な顔を捉える。

「何でしょう?」

一度逸らしかけたその目が、もう一度こちらを見る。愛おしむ様な暖かさを湛えて。


「……菅野がLTPに来てこの2年、一緒に仕事をしてきて、

 菅野の良いところを沢山見てきた。人にも仕事にも、

 ひたむきで誠実で、思いやりに溢れていて。

 こんな人には、今まで出会った事がないくらい。」

訥訥と語られる言葉は明らかに私を過剰な程に褒めている。嬉しいけれど、流石にそれは言い過ぎです。口で否定する前に首を横に振る。それでも足りない気がして必死に手も振った。

「俺にとってはそうなんだよ。……だから……。

 だから好きになった。」

思いがけない言葉に驚きを隠せない。

立花さんが私を、好き?私を?

「好きなんだ、君が。これ以上ないってくらい。」

その瞳は確かに私だけを映していて、切ない程に想いを伝えてくる。



ここでこの想いを受け入れる事は、他の人にとっては簡単な事かもしれない。でも私は断る言葉を探していた。どうやっても伝わらないだろう私の気持ちを伝える言葉を。

俯いて見る小さな花達は、照る太陽を受け止めてそよぐ風に身を任せている。……私はどうしたって君達みたいになれないだ。

「私は……私は、愛を、知りません。」

途切れる声に力を入れて続ける。私は話さなくてはいけないから。

「愛、自体は理解していると思います。家族を大切に

 思ってますし、大切にされているとも感じます。

 友人を大切に思う気持ちもあります。

 きっとそれが愛というものでしょう。

 ……でも恋愛感情を持った事が、ありません。

 好き、ってどういう事なんでしょうか。

 人として大切に思う事と、どう違うんでしょうか。」

誰も教えてはくれない。教えてくれてもそれは、私には難しすぎた。



「立花さんが、そんな風に想ってくださっていても、

 私はその気持ちを、理解する事ができないんです。

 勿論、お気持ちはとても嬉しいです。

 それでも愛を、恋を、知らない私には、

 どうしていいのか分からないんです……!!」

半ば叫ぶ様に言葉を吐く。抱えてきた思いは何度となく笑われ、真綿で首を絞める様に徐々に私を苦しめた。

「同世代の人はこういう時、

 嫌いじゃないなら付き合ってみれば、って言うんです。

 そうしたら分かるよって。

 でも、もしずっと分からなかったら?

 時間を掛けたのに理解できなかったら?

 真摯に想ってくれる人をきっと、とても傷付ける……!!

 ……そんな事できません。

 それなら最初からお付き合いはしない、と決めたんです。

 ……きっとこれから先も、私は分からないと思うから。」

声は力なく小さくなってしまった。もう既に、私は目の前の「真摯に私を想ってくれる人」を傷付けているから。私はどちらを選んでも人を傷付ける事しかできない事に気付いたから。……言葉にした事で本当に、分からない事になってしまった気がしたから。


「……そうか。分かった。」

沈黙が破られる。出した答えを受け入れるという意思表示。それを素直に良かったと思えない私は、なんて愚かだろう。

「……でも。勝手に想うのはいいよな?」

はいもいいえも言えたけれど、私は私の意思ではい、と応えた。少しだけ、ほんの少しだけ夢見る事を自分に許す事にした。

「諦めるつもりはない。すぐ諦めるなんてできないし。

 君に恋愛感情を教える、なんてきっと無理だけど。

 俺が持ってるこの気持ちを伝えていく事はできるから。」

どうしてこんなにも真っ直ぐなんだろう。きっと確かに、傷付けた筈なのに。

「好きだよ。……俺は諦め悪いからね?」

さ、帰ろう、と先に歩き出してしまう。置いていかれる訳にはいかないから、返事をして後ろを付いて行く。

再度落とされた、好きだ、という一言がリフレインする。改めて立花さんが私を好きだという事実を思い返して、少し頬が熱くなった。


 

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