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46.6人でいる事

翌日も私達は唸っていた。

今日からは内装に取り掛かろうとPartnerの商品カタログをそれぞれ広げていた。

社長の言っていた専門家の方はすぐには出て来られないらしく、とりあえず使えそうなもののピックアップを始めておいてほしいと三島さんを通して連絡を受けた。それで分厚いカタログを開いたけれど。

「行き詰まったな……。」

「1日考えただけですけど厳しいですね。」

「何でも良いって、何でもできそうで

 手も足も出なくなる言葉なんだなー。」

やっぱり少し制限がある方が決めやすい。設計の時点で感じた事を再確認させられていた。1日中考えても納得のいくアイディアは出ず、もうお手上げ状態。

「この中で俺達が考えたものって、ごく一部なんスよね。

 正直知らないものの方が多いっス。」

気だるげに言う林田君の言葉に頷く。6つのチームがそれぞれ年に数十種類の商品を開発しているのだから当然だけど、他のチームの商品までは把握できない。商品全てに詳しければもっと使い道も考えられそうなんだけど、こればっかりは無謀だ。

「まぁ、そうなっても仕方ないよな、この量だし。

 そういう意味じゃ俺達も消費者と一緒……あ。」

立花さんも賛同しかけたけど何かに気付いたらしい。呼び掛けには応じず、勢いよく立ち上がった。

「社内用のアンケートを作ろう。」

「アンケートですか?」

社員にアンケートなんて今までやった事ないんじゃないだろうか。アンケートはいつだってターゲットとなる層の消費者に対して行なわれてきた。

「全ての社員に、どんな喫茶店がいいか考えてもらおう。

 雰囲気とかどんなものを置くとか、理想の店をさ。

 企画課の社員には自分のチームの商品が何か使えないか、

 それも含めて考えてみてもらおう。俺達6人の意見じゃ

 偏るし、少しのアイディアしか出ないけど、

 500人の意見があればそこから新しいアイディアも出る。

 この店は俺達の店じゃない。

 Partnerの店なんだから、皆の理想の店にしよう。」

その考えは立花さんだから出たものかもしれない。つい制作側と消費者側とに分けて考えてしまうけど、私達だって消費者で、全ての課の社員が合わさってPartnerで。そう考えるとその提案は当たり前の事の様に納得できた。

「楽しそうです!」

「どんな店になるんだろう。」

「面白い答えが帰ってきそうですね。」

「皆の理想の店。良いですね。」

「やりましょ。やりましょ!」

本当、どんな答えが返ってくるだろう。思ってもみない答えに驚いたりするんだろうな。

「アンケートの文面は考えとく。

 月曜に配って、2週間後に集めるか。」

今日はこれで終業時間を迎えたため帰る事になった。月曜に配るという事は休みの間に用意するつもりなのかな?



土曜。私は1人で人気の少ない会社を歩いていた。

立花さんの性格を考えたらどうせ1人でしようと思っているだろうし、早く終わらせるために今日会社で全部やるつもりだろうな、と考えたから。少しでも助けになりたい。そう思ったら自然と会社に足が向いていた。…もう立花さんは来ているだろうか。

3階に上がるとどのブースも空っぽで、LTPのブースだけは蛍光灯の明かりが漏れていた。

「あれ、林田君?」

そこにいたのは予想に反して林田君で、挨拶の代わりに片手を上げている。

「菅野も来てくれたのか?」

別の場所から声がして振り返る。給湯室から立花さんが顔を出していた。

「え?あ、立花さん、そんなところに。

 座ってるのが林田君でびっくりしました。」

「コーヒー淹れてたんだ。」

「私やりますよ。」

そう言って近付く。

「じゃ、お願いしようかな。ありがとう。」

立花さんは嬉しそうに笑って、デスクへと戻っていく。俄然やる気になってコーヒーを入れ始めた。

…また林田君に先越されちゃったな。立花さんとの距離は、私よりももっと近いところにいる気がする。

比べる様な事じゃないと分かっている筈なのに勝手にそんな事を考えてしまう。私はその思考を振り払う様に頭を振って挿れたてのコーヒーを運んだ。

「コーヒー、どうぞ。」

「ありがとう。」

「ありがとー。」

コーヒーを一口飲んで幸せそうに微笑んでくれる。そんな2人を見ればそれだけで十分嬉しいのにな。


そのままブースを出て、コピー機を取りに行く。基本的にブースに大きな機器は置かない方針で、エレベーターの近くの一室にまとめて保管されている。そこで使っても良いし、ブースに持ち込んでも良い。林田君がいるなら私にできる事は殆どなさそうだからコピー機だけでも用意しておこうと思って来てみたら、どのコピー機もインクと用紙が少なくなっていた。来ておいて良かった。

「あれ?」

開け放したドアの向こうから聞き慣れた声が上がる。振り返ると沙希ちゃんが入ってくるところで、後ろには竜胆さんの姿もあった。

「はるちゃん、おはよ。何してんの?」

「おはよう。コピー機を運ぼうと思ってね。」

そう答えて、並んだ2人に聞いてみる。

「2人も手伝いに?一緒に来たの?」

当然の疑問だったと思ったけど、沙希ちゃんは耳を赤く染めて目を泳がせているし、竜胆さんはその様子を楽しそうに眺めている。聞いちゃだめだったかな?

「ち、違うよ!!あ、手伝いに来たのは合ってるけど!

 たまたまね、下で会ったんだよ。本当に偶然!!」

すごい慌て様で否定してくるから、頷く事しかできない。

「……そんなに否定しなくても良いと思うけど。」

竜胆さんは少し寂しそうに視線を下げた。

「いや、えっと、そんなつもりじゃ!」

また慌て出す沙希ちゃんに、竜胆さんはこっそり笑っている。沙希ちゃんの反応を面白がっているだけらしい。もう分かったから、と言われてほっと息を吐く沙希ちゃんが可愛いけど、冗談を見抜けないとこれからも大変そうだなって、勝手に心配になった。


運んでくれると言う竜胆さんに甘えて、ブースに向かう。

「林田君が一番に来てたんだよ。」

「そうなの?てっちゃんたら株あげようとしてるなー。」

「今更上がるのか?」

「それはちょっと失礼ですよ。」

そんな事を話しながらブースへ戻ると、立花さんが驚いた顔で迎えてくれた。

「お前らも来てくれたのか。」

「昨日立花さんがアンケート作るって

 言ってましたからね。」

立花さんは眉を下げる。きっと悪いな、って思っているんだろうな。

「でも今日絶対ここでするとは限らなかったのに。」

「立花さんなら、早めにやっておこうとする筈だし、

 印刷までしちゃうだろうなと思って。」

「皆示し合わせて来たのか?」

「いえ、それぞれ自分が手伝うつもりで来てると

 思いますよ。」

沙希ちゃんと竜胆さんの言葉を聞いて、やっぱり私が考えたのと同じ事を皆も考えたんだって分かった。これも立花さんの人柄がそうさせるんだよね。

「菅野、コピー機取りに行ってくれてたのか?」

「あ、はい。できる事がなさそうだったので。

 見たらインクも用紙もあまりなかったので、

 先に行って正解でした。」

自分の声に少し自慢げな色を感じて行ってから少し恥ずかしくなった。

「皆、わざわざありがとな。」

「いえいえ、ケーキで良いですよ?」

沙希ちゃんがそう言うと、

「林田はそんなのいらないって言ってくれたぞ?」

と立花さんが返す。

「あ、てっちゃんたら良い子ぶってー。」

「それ失礼だろ!」

そんな賑やかなやり取りの中心にはやっぱり立花さんがいて、そこに私も一緒にいられるのがただ嬉しかった。



人数が増えると作業も捗って、昼を迎える頃にはあと半分程になっていた。

「皆さん、お疲れ様ですー。」

夏依ちゃんが大荷物を抱えてやって来た。慌てて1つを受け取る。

「おいおい、どうした、その荷物は。」

「お昼ご飯を持って来ましたー。」

「てんちゃん、すごーい!ありがと!!」

どんどん広げられていく包みの下はお重だった様で、蓋を開けると色々な種類のおかずやおにぎりが綺麗に敷き詰められていた。

「夏依ちゃん、皆いるって分かってたの?」

「予想でしたけど。するなら今日だろうし、

 多分皆さん集まるだろうなって。

 アンケート作りにはお力になれなくても、

 お昼ご飯くらいはできるなと思いまして。」

全員揃う事まで予想して、こんなにも沢山用意をしてくれたなんて。皆の事をよく分かっている夏依ちゃんはもう立派なLTPの一員だね。

「じゃ飯食って、最後やるか!」

「賛成ー。」

それぞれの思いで同じ様に集まれる私達はもう家族みたいだなって思う。

皆もそう思っていたら、素敵だな。


 

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