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44.委ねられた決定

「大体はこんな感じか?」

翌日は、多分廊下まで私達の唸り声が聞こえていたと思う。

資料から選んでいくとはいえ、考えなければならない部分も決めなければならない種類も膨大で、手分けしても丸一日費やした。

それでも何とか明日源さんに見せられるくらいのものにはなったから、張り詰めていた空気を押し出す様に大きな溜息を吐いた。

「あー、目が乾く……。」

「肩が凝りましたー。」

ずっと同じ体制で資料を見続けていた体はかなり固まっていて、私も肩を回す。骨の鳴る音がした。

「明日駄目出し喰らわないといいけどな。」

それが一番怖い。これで全てやり直しになったら倒れ込んでしまいそうだ。

「ま、明日の事は明日考えよう。

 そろそろ時間だし、上がるか。」

「はーい。」

こうして私達は、明日の源さんの反応に期待と怯えを感じながら、ふらふらと家路へ帰って行くのだった。



約束の木曜がやって来た。源さんの来る時間が分からず、ちらちらと時計を確認しながら待つ時間はいつまでも続く感じがした。

9時過ぎには到着した源さんが用意した企画書の項目を1つ1つ確認していく。その間の沈黙に緊張感が増していき、源さんが顔を上げた時には喉が鳴った。

「まぁまぁってとこだな。」

昨日の必死さを思い出すと、こんなもんかと割り切れない。皆も同じ気持ちで肩を落とした。

「そんなしょげんなって。

 儂が説明してなかったのも悪いんだし。」

そう言って慰めてから説明を加える。サンプルは小さくて分からないけど、実際に使うと雰囲気が変わって合わない組み合わせがあるらしい。それに水に弱い素材を水回り周辺に使っていた事が判明。素材の特徴まで書いていなかったから気付くことができなかった。

源さんの言葉を受けて大まかにメモを取る。その点も考慮に入れつつ、更なる話し合いが始まった。

積極的に源さんから情報を得ていき丁寧に進めていく。そして全てを終えたのが終業時間直前。

再度確認をした源さんも笑って頷いてくれて、私達は喜びの声を上げた。


「あ、確認しときたいんけどよ、この窓、えーと。」

興奮も冷めない内に、源さんが続ける。

「シーグラスですか?」

「おう、それそれ。それな、やった事ねぇんだよ。

 原理としちゃ、普通のガラス嵌めてその上に

 瓶とかの欠片を貼るって感じだろ?」

「はい、そうです。」

視線を向けられて答える。何か不都合があるのだろうか。

「そういうちまちましたの苦手なんだよ。

 特に時間も掛かるだろ?

 でよ、窓だけは置いとくからやってくれねぇか?」

「え?」

素っ頓狂な声が出た。確かに手間の掛かる作業にはなるだろうけれど、それってありなの?

「儂らの分野じゃねぇしよ。

 折角あんたらが考えた店なんだから、

 自分の手で完成させたくねぇか?」

「…菅野、どうだ?」

問いの答えを求められて戸惑う。私が決定を出してしまっても良いのだろうか。

したくない訳がない。したいと思って提案したけれど、これは私の店ではなく皆で考えた店で。

「私は、」

だけど、だけど。

「やりたいです。」

源さんに向けてそう告げた。これはチャンスだ。チャンスを与えてもらったんだ。それなら私は、前に進む事を選びたい。

「おっしゃ。決まりだな。

 実際窓やってもらうのはほぼ建ち終わった後だけど、

 建築中は何回も見に来て確認してくれよ?

 儂が建てるんだから失敗はねぇが、

 後からここが違うって言われても困るからな。」

「分かりました。」

決定してしまったら少し不安が残る。シーグラスが店の雰囲気から浮いてしまったら、しない方が良かったという事になってしまう。本当に決めてしまって良かっただろうか。…相談してみても良いかな?

「とりあえず設計図作って材料集めて。

 来月入ったら始められると思うから、

 そうなったら連絡するからな。」

「宜しくお願いします。」

「じゃあな。」

お疲れ様です、と去って行く背中に投げ掛けた。

いよいよ始まるんだという実感はまだなくて、ふわふわ宙に浮いている様な気分だった。



「思ったより早く進んでますね。」

「あぁ、でも内装もあるからな。

 うちの商品を内装に使ったりするなら、

 相当気合入れて考えないとな。」

「店に負けたら意味ないですし。」

そうだ。Partnerの商品を使った第二のショップとするには入念に考えなくてはならない。商品を知ってもらい、実際の使い方を提案できる様なカフェにしなくてはいけないのだ。

「何にしても明日からだな。今日はもう上がろう。」

片付けながら考えてみる。どんなものが使えるだろう。家族で来て子供も楽しめたら良いよね。カフェで見たものを隣のショップで買える様に、どんな工夫ができるかな。

「お前ら本当に分かり易いな。

 考えるのは明日からだって。」

立花さんのその声に我に返って、顔を見合わせる。皆手にファイルや書類を抱えたまま動きを止めていた事に気が付いて可笑しくなる。

「考え出したら止まらなくなっちゃうんスよね。」

「そうそう。切り替えられないんだよね。」

「職業病ですかね?」

「性格もあるかもしれないけど。」

そんな皆の言葉を受けて私も一言。

「やっぱり考えるの、好きなんですよね。」

考える事が、この仕事が、好きなんだ。



そして私は考えていた。できれば今日相談したい。勿論、立花さんに。

だけどどう言って誘えば良い?話を始めてしまえばこのブースの中で終わるだろうし。それが嫌な訳じゃないけど、どうせなら違う所がいいかななんて思ったり。

あ、でも予定が入ってるかもしれないな。断らせる事になったらきっと謝らせてしまうし。私は別に断られても仕方ないと思えるけど。あれ、本当にそう思える?

「菅野、まだ帰らないのか?送ろうか?」

気付けば皆もう帰ってしまっている。いつの間にか2人きり。ここじゃないの、誘うところ。言っちゃえ!

「あー、えと。それじゃ。

 良かったらみのりに連れて行ってもらえますか?」

送ろうか?という言葉に便乗してみる。言ってから少し恥ずかしくなって手にしていたファイルをバッグに詰め込む。面食らった様子だった立花さんだけどすぐに、

「いいよ。用意できた?」

と言ってくれた。断られず快諾してもらえた事に心が浮き上がる。

いや、だめだ。真面目に相談に乗ってもらおうと思っているのに、こんな事じゃ。

気を引き締め直して、立花さんの車に同乗してみのりへと向かった。


 

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