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43.2つの予感

ランチを終えて、お手洗いに行くと言う沙希ちゃんと別れて先にブースに戻ると、竜胆さんが1人コーヒーを飲んでいた。

「戻りました。お一人ですか?」

「あぁ。……なぁ、菅野。」

目線は壁を向いたまま呼び掛けられて、その横顔に返事を返す。

「はい。」

「金城の事、ありがとな。」

「え?」

ゆっくりとこちらを向いて小さく微笑む竜胆さん。

「俺との事、相談しただろう?聞いてくれてありがとな。」

「竜胆さん……。」

何と言っていいか分からなくて口篭る。2人の間に入っていくのは無粋で、だけど相談されたからには完全に部外者でもなくて。

「緊張してる事も分かってるし不安なのも分かってる。

 でも俺にはそんな事絶対言わないんだ。」

そう言う竜胆さんは寂しそうに笑った。

「まだ始まったばかりだから仕方ないけど。

 初めの内はまた菅野のとこ行くかもしれないから、

 その時はよろしく。」

「……はい。」

こんな自信のなさそうな顔、初めて見た。竜胆さんもきっと不安なんだ。

沙希ちゃん。竜胆さんはちゃんと分かってるよ。そして本当に沙希ちゃんの事、想ってるよ。

きっと近い内に竜胆さんの話を嬉しそうに話してくれる沙希ちゃんが見れる気がしているよ。


午後からも引き続きそれぞれの設計を固めていく。設計とは言ってもざっくりとしたものだけど。

沙希ちゃんと竜胆さんの事は私が気にしてもどうしようもないから仕事に専念。それでもたまに見てみるけど2人とも何事もなかった様に仕事をしているみたいで少し安心した。

デスクの上には沢山書き込みをしたデザインが幾つも並んでいる。それぞれに口を挟んでは書き換えたり書き加えたりして、その度にまた皆の意見がヒートアップしていく。気分はそこで働くマスターの様で、より良い店を目指していたのに。

「どれも無理だな。」

この一言には大きく肩を落とした。



翌日、初対面でそんな一言を放ったのは熊田源(くまだげん)さん。その道42年の大ベテランの大工だと言う。見た目は堅物そうな雰囲気ではあったけれど、肩を落とす私達を見兼ねたのか、

「全くできねぇって訳じゃねぇよ?

 それぞれできるとこは多少なりともある。

 組み合わせる事もできるが。」

と、できる部分にペンで丸を付けていく。こう見るとできるところも案外あって、また1からではない事に胸を撫で下ろした。

「隣の店と繋げるのは簡単だ。

 どうせ売り場の方も儂が建てるんだからな。

 売り場は他のと同じ、白壁で大きい窓を付ける。

 外観は、この感じだと全然違っていいんだな?」

「あ、はい。そうですね。

 まずカフェとして使ってもらうのが目的なので。」

立花さんの返答に1つ頷いて、源さんは少し考えた後、

「じゃ、例えばよ。」

と新しい紙に1つの店を描き上げていく。

6人分の意見が源さんのこれまでの経験と知識によって組み合わされ繋がっていく様は、声も出ないくらいに圧巻だった。

「箱型ので白っぽい壁、ドアは木製。

 下は煉瓦で花壇にして。

 窓はこれみたいに色付いたので柄にしてさ。

 中は、床はフローリングか。

 カウンターも木製のがいいよな。

 外壁と内壁は変えてもいいし。

 照明はここの商品使ってもいいかもな。」

シーグラスの意見が取り入れられて、遂に私の夢が叶うんだって思ったらとてもわくわくした。皆もきっとそうだったと思う。無邪気な歓声が上がった。

「こんな風に1つになるなんて。」

バラバラな印象だったのにこうやって少しの手が加わって新たなものに変化を遂げる。その楽しみを知っていたのにまた教えられる。きっとどれだけ経験を重ねたって学べる事もあって、思い出さないといけない事もあると気付かされる。

「これはとりあえず、あんたらのを1つにしただけだ。

 こういう感じでいいなら、ここから詰めるのは

 あんたらだからな。」

大きな音と共にデスクに資料が積まれる。幾つかを開いて見せてくれた。素材の色や柄のサンプルが貼られたものや、びっちりと何かの説明書きが並んでいるものまで。全て目を通すにもどれだけかかるか心配になる。

「使う素材とか色はかなりの種類ある。

 形だって同じ素材でも全然違うからな。

 まぁ、コストは気にせんで良いらしいから、

 あんたらが本当に使いたいものを選べば良い。」

そう言って社長を見る源さんは少し意地悪な顔をしていて、社長は頭を掻いている。

「良いが、源さんもちょっとは譲歩してくれよ?」

「どうかな。」

そんなやり取りから、私達が自由にできる様に社長が配慮してくださった事に気が付いた。

社長のご好意に応えるためにも、納得のいくまで突き詰めて本当に良い店をつくりたいと気持ちを引き締めた。



恐ろしい資料の多さに諦めかけそうだったし、実際あまり進んだ感じはしなかったけれど、

「こんなに段取り良く進むとは思わんかった。

 流石、日頃から商品を開発してるだけはあるな。」

と言葉をかけてくれた。それだけでも少し気持ちが浮き上がる様だった。

次は木曜来るからな、とだけ言い残して源さんは帰って行った。できればずっと一緒に考えてもらえたら良かったけどこの他にも2つの仕事を掛け持っているらしく、特に責任者として仕事を割り振っている立場だから1つのところにかかりきりにはなれないとの事。

たった2日で決まるかは不安が残るけど、やるしかない。

「どうだ、結構やれそうだろ?」

「当たり前でしょう?俺達がやるんですから。」

「そりゃそうだ。じゃ、あとは頼んだぞ。」

大きく笑いながら出て行く社長を見送る。社長の期待が立花さんだけにかけられているのではない事も、立花さんがこの6人で1つだと証明してくれた事もとても嬉しい。

私達はチーム。1人では難しくても皆でなら絶対できると信じられた。

「とりあえず今日のところはここまでにするか。」

「そうですねー。」

「何か楽しかったっスね!」

林田君の言葉はきっと皆のものだ。企画のいろはも知らず、ただ楽しさと喜びだけを持って仕事に打ち込んでいた頃に戻ったみたいに、がむしゃらに楽しかったから。

「さ、明日も頑張ろう。」

知らない事ばかりだけどこの仕事を成し遂げたら、大きな一歩を踏み出せそうな気がした。

 

 

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