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42.彼女の報告

それぞれ反応の違いはあるけれど、緊張が一気に解けたのは空気で分かった。当然私もそうだったから。

「それにしても名前を覚えてもらえてるなんて。」

「社員全員の名前覚えてる人だからな。」

「全員!?」

夏依ちゃんが驚きのあまり固まってしまう。確かに考えられない。500人程いて、しかも変動の多い社員の顔と名前を一致させるのは普通では考えられない事だ。

「立花さんもあんな感じになるんですね。」

竜胆さんは早くも元通りで立花さんに話し掛けている。

「あんな、って?」

「子供に返ったみたいな感じです。

 頭を撫でられた時は特に。」

「本当に親子みたいでしたもんねー。」

沙希ちゃんもそれに賛同する。立花さんは思わぬところを指摘されて耳を赤らめた。

「そんな事はどうでもいいだろう!

 明日に備えて準備するぞ、大きい仕事なんだから。」

「誤魔化しましたね。」

そんな言葉も無視して立花さんが動き出したから、私達も準備を始める。こうなった立花さんにはもう誰も何も言えないのだ。


書類に記されている概要はたった2点。

【全世代の消費者が、憩いの場として気軽に使える。】

【実際に商品に触れたり試したりできる、第二のショップとして活用。】

決められている事が少ないというのは良くも悪くもある。制限がない分自由に考えられるし案も沢山出せるけれど、反対に何を基準に選ぶかをこちらが決めなくてはいけないから時間がかかってしまう。

自分だったらどうだろう。私が消費者だったら?経営者だったら?

そこで思い出す。幼い頃実と一緒に描いたパン屋さん。ミッチェルの家を模した大きなお城。私達の原点はきっとそこにあった。

「あの、思ったんですが。」

皆が談笑する中、私が小さく挙手すると立花さんが、ん?と尋ねてくれる。

「私達には専門的な事は分からない訳なので、

 消費者の気持ちでこんな店が良いとか、

 こんな風にしたいっていうのを出してみる

 というのはどうでしょう?

 できるできないは一先ず置いておいて、

 私達が使いたくなるお店を考えてみませんか?」

考えた商品が増える度、どうしたって売る事を前提にし始める。だけど本当に大切だったのは、あの頃みたいな純粋に楽しむ気持ち。誰かを喜ばせたい気持ち。

「子供の頃に思い描く、理想の家やお城やお店みたいに。」

私達が思い描く素敵な世界はきっと、誰かにとっても素敵な世界になる筈だから。

「そうだな。じゃ、理想の店、考えてみるか。」

そう言って笑って応えてくれる。私達は同じ気持ち。



「それ可愛すぎないか?」

「えー、逆に竜胆さんのは渋すぎです!」

「でも夏依ちゃん、これは子供しか入れないよー。」

「そうですかね?」

「うん。てっちゃんは…それ何を目指してるの?」

「え?ロケットかな?

 配線とかわざと見せてさ、格好良くない?」

「少年は集まりそうだね……。」

「立花さん。それはマスターの店になってます。」

「ん?あ、そうか。

 いや、喫茶店って言ったらマスターの店が

 一番に思い浮かぶからさ。」

「ふふ、分かりますけどね。」

「あ、はるちゃんのオシャレだね。窓はステンドグラス?」

「ううん、シーグラスで柄を作るの。憧れなんだ。」

「へー、可愛いね。」

「なぁ、隣のショップと通路繋いでさ、

 わざわざ外出なくてもいい様にしたらどうかな?」

「それ良いですね!雨の日とか面倒ですし。」

「外壁は白より柔らかめの色入れた方が良くないですか?」

「夏依ちゃん、そのカラフルなのはやめよう?」

「分かってますよ!」


ブースの中はまるで図工の時間。白い紙に思い思いのカフェを描く。隣の人の紙面を覗いては意見を言い合う。それぞれの好みが全面に出ていて面白いけれど、どれもこのままでは使えない。

良い部分を集めながら更にアイディアを出したりして1つにまとめていくのも一苦労。夢中でしていたらいつの間にかお昼になっていて一先ず休憩を取ることになった。

「はるちゃん、前言ったパスタ屋行かない?」

朝の約束を思い出す。話は社員の集まる食堂ではできない事らしい。私は妙にそわそわしながら出て行く沙希ちゃんを追った。



「それで、話っていうのはね……?」

料理が運ばれてきてからやっと本題に入るのは、やっぱり言いにくい事だからだろうか。いよいよだ、と私は固唾を飲んで次の言葉を待った。

「……私、付き合う事になったの。」

「え?」

「竜胆さんとね、付き合う事になったの。」

突然の展開に瞬きも忘れて沙希ちゃんを見つめていた。沙希ちゃんは俯いて恥ずかしそうに指を絡ませている。その様子を見るとまさに恋する乙女といった感じで、嬉しくも気恥ずかしい気持ちになった。

「良かったね!でもいつの間に?

 旅行の時は何も言ってなかったじゃない?」

すると何かを思い出しているのか顔が真っ赤になる。今にも湯気が出そうだ。

「えと、旅行の、花火大会の時にね。ちょっと頑張って

 夏休み中にまた出掛けませんかって誘ってみたの……。

 そしたらいいよって言ってくれて、先週出掛けて……。」

途切れながらも一生懸命説明してくれるのが、可愛らしい。竜胆さんへの想いの強さが窺えた。

「2人きりって、は、初めてで。私緊張しちゃって。

 でも全部エスコート?してくれてね。私としては、

 それだけで満足というかお腹いっぱいだったんだけど。

 ……その日に竜胆さんがね。好きって言ってくれたの。」

やっぱり竜胆さんも沙希ちゃんが好きだったんだ。沙希ちゃんは悩んでいたけど関係なかったんだよ。ちゃんと見てくれてた。

頑張り屋さんで、皆を楽しませてくれて、笑顔の可愛い沙希ちゃんをちゃんと見てくれていたんだよ。

「想いが通じて本当に良かったね。」

うん、と瞳を潤ませて大きく頷くから抱き締めてあげたくなった。こっちまで嬉しくて何だか泣いてしまいそう。

沙希ちゃんが途端に不安そうな顔をする。

「でもね、ずっとずっと好きで、突然好きって言われて。

 まだ信じられないって言うかさ。この人が本当に私の

 彼氏になってくれるなんて、良いのかなって。

 2人きりになると緊張しちゃって上手く話せないし。

 すぐに愛想尽かされる気がして何か怖いんだ……。」

その気持ちを全部分かってはあげられないけれど、私が立花さんから避けられたあの時の息もできない様な苦しさを思い出すと、何となくだけど分かる気はした。楽しい時の中にふと蘇ってきたりして、またそうなったらってひどく不安になる。

「……今を信じるしかないんじゃないかな。」

「え?」

「上手く話せなくても、竜胆さんは待ってくれるよ。

 沙希ちゃんの事を好きだって言ってくれた竜胆さんを

 信じようよ。自分の気持ちも信じようよ。

 上手く話せなくても良いじゃない。今ある気持ちを

 話すのに、台本なんて要らないでしょう?

 今の気持ちを話して、それからちゃんと聞こうよ。

 竜胆さんなら沙希ちゃんを安心させてくれる筈だよ?」

こんな事私が言う立場じゃないけれど、どうしても言わずにはいられなかった。沙希ちゃんを通して自分へ言い聞かせてもいた。



立花さんは置いていく様な人じゃないから。いつだってペースを合わせて、時には手を引いてくれる。

「勝手に想うのはいいよな?」「好きになった上で、隣にいて。」「言った言葉全部、本当の気持ちだから。」

あの言葉を、その揺るぎない瞳を信じたい。そして隣にいたいと望んだ自分の気持ちも信じてあげたい。

用意した台詞なんて意味がない。だって立花さんはいつだって思ってもみない事を言ってのけるから。

だから沢山、色んな話をしたい。一度で良いから私が彼を驚かせてみたいから。



「はるちゃん、何か変わったね。すごく格好良くなった!!」

「え、そうかな?」

沙希ちゃんはもう笑っていて最後に小さく頑張るね、と呟いたから私は大きく頷いた。


 

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