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3.非日常の始まり

そんな日常が形を変えた日。

それはあまりにも突然の、予期せぬ変化だった。



1つの分野に特出した他社とのコラボ商品をつくる、という新たな企画のため、私は立花さんと共にコラボ相手の梶野インテリアに足を運んだ。梶野インテリアはインテリアメーカーとして評判の良い会社。私の実家の家具は殆どここの商品。この企画が決まってからとても楽しみにしていた。

「ようこそ、遠い所をわざわざ御足労頂きまして

 ありがとうございます。この度は宜しくお願い致します。

 私、今回当社の企画代表を務めさせて頂きます、

 岸谷と申します。」

「こちらこそ宜しくお願い致します。

 私はPartnerの企画代表を務めます、立花と申します。

 今回はチームの者を1人連れて参りました。」

「菅野と申します。宜しくお願い致します。」

流れる様なスムーズな名刺交換が行なわれた後、会議室に通されてミーティングが始まる。


これから主に企画に関わってくださる皆さんの自己紹介が順になされる。

企画代表の岸谷幹夫(きしたにみきお)さん。

製作スタッフの守屋慶(もりやけい)さん。小鳥遊結李(たかなしゆり)さん。

連絡係の庭寛九郎(にわかんくろう)さん。重郷(しげさと)かんなさん。

岸谷さん以外の4人は私達と同年代。もっと年齢の高い方との仕事になると思っていたから、少し緊張が解れた。ただ、全員今まで一度も開発会議に参加した事がないらしく、テーブルの向こうに並ぶ顔は心配になる程強張っていた。



ターゲットは2、30代の独身女性。テーブル、キャビネット、ソファの3点で進める事になった。ミーティングも終盤に差し掛かり、立花さんが締めにかかる。

「2週間後のミーティングの際に決定案を皆さんにご確認

 頂き、御意見等、頂ければと思っております。

 事前に商品について御要望がございましたら承りますが

 いかがでしょう。」

尋ねられた5人は突然の質問に硬直して困っている。この緊張の中では尚更浮かばないだろう。

「我々からは特には……。」

岸谷さんがおずおずと俯きながら答える。それに対し、立花さんは5人を真っ直ぐに見つめてこう言う。

「正直、このまま最後まで皆さんの御意見なく進める事に

 なれば、当社で企画開発するのと何ら変わりません。

 少々商品の質が上がる程度でしょう。

 岸谷さん、私達は今回コラボ商品をつくるチームです。

 そして皆さんは梶野インテリアさんの代表としてここに

 います。私達は是非、どちらの意見も反映された商品を

 つくりたいんです。」

凛とした張りのある声がしんとした会議室に溶ける。それぞれ今の位置を築いてきた2社が共に新たな商品をつくるのなら、双方の納得のいく物をつくりたい。立花さんの厳しい言葉にはいつも、情熱と激励が含まれていて、聞く人の心を揺さぶる。


「……そ、うですね。ありがとうございます。

 ただ、私達はこういう事に関しては不慣れでして、

 要望と言われましても、何を言っていいやら……。」

岸谷さんは言いながら若い4人に視線を向けるけれど、申し訳なさそうな視線を返されてしまう。

「分かりました。こちらこそ失礼致しました。

 では次回のミーティングでは、是非率直な御意見を

 お聞かせください。」

一転、穏やかな表情と声で立花さんがそう言うと、皆ほっとした顔で頷いている。立花さんは飴と鞭を上手に使い分けるから、本当にリーダーに向いているな。

次のミーティングは2週間後の6月2日にPartnerで。2週間に内にテーマを決めて企画案を出す。3点あるから忙しくなるけれど、これが楽しいんだよね。この企画の成功を約束する様な、力強い握手が交わされた。



梶野インテリアを出て車が大通りを走る。2時間と少しの長い道程も、2人きりなのに気まずくない。長く一緒に働いているし何度も車に乗せてもらっているから、当たり前と言えば当たり前だけれど。

立花さんが小さく息をつく。もうこれで3度目。どうしたんだろう。意外と緊張していたのかな。

信号が赤になって車が停止する。どうしたと聞いていいものか逡巡していると、

「菅野。」

と不意に呼び掛けられる。

「ちょっと寄り道してもいいか。」

その言葉が何を意味しているのかは分からないけれど、いつもより弱々しく聞こえるその声が引っ掛かる。

「はい。良いですよ。」

私の返事と同時に信号は青に変わって、車は左へと曲がっていく。ハンドルを握るその顔がほんの少し嬉しそうに見えて、そっと胸を撫で下ろした。


どこに行くのか分からないまま、車は進む。

生まれ育った隣県を離れて4年。この辺りはまだ踏み入った事のない場所。好奇心は疼くけれど、着いてからのお楽しみにしようと口を噤んだ。流れる景色を見ながら一体どんな所に行くのかと、まだ見ぬ場所に思いを馳せた。



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