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38.愛しくて

家ってこんなに広かったっけ。静かだったっけ。

荷物の片付けもしないままソファへと座り込んだら、やけに時計の音だけ響いて。その無機質で変わらない一定のリズムがひどく孤独を感じさせた。

整えて行ったベッド。いつか小さな傷が付いたテーブル。いつもの肌触りのソファ。1冊だけ逆さまに入れてしまった本棚の本。

2日前の朝と何も変わらない私の家。そんな事は当たり前で変わっていた方がおかしいのに、そんな事でさえ不安な気持ちになった私にはよく分からなかった。

外を行き交う車の音だけでも手にしたくて窓を開けた。望んで自分の手でそうした筈なのに、流れ込んでくる喧騒の中に私だけ取り残されている様で、すぐに閉めた。部屋の真ん中で訳も分からず立ち尽くす。

1人でいる事、静かな場所にいる事。好きだと思っていたのに今すぐ壊してしまいたい。

明るい笑い声が聞こえた気がして振り返る。誰もそこにいなくて。私は1人きりで。そんな事分かりきっていたのに、どうして涙が込み上げそうになっているのだろう。

別れたばかりの皆にもう会いたくなってる。すぐそこにいて笑って欲しい。笑わせて欲しい。あの輪の中にいたい。……私、おかしいかな?



小さなメロディーが聞こえて、私は急いで鞄を探る。取り出した携帯はメールの受信を知らせてライトを点滅させていた。開いてみると、そこにはたった一文。

<素敵な時間をありがとう。>

とだけ記されていた。立花さんからのメール。この一文の中には沢山の言葉が詰まっている様な気がした。

立花さんのために、なんて口だけで私が幸せな時間を立花さんから貰った。



1日目の夜、私と花火を見るのが楽しみだと言ってくれた。目を合わすのさえままならない程ドキドキして勝手に寝てしまった事に拗ねたりしたけど、でも嬉しかった。

2日目の朝、私が望むなら何だってするなんて言われた。本当の気持ちだからと。そんな事初めて言われたから恥ずかしくて逃げ出してしまったけれど、本当はすぐにでも抱き締めて欲しいと願う程、素敵な言葉だった。

花火大会。人に埋もれた私を見つけ出してくれて、手を引いてくれて、また一緒に出掛ける約束をしてくれた。いつだって私を見ていてくれる人だって信じられた。

そして今日。浴衣の裾を握った私の手を解かずにそのままにしてくれていた。たわいもない話に付き合ってくれた。明後日の、そして未来の約束をしてくれた。いつまでも傍にいられる様な気がして、そんな気持ちが愛おしかった。

プレゼントを貰って、心地良い時間を共有して。優しくて真っ直ぐで暖かくて、それはいつでも変わらなくて。

でももっともっと一緒にいられる時間が、欲しくなった。何もなくていいから、ただ隣り合って時間が過ぎるならそれでも良いと思えた。ただ、会いたかった。



<本当に楽しかったです。

 温泉も、花火も、車の中の筆談も。

 でも拗ねたり逃げたりして、ごめんなさい。

 もう逃げたりしないので、安心してくださいね。

 立花さん。こんな事を言うと可笑しいと思われる

 かもしれませんが、さっき別れたのに、皆に

 会いたくなってしまいました。

 皆の笑い声が耳をついて離れません。

 こんなに1人の部屋が静かだと思った事はないです。

 何だか変な感じです。

 それで、明後日のお出掛けは保留にしましょう。

 良ければ明日、出掛けませんか?

 無理はしないでくださいね。お疲れだと思うので。

 いかがでしょうか?>


メールにそう打ち込んで返した。できたら明日会いたい。本当は今すぐ顔が見たい。だけど少し我慢して、頑張って誘ってみた。明後日はやめにしないで保留。ちゃんと断りやすい様に。

……本当は明後日も会える様に、って気付いてくれるかな?

少しして返信が来る。

<俺も同じ事を思ってた。

 こんなに寂しいと思ったのは初めてかもしれない。

 俺も、明日会いたい。>

立花さんも同じ気持ちだと知れただけで泣いてしまいそうに嬉しくなる。会いたい、というたった4文字が胸を締め付ける。でも私は欲張りで、その声が聞きたいと思ってしまった。

<明日、楽しみにしています。

 おやすみなさい。>

他には何も打てなかった。色んな気持ちが飛び出して行って止まらなくなりそう。まだ、それはもう少し先にしたい。

明後日の約束を、明日に変える。それは小さくて、でもとても大きな事で。

この気持ちを近いいつか、言葉にしたい。伝えたい。

その前に今日は、胸の奥に広がるこの愛しい気持ちと明日へとはやる気持ちを抱いて眠ろう。


 

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