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37.幸せを感じる一時

目が覚めた。目の前には襖に背を預けて笑っている立花さん。

突然起きた私に驚いたのか笑い顔を引っ込めた。何がそんなに面白かったのかな。

力を込めている右手に視線を移す。そうだ、あの時裾を掴んだ。夢かどうか確かめるために。

……夢じゃなかったんですね。

「ん?」

聞き返されてもう一度言葉にする。

「夢じゃなかったんですね。」

「何が、夢じゃなかった?」

その優しい声色にまた眠ってしまいそうで、柔らかな布団に顔を擦りつける。

「私を誰かが運んでくれている感覚があって。

 立花さんの腕の様な気がしたんですけど。

 これは夢かも知れない、と思ったから。

 起きた時に確かめられる様に掴んだんです。

 掴んだ事も夢かもと思ったけど。

 ……夢じゃなかった。」

あの温もりが、聞こえてきた鼓動が、本当のものだっただけでこんなにも嬉しい。湧き上がる気持ちが私を自然と笑顔にさせた。立花さんは照れている様な表情で私にこう聞く。

「……俺のお姫様抱っこの乗り心地はいかがでした?」

「よく眠れました。」

本当に心地よくていつまでもいたいと思った。その腕の中の穏やかさを知って、もしかしたらもう求めずにはいられないんじゃないかって怖くなる程に。

「まだ早いからもう少し寝てていいよ。」

私を気遣ってそう言ってくれるけど。確かにまだ少し眠たいけれど。

「うーん。大丈夫です。

 このままもう少しお話しましょう?」

だって今のこの時間は“今”しかないでしょう?

皆が眠る部屋の中で、2人だけでそっと秘密のお話。囁く様に優しく言葉を落として。

内容なんて何でも良いの。今この時に紡ぐ名前のない時間が、何より幸せだから。



皆が目を覚まし、不思議そうにしている沙希ちゃんと夏依ちゃんを自分達の部屋へと連れ帰った。

「何であっちの部屋で寝てたの?記憶がないんだけど。」

「昨日皆話しながら寝ちゃってね。

 1人起きてた立花さんが布団敷いて寝かせてくれたの。」

「え、それって……。」

一気に顔を赤く染める沙希ちゃん。まだ合点がいかないらしい夏依ちゃんは首を傾げている。

「何で赤くなってるんですか?」

「だ、だって座ってたのに寝かしてくれたってつまり、」

確かめる様に私を見上げてくるから頷いて答える。

「うん。抱き抱えて運んでくれたの。」

「抱きッ、え?!それって……。」

「お姫様抱っこって言うのかな。」

慌てる夏依ちゃんに分かりやすく言ってみる。すると一瞬固まって、私また何て迷惑を……、と呟きながらショックを受けている。沙希ちゃんはと言うと、

「竜胆さん、それ知ってるかな?」

と不安そうに聞いてくる。寝てたし知らないんじゃないかな、と思ったまま返す。

「あ、でもあの状況じゃ気付いちゃうかな……。」

そう言ってこちらもショックを受けているらしい。私としては複雑。だって2人とも全然嬉しそうじゃないんだもん。


準備を終えて部屋の外で立花さんとかち合うと、夏依ちゃんはすごい勢いで駆けて行って頭を下げた。

「すみません!一度ならず二度までも大変ご迷惑を

 お掛けしました!!どう詫びていいか……。」

「いや、いいから。俺がやった事だし。」

そう言って歩き出す。夏依ちゃんはあれでは収まらなかったのか丁寧な言葉遣いで続けた。

「本当にお気遣い頂きありがとうございます!!」

「おいおい……。」

その様子に立花さんでさえオロオロしている。前のほうで林田君は歩きながらきょとんとした顔でこちらを振り返っていた。竜胆さんはただ前を向いて歩いていた。

「あのー立花さん……。私まで運んでもらったみたいで

 すみませんでした。」

沙希ちゃんもちょこちょこと近付いていって小声で謝っている。

「どうした。何かしおらしいな。照れてんのか?」

「いえ、別にー。」

そう返しつつも沙希ちゃんの目線はちらちらと前方へと向かっている。

「俺、車回してきます。」

一言残して竜胆さんは出て行ってしまった。それを見て沙希ちゃんは、絶対誤解された……と肩を落とした。

「誤解なんかすぐ解けるだろ。大丈夫だよ、お前なら。」

立花さんが言う。そうだよ、沙希ちゃん。竜胆さんも分かってくれるよ。……何に頭を抱えているのか私は正直分かっていないんだけどね。


 

竜胆さんの運転で温泉街を抜けていく。私は一番後ろの席で、珍しく立花さんの隣に座っていた。

「いやー。本当に楽しかったですねー。」

「俺は半分お守りだった気がするけど。」

夏依ちゃんの弾ける声に立花さんが反応する。それが可笑しくて、でもその通りだからお礼を言う。夏依ちゃんが振り返る。

「2日連続でお世話になりました!」

「私まですみませんでしたー。」

夏依ちゃんに続いて沙希ちゃんも振り返って頭を下げる。まだ恥ずかしそう。

「金城はもっと食べた方がいいんじゃないか?

 身長が低いからって軽すぎ。倒れるぞ。」

「そ、そういう事言わないでもらえます?」

その会話を聞いて考える。沙希ちゃんは確かに細い。あんなにお菓子を食べるのに不思議ってくらい。……私、重かったかな?

気になって聞かずにいられない。少し恥ずかしい気もして控えめに隣の腕をつついた。

「ん?」

「あの、……私重かったですか?」

皆に聞こえないように尋ねる。言葉にするとますます不安になった。

「菅野は身長あるのに軽すぎ。

 美味しいとこ、沢山連れて行く。」

身を寄せて小さく答えが返ってくる。最後の一言が昨晩の約束の続きの様で嬉しくて、それが楽しくて笑い声が漏れた。


立花さんが突然トランクの荷物を掻き分けて何かを取り出した。手帳とペンが2本。

その様子を見ていると、手帳からページを2枚ちぎってその内の1枚とペンを1本渡される。受け取ったは良いけど何に使うのだろう。立花さんは残った紙に何かを書き始めた。

<次出掛けるのはいつにする?>

見せられた紙にはそう書かれていて、筆談をするのだと気が付いた。朝の一時の延長線上。再開される秘密の会話に胸を躍らせた。

<私は特に予定はないので、いつでも大丈夫ですよ。>

いつでも良い。立花さんが会いたいを望んでくれるなら、いつだって。

<俺も全然予定ないんだ。

 明後日とかでも会ってくれる?>

<勿論です。>

すぐにそう返した。いつでも良いって言っているのに会ってくれる?って聞いてくる。覚悟しろよ、と告げた人とは思えない腰の低さで笑っちゃう。

<どこか行きたいところ、ある?>

そう聞かれても思い浮かばない。どうせなら立花さんが好きなところに行きたいと思った。だって自分が好きなところならいつも笑顔でいてもらえるから。

<美味しいところ、連れて行ってもらえるんですよね?>

さっきの囁きを笑いと共に返す。

<美味しすぎて太りそうなとこにしようか。>

<望むところです。>

冗談を言い合って笑い合って。そういう風に隣にいる事をこれからも確かめ合えるのかなって漠然と考えた。

<何系が好き?和食とか、イタリアンとか。>

<そういうのはあまりこだわらないです。

 でも結構、麺類が好きです。>

私が立花さんを知ろうとするのと同じ様に、立花さんも私を知ろうとしてくれているのかな。そうだとしたらとても素敵。

<立花さんは?鯖寿司以外で。>

鯖と書きかけたところで手が止まる。もう知っている事じゃなくてまだ知らない事を。

<どっちかと言うと和食派だけど。

 実は粉物が好きなんだ。>

<お好み焼きとかですか。>

<小麦粉使ったものって、無条件に美味くない?>

その言葉が妙に面白い。言うなら立花さんっぽくなくて。そんな風に思っている事、全く聞いた事なかったな。

<もっとこだわる方だと思ってました。>

<庶民舌だから。実は美味しければ何でもOK。>

意外な一面を見つけた。皆のよく知る立花さんしか知らなかったんだなって気付く。

でもまだまだ知らない事があるのは、まだまだ知れる事が沢山あるって事。いつの間にか知っていくのがどんどん楽しみになっていた。



―いつかまた並べてさ、今日の話をしようよ。

その言葉がそっと鼓膜を震わせて、私の手元には立花さんの文字が並んだ紙が残された。私の分は立花さんの手に。

その日はいつやってくるだろう。その時2人はどんな風に年を重ねているだろう。……どんな2人でいるのだろう。

また1つ、今度はもっと未来の約束。それさえ果たせる気がして、不確かな約束に胸が高鳴った。


 

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