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36.夢か現実か

お揃い、と言われた浴衣を脱ぐのは名残惜しかったけれど、楽しかった一時を思うとふっと顔が緩んだ。これからも一緒に出掛けてくれると約束してくれたからかもしれない。

季の間で着替えを済ませて並んで男性達の部屋へと戻ると、先に帰っていた4人はもうかなり酔っている様子で。

「おかえりなさーい。」

「程々にしろよ。」

空いたスペースに呆れた顔で立花さんが座る。私も隣に座ると反対隣の竜胆さんがすかさず酎ハイの缶を差し出してくれた。

「今皆でお話してたんですよー。」

「ふーん。」

「うわ、興味なさそう。参加してくださいよー。」

沙希ちゃんが口を尖らせて不満そうにしている。でもその顔はどこか楽しそうだ。夏依ちゃんからの質問が続く。

「立花さん、ご趣味はー?」

「見合いみたいな質問だな。

 趣味って言う程のは、読書くらいか。」

「意外ですー。もしや根暗?」

「おい、読書家を馬鹿にしてんのか。」

……夏依ちゃん、それは私もちょっと傷付くな…。そこまで暗くはないと思ってるんだけど。

「休みの日は何してんスかー?」

「本読んだり、ジム行ったり。

 あぁ、千果んとこも行くな。」

「うぅ、くそー。羨ましい関係性……。」

「お前も行けばいいだろ。」

立花さんの冗談に林田君はまともに乗ってしまう。私はと言うとジムに行ってるんだとか、やっぱり千果さんの所には頻繁に行くんだなとか、そんな事を考えていた。

「あ、その笑顔で誑かしてんでしょー!」

「はぁ?そんな訳ないだろ!」

今日の林田君は言いがかりをつける絡み酒に路線変更らしい。立花さんを可哀想に思いつつも、やっぱり6人でいると話に入り込む隙が全く無くなっちゃうななんて少し寂しくて、酎ハイの刺激で誤魔化した。


「じゃあ、お気に入りの場所ってありますかー?」

夏依ちゃんが話を移す。立花さんは少し考える仕草をした後、右手でテーブルに頬杖をついた。

「……陽見ヶ丘と地元の海、かな。

 夕日が落ちる時間が綺麗なんだ。」

その言葉にドキリとする。大きな手に隠されてどんな顔しているのかは分からない。ただ少しだけ覗く目が優しい。一緒に見た夕日とあの景色達が立花さんの心にも残っていると思うと、それだけで私の記憶もキラキラと輝く気がした。

「陽見ヶ丘ってシバザクラのとこですよね?

 ピンクに囲まれた立花さん……ぷぷ。」

「いや、結構絵になりそうじゃないか?」

夏依ちゃんは笑うけど、あの時他にどんな人がいたとしても立花さんが一番素敵だったと思う。

「竜胆、真面目な顔でそういう事言うのやめてくれるか。

 ……どんな綺麗な景色でも1人じゃ行かないし。」

恥ずかしそうに頭を掻いている。同じ景色を見る人として選ばれた事が嬉しい。

「えー、誰と行ったんですかー?

 お、もしや歴代の彼女ですか??」

「てんちゃん、それは野暮ってもんだよ。」

そんな会話にふと思う。立花さんに彼女がいなかった訳がない。誰かと先に来ていたのだろうか。

「まず歴代って言う程いないけど、誰とも

 行った事ないな。仕事ばっかで暇もなかったし。」

その答えに喜んでいいやら悲しんでいいやら。陽見ヶ丘には私としか行ってない事と恋人がいた事という情報が同時に入ってきて上手く処理できない。

「ほうほう。という事は、今のお相手は

 忙しくても出掛けたくなる程の人って事ですね?」

「そうだな。寧ろ仕事を放り出したいくらいだ。」

そんな事しないって分かっているのに、そう言われるとどうしていいかも分からない。いつの間にか2本目の酎ハイも終わりかけていた。


「いいなー。私も立花さんみたいな彼氏欲しい。」

「天馬、酔ってるだろ。これ以上飲むな。」

ぼうっとしていると次に飛び込んできた会話は意外なものだった。夏依ちゃん、本当は立花さんが好きだったの?

「やっぱ、皆の憧れだと思うんですよ。

 格好良いし、仕事できるし、優しいし。

 完璧かと思ったら意外と可愛いとこあるし。」

夏依ちゃんが挙げていく点は確かにきっと誰もが思っている事だろう。私だってそういう部分に憧れているし、だから尊敬もしている。

「それはあんまり嬉しくないぞ……。」

「そんな人に愛されたら、一生幸せだと思います。」

その言葉は胸に溶けていく。好きだと言われたあの日から、言葉でも態度でも繰り返し示してくれた。隣にいて何度も幸せを思った。…だからこそ、幸せを求めるためだけに共にいることを願っているんじゃないかと自分を少し疑ったりもして。

「でも。まぁ、かと言って、

 立花さんを彼氏にしたい訳じゃないんですけど。」

「その一言余計なんだけど。」

「結局何が言いたいかと言いますと、

 自分の気持ちには正直に、という事です。」

「めちゃくちゃ支離滅裂だけどな。」

一言残してテーブルに突っ伏した夏依ちゃんと一瞬目が合った。それは明らかに意図的に合わされた。

―自分の気持ちに正直に。

正直な気持ちって何だろう。私の気持ちって何だろう。正直でいる事は我儘になる事?

何をどう悩めばいいのかも分からなくて、私もテーブルに突っ伏した。


「もう分かったから、お開きにしよう。

 布団で寝ないと体痛くなるぞ、

 ってもう寝てんのかよ。」

立花さんの声だけが部屋の中を響く。他の皆は眠ってしまったらしく、私も眠っていると思われているらしい。

「……男は、いいか。」

そんな呟きの後、襖の向こうに畳んで置かれていた布団を3組敷き出すのが、埋めた腕の隙間から見えた。

手伝おうと頭は思うのに体は動こうとしてくれない。どうやら私も酔いが回ってきたみたい。少しずつ瞼が重くなっていくのを感じた。

布団を敷き終わると、立花さんは近くの夏依ちゃんにそっと呼び掛けた。肩を優しく叩いても夏依ちゃんは起きない。すると立花さんは夏依ちゃんを横抱きに抱えた。

所謂お姫様抱っこの形を目の当たりにして、体が勝手に止めそうになるのを堪える。一層深く腕に顔を埋めたら視界は真っ暗になった。

「菅野?」

揺れた肩に気付いたのか、声を掛けられる。今すぐ顔をあげて返事をしたいけれど、多分今も夏依ちゃんを抱き抱えたまま。それを直視する自信は露程もなかった。

気配が遠ざかって行ってふっと息を吐く。立花さんの善意であってそこに他の意味なんてないのに、どうして嫌だとか思ってしまうのだろう。そんな立場に私はいないのに。

そんな思いの中、瞼は落ちて。眠りへと入り込んで行く途中で、私もああやって抱き抱えてもらえたら嬉しいのに、なんて不埒な事を考えた。



夢と現実の狭間。どちらとも取れない闇の中で、誰かが私の名前を呼ぶ。

包み込まれる様な感触は暖かくて、安らいで。耳元で規則正しくなる音が、穏やかに深い眠りへと連れて行ってくれる。

きっとこの腕は立花さんの腕だ。私の事も布団まで運んでくれているんだ。

……でもこれは夢かもしれない。遠のく温もりにそう思う。都合の良い夢かもしれない。

確かめたいけどもう目が開かない。ねぇ、これは夢なの?夢じゃないと良いのになぁ。

そして私は冷たい感触に身を預けながら、手元の布を掴む。多分これは浴衣の裾だろう。

起きてから夢だったかどうか確認できる様に。強く強く握ったらずっと傍にいられる気がして、ひとつ笑って闇の中へと意識を落とした。


 

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