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35.散りゆく花と芽生える願い

「……すごい人ですね。」

「はぐれない様にしないとな。」

土手へと繋がる歩道橋から眺めれば、この花火大会の規模がよく分かった。見える範囲は殆ど人で埋め尽くされていて、その人混みと喧騒に呆気に取られた。

歩く度に下駄が音を鳴らす。前の4人は既に土手の階段を上がり始めた。未だ歩道橋の階段を下りている私を時折振り返りながら待ってくれている立花さんに気付いて、待たせているのに嬉しくなる。

「はるちゃん、大丈夫?」

「うん、ありがとう。」

やっとの事で土手の上に到着すると、沙希ちゃんが声を掛けてくれる。

「出店とかもちゃんと出てるんだ。」

「当たり前っスよ。花火大会っスもん。」

「林田は出店メインで来そうだな。」

そう言いながら皆が下へと降り始める。私も倣って一歩踏み出したところで人並みが揺れ体を持って行かれる。下駄も踏ん張っていないとどこかへ行ってしまいそう。大柄の人達に囲まれる形になって、私は完全に取り残された。

一気に不安が押し寄せた時、人混みの隙間から手が伸びてきて迷いなく私の手を掴んだ。あっという間に引き寄せられる。

「っと、大丈夫か?」

立花さんが私の手を掴んで心配そうに見下ろしている。こんなにほっとするのは、人混みの息苦しさから解放されたからか、それとも助けてくれたのが立花さんだったからだろうか。はぁ、と息をつく。

「すみません。ありがとうございます。」

下駄は両方履いている事を確認する。慣れないものはダメだな。掴まれていた手が離れる。そしてもう一度、今度は掴むのではなく寄り添う様に繋がれた。

「え?」

「1人で降りるの危ないから連れて行く。いい?」

いい?と聞いておきながら私の答えなんか聞かず、それでもゆっくりと私の歩きやすい速さで連れて行ってくれる。私の視界は立花さんの背中の白でいっぱいになった。手を繋いでいるだけで、2人でいるだけで、噎せ返る様な荒れた人波でさえも穏やかなさざ波の様で、私はただ身を任せた。いつまでもそうしていたかった。



周りの人の声が遠くなってきて、人混みから抜けた事に気が付く。繋いでいた手が離される。願いはいつも束の間で小さく弾けて空気に溶けていく。行く先に4人の姿が見えた。林田君が口を開く。

「今じゃなくていいっスけど、

 ご飯食べて帰ってくださいね。」

「え、旅館の飯は?」

「いらないって言っちゃいましたよー。

 旅館の人もそうだろうって言ってましたし。」

「……分かった。」

そんな話いつの間にしていたんだろう。林田君の行動力にはいつも舌を巻く。

「じゃ、自由行動って事で!林田さん行きましょう!」

「え、俺!?」

夏依ちゃんがすごい速さで林田君の浴衣の裾を掴んで去って行く。突然の事に呆気に取られる。……何か気を遣われた感じ?

「金城、良かったら一緒に行かないか?」

「え、あ、う……はい。」

竜胆さんは真っ直ぐに沙希ちゃんを誘う。沙希ちゃんは戸惑いながらもはにかみながら応じている。竜胆さん、やっぱり沙希ちゃんの事気になっているんじゃないかな。

竜胆さんの微笑みの隣で恥ずかしそうにしながら歩いていく沙希ちゃんの背中がとても可愛かった。そして取り残される2人。

「皆行ってしまいましたが、

 俺と一緒でよろしいでしょうか、お嬢さん?」

余裕の笑みでからかう様に言われる。素直にはいと言えない私。

「えと、立花さんこそ良いんですか?」

「それ誰に言ってんの?寧ろ願ったり叶ったり。」

そう言って顔をくしゃくしゃにして大きく笑ったから、その様子が可笑しくて私も小さく笑った。問い掛けも返答も必要なかった。

「どこで見ようか?」

ここからだとゆっくり見えないかな。空いている土手の上に目をやる。

「そうですね……。折角降りて来ましたけど、

 上の方がよく見えそうな気もしますね。」

「確かに。じゃ上がるか。

 と、その前に飲み物だけでも買ってく?」

飲み物を売る出店を指差して聞かれる。それなら。

「はい。……お酒飲んじゃいましょうか。」

夜に秘密の悪戯をする様な気分で持ち掛けると、少し悪い顔をしていいね、と答えてくれた。笑いながら駆け足で出店へと近付いた。



土手の斜面を立花さんに引き上げられて上がった。勢い余って少しだけふらついた。

「っとと、ありがとうございます。」

「そろそろ始まるな。……この辺でいいか。」

出店の屋根が見える辺りに立花さんが腰を下ろして、私もその隣に座った。渡された酎ハイの缶はよく冷えている。ここだけひっそりとしていて、特等席かもしれないなと思った。

遠くでアナウンスが流れ始める。まだ花火の上がらない空を見上げた。

「わ、星が降ってくるみたいって

 こういう事を言うんですね。」

無数の星が煌めいて、手を伸ばせば届くんじゃないかなんて錯覚する。

目の端で立花さんの髪が少し揺れるのが分かってそちらに目をやると、音がしそうな程しっかり目が合った。

どちらもそれに驚いて、そんな偶然が可笑しくて、缶をぶつけた。

缶がカチンと鳴って、それが合図かの様なタイミングで音を立てて夜空に花火が咲いた。

「うわぁ……。」

見上げた空があまりに美しく彩られて、開いた口の隙間から声が漏れる。次々に咲いては散ってを繰り返していく光の粒が、流れ星みたいに見えた。またいつか……。

やっぱり貴方と見れて、良かった。


打ち上げられ続ける花火の下で、今話をしたかった。花火の音に掻き消されてしまわない様、少し声を張って話し掛けた。

「立花さん。旅行楽しめましたか?」

「うん。予想外にはしゃいでる。」

自然とお互いが近寄って、肩が触れ合う。返答に笑みが溢れる。

「良かった。

 この旅行は立花さんのための旅行なんです。」

本当は最後まで言わない方が良いのかもしれないけれど、この旅行のために沢山動いてくれた林田君に、今の幸せな気持ちの恩返しをしたかったから。立花さんの浴衣も素敵なのを選んでくれてありがとう、って。

「俺のための?」

「ゆっくりできるところがいいって言われましたよね。

 それを聞いて林田君が、

 『立花さん、疲れてるのかな?』って言って。

 いつも私達をまとめてくださっている立花さんが、

 楽しめる様にってここになったんです。

 温泉なら体が癒せるし、花火大会も見ながら

 ゆっくりできるからって。林田君が考えたんです。」

「そうか……。」

弾けた赤が私達を照らす。呟いた横顔は嬉しいのを誤魔化す様に顰められていて、そんな姿が妙に愛らしかった。でも同時に切なかった。

隣でこうして見ているのは当たり前の事ではなくて。明日帰ってしまえば仕事が始まるまで会わない事だって有り得るから。だけどそれは想像すると、とても胸が苦しくなる。

花火が光を散らしてゆく中で、どうかこの願いは、この想いだけは、散ってしまわないで―。


声が引っ掛かりそうになる喉を酎ハイで潤す。喉がカッと熱くなって、その後レモンの香りだけが残った。

「立花さん。」

「ん?」

見つめた先。そこに貴方がいるだけで、こんなにも胸が締め付けられます。ん?と聞き返す仕草が、私のお気に入りだと気付きました。

「この夏休みの間に、」

最後の花火が視界の外で高らかに音を立てた。訪れた静寂のの中で、私は口を開いた。

「また一緒に出掛けてもらえますか?」

私の言葉に少しだけ目を見開いて、それからすっと細められた。

「出掛けてもらえますか、じゃなくて

 出掛けるんですよね、だろ。

 それに夏休みの間だけじゃないし。

 君が嫌がらない程度に連れ回すつもりだけど?」

問いではなく確認だと。夏休みの間だけじゃないと。そんな訂正が同じ思いだと言われている様で心が浮き上がる。でもね、1つだけ私も訂正するから。

「……ません。」

「え?」

「私は嫌がりません。だから、立花さんが

 嫌がるまで連れ回してもらいます。」

戻ってきたざわめきに負けない様にはっきりと告げる。どうしてかな。どれだけ一緒にいても嫌だなんて思わない自信があるの。

「……じゃあ、覚悟しとけよ?」

「わっ!!」

いきなり立ち上がって私の手を引く。強引に立たされて何とか足を着いたら、見上げたすぐそこに妖しく光る目をした立花さんの顔があった。

「いつまでも優位には立たせないからな。」

今の状況にもその言葉にも、私は固まったままどうにもできないでいる。それは一体、どういう意味?

そんな私を無視して立花さんは、ははっと笑う。それはそれは楽しそうに。

「飯食いに行こー。」

そして進み始めてしまうから、置いて行かれない様に下駄を鳴らしながら駆け足で追いかける。

隣に並ぶと優しく笑いかけられる。立花さんが楽しいなら、いいかな。私は思いのままに微笑み返した。


 

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