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32.仲直り、のちピンチ?

「湖陽さん、大丈夫ですか!?」

「え、はるちゃん、どうしたの?顔真っ赤。」

立花さんから逃げたその足は真っ直ぐ部屋へと戻ってきていて、寝起きの2人は私の顔を見るなり寝癖もそのままに駆け寄ってきてくれた。心配してくれているのに悪いけど、さっきの出来事を説明する余力はなくて。

「お風呂でのぼせちゃった。」

と誤魔化した。本当はあの空気にのぼせそうになったんだけど。そのまま布団に体を倒した私に優しく声を掛けてくれるのを、適当に頭を振って返した。

昨日の事よりも強い破壊力。だって今日のは酔ってないんだもん。素面で真剣に言うから他の意味にも変換のしようもなくて、恋愛偏差値ってものが0の私でさえ、簡単な言葉にしてしまえば「愛されてる」って嫌でも分かってしまう。いっその事それすら気付かない程に鈍感になれれば、こんなに自分の感情に振り回されずに済むのかな。

軽いノックの音。

「飯、来たから。」

竜胆さんの声。沙希ちゃんははーい、と返事をする。

「はるちゃん、朝ご飯どうする?」

「ん……、今はいいかな。」

お腹はすいているけれど、ご飯を食べるためには顔を合わせなきゃいけないから。……どうせ後で絶対合わすけど。

「そう?体調良くなって食べたくなったら来てね。」

「うん、ありがとう。」

沙希ちゃんは寝転ぶ私の背中にそっと手を置いて、部屋を出て行った。



そこに人がいないだけでしんとする部屋の中。

……どうしていつも問題を先延ばしにしてしまうのかな。このままでいる事を良いなんて思っていないのに、何度もこんな自分じゃだめだって思っているくせに、いつまで経っても変わらない。

立花さんといると自分が自分でなくなってしまいそう。それなのに悪い部分さえも許してしまいそうになる。どうしたらいいのかな。マニュアルがあれば楽なのに。

着替えて待っていよう。花火大会までにはどうにかしたい。楽しみだと言ってくれたから。

布団から起き上がると周りにはスナック菓子やチョコレート、水のペットボトルなんかが並べてある。多分私が適当に頷いた物を出しておいてくれたんだろう。旅行先でまで心配かけちゃったな。

ペットボトルを掴んで水を一口飲む。冷えた水が食道を通っていって身震いしたら、少しだけ気持ちが落ち着いた。


小さなノックの音がする。仲居さんだろうか。はい、と返事をして立ち上がる。

「取り残された俺の身にも、なってくれる?」

戸口の方から少し投げやりな声が響いた。顔は見えないけれど、声の主が分かって焦った私は持ったままのペットボトルを床に落としてしまう。ゴンと重い音がした。

「だ、だって、あんな事言うから……。

 酔ってないのに、言うからッ!」

脳からの制止も聞かず口が勝手に喋りだす。駄々っ子みたいな自分に戸惑う。

「逃げられる様な事言ってないと思うけどな。

 地味に傷付くんだぞ、背向けられるの。」

どうして立花さんの気持ちを考えずに走り去る事ができたのだろう。突然大切なものを失った彼の気持ちを、あんなにも強く胸に抱いた筈なのに。ごめんなさい、と謝るだけで狂おしい程心が震えた。

「うん。だから、これでおあいこな。」

「え?」

私のした行為がおあいこになんかなる訳ないのに。

「昨日と今日。どっちも悪い事したって事で、おあいこ。

 ……ご飯、食べよう?」

どんな顔でそんなに切ない声を出すの?どんな気持ちで1人庭園に立っていた?

計る事なんてできなくて、できないから私はすり足で戸口へと向かう。顔を出せば目が合う。

「……お腹、空きました。」

「うん、俺も。」

顔を合わせて笑い合う。そんな些細な事で心の中は満たされていく。



昨晩と同じ並びでご飯を食べた。立花さんと連れ立って隣の部屋へ行くとちゃんと私の分も置いてあって、しかも手を付けずに皆待ってくれていた。沙希ちゃんと目が合うと微笑んでくれて何でもお見通しなんだな、って改めて思った。

「林田、天馬。俺何か足が痛いんだよ。」

和やかに朝食も終わろうとした頃、立花さんがわざとらしく言い始めた。昨晩の膝枕の件をどうしても伝えておきたいらしい。林田君も夏依ちゃんもまさか自分が原因とは思っていなくて、立花さんの説明する「酔っ払い」に対して、

「殴っちゃっていいと思うっス!」

「でもどうしても甘えたくなったんじゃないですか?

 デコピンくらいで許しましょうよ。」

なんてそれぞれの見解を答えている。

「お前達の考えはよく分かった。」

そう一言告げた立花さんは隣の林田君の頭に鈍い音のするげんこつ、呆気に取られている正面の夏依ちゃんに身を乗り出して強力なデコピンをする。あんなに強いの見たことないよ…。あまりの痛みに頭を抱えている2人。

「酒弱いんだから、摂生しろ。

 自分を制御できなくなるまで飲むな。」

「……うぅ、林田さんと私が、

 立花さんに膝枕してもらったって事ですか?」

先に顔を上げた夏依ちゃんが赤くなったおでこを摩りながら聞く。

「正確には、お前達がさせたんだ。」

「わー、すみません。全然覚えてない……。」

「証拠写真もあるよ?」

そう言って沙希ちゃんはデジカメを出す。夢中になって撮っていたアレだ。

「おい、いつの間に撮ってたんだよ。」

「戻って来たら、立花さんも寝てたんで。」

写真を確認して、夏依ちゃんは恥ずかしそうに耳を赤らめた。

「わわ、がっつり裾掴んでますね。」

「取るの大変だったんだよー。」

「すみません……。でも、はは。

 どうしても甘えたくなっちゃったんですね、多分。」

自分の行動に笑い出す。酔った時に人の本質が出ると言うし、そうなんだろうな。でもそれは立花さんじゃなきゃいけなかったのかな。

「お父さんもいないし、年の離れた妹がいると

 甘えられなくて。立花さんは優しいお兄ちゃんって

 感じなんですよね。

 膝枕してるの見て羨ましかったんだと思います。」

お兄ちゃん。夏依ちゃんのそんな言葉にほっと息をつく。……え、何で?

「今度からもっと厳しくしてあげよう。」

「いやいや、今でも十分厳しいですから!」



「うぅ……。」

「てっちゃんにも見せてあげる。」

やっと声が出せるまでは回復した林田君に、沙希ちゃんは無情にも写真を見せた。心底楽しそうな表情で。ちらと確認した林田君は一瞬で見た事ないくらいに顔を真っ赤にした。

「わわわ、やっちゃった……。」

「お前はそれだけじゃないぞ。

 酒を取り上げた俺が飯を食えって言ったら

 食べさせてと強請ったし、

 お前が脱ごうとするから止めたら、

 俺の浴衣を脱がせようとしたんだからな。」

「えぇ!?」

信じられない、という風な驚き顔になって、想像したのかその顔のまま固まった。

「それ見たかったなー。」

「天馬、面白がる事じゃない。

 お前もちゃんと反省しなさい。」

再度怒られて夏依ちゃんはしゅんとする。

「あれは見るべきだった。かなり面白かったぞ。」

「おい竜胆、面白がってたのか!」

「特に立花さんのあーんは超レア映像だったね。」

「お前が今日だけしてやれって言ったんだろうが!!」

「いや、そこまでしてあげるとは思いませんでした。」

「このやろ……。」

からかう竜胆さんと沙希ちゃんに何も言い返せなくなって、立花さんは険しい顔で唇を噛む。これは仲介に入った方が良さそうだ。

「立花さん、お茶でも飲んで落ち着いてください。」

お茶を淹れた湯呑を差し出す。

「菅野だけだよ、優しいのは。

 面白がったり、してないよな?」

上目遣いに聞かれる。湯呑を渡す前だったらお茶を溢していたかもしれない。危なかった。

「え、あ、はい。面白がったりはしてません……。」

「だよなー。お前達は上司を何だと思ってるんだ。」

すみません、羨ましいとは思いました。……そんな事絶対言えない。皆私の分まで怒られちゃってごめんなさい。


「た、立花さん、すみませんでしたッ!!

 まさか俺、そんな事してしまうなんて……。」

すごい勢いで土下座をして、とても後悔している様子。

「酔った時が本当の自分が出るって言うよな。」

「竜胆さん、そんな火に油を注ぐ様な……。」

私も思ったけど言っちゃだめだと思います。折角立花さん、落ち着いたのに。

「全体的に彼女感出してたよー。

 あ、でも息子って感じだったかも。」

「沙希ちゃんも……。」

言わなくてもいいんじゃないかな、それは。後でこそっと教えてあげてよ。

「そこまでするとは、よっぽど好きなんですね。」

「夏依ちゃん……。」

自分もしたんだよ?もしかして忘れちゃってる?

「すみません……。

 誰よりも尊敬して憧れてるんで

 つい、願望が出ちゃったみたいっス。」

願望、って言っちゃうんだ…。日頃からしたかったって事なのかな。なんか分からないけど私、ピンチな気分。

「つい、で出すな、そんなもの。」

「でも酔ってる時の自分は分かんないんで、

 どうしようもないっス。」

「……反省する気、ないだろ。」

「痛い、痛い!!」

こめかみを押されてへばる林田君を立花さんは投げる様に倒した。林田君、反省してね。

「さーて、今日はどうするんだ?」

「切り替え早いっスよ……。」

「お前のために貴重な時間割くのは惜しいからな。」

「ひでー。」

起き上がってこめかみを摩りながら拗ねる様に口を尖らすけど、完全に無視されている。立花さんはニカッっと笑ってこう言った。

「折角の旅行だ。楽しまなくちゃな?」


 

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