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31.誰にも聞こえない

「……ん、さむ……。」

肌寒い。いつもはしない部屋の木の匂いに違和感を感じて目を開ける。目の前に誰かの手。ぎょっとして起きると、沙希ちゃんが自分の布団からはみ出してこちらに手を伸ばしていた。ほっと息を吐く。2人ともまだぐっすり寝てる。夏依ちゃんたら、そんなに小さく丸まって。

そっか、旅行に来たんだった。昨晩の事を思い返す。

―菅野と、見るの……。

思い返さなくていい事まで出てきて、かっと顔に熱が集まる。考えるな、考えるな。

立花さんが眠ってしまった後、30分程で沙希ちゃんと竜胆さんが戻ってきた。そして眠ってしまった3人を見て、沙希ちゃんが楽しそうに撮影会を始めた。その様子に竜胆さんは無表情なのが気になった。でもすぐに、解散する事になって夏依ちゃんが立花さんの浴衣の裾を握り締めているのを見たら、竜胆さんの事は頭の隅に消えてしまった。沙希ちゃんと2人で何とか引き剥がして、担いで部屋を後にした。そうしたらどっと疲労感が出て倒れこむように眠ってしまったんだ。

まだ5時か。体も冷えてるし、1人でゆっくり温泉でも入ってこようかな。


白けた靄の向こうに太陽の光が見える。何だか雲の中に入り込んでいる様で、幻想的。

後2、3時間後には立花さんと顔を合わせる。ちゃんといつも通りにできるだろうか。またあの声が蘇りそうになる。考えないようにすると今度は、来る?と問い掛けてくる。甘い瞳が私を射抜いくから、あの時よく断れたな、なんて自分を褒めてあげたくなる。

今日は花火大会。折角来たのに気まずいままなのは、やっぱり嫌だ。私だって、私だって。立花さんと見るの、楽しみだもん。……出よ。冷静にならなきゃ。


脱衣所のドアを開ける。

「おはよう。」

聞き慣れた声に振り向くと、今は一番会いたくない人。気持ちを落ち着けてから会いたかった……。

「あ。……おはようござい、ます……。」

挨拶は返したけど、目を合わせたままでいるのは難しい。だってどうしても思い出すから。

「良かったら、散歩しない?」

控えめなお誘い。良かったら、とは断る隙を与えてくれているのだろうか。もし断ったら。2度とお誘いなんて来ない様に思えて、少し怖い。

「……はい。」

小さく頷いた。



旅館の裏から続く庭園。木々は色付き、花達も競うように背比べをしている。静かな風景なのになぜか賑やかで心が落ち着く。前を歩いて庭園へと入っていく立花さんの背中が妙に景色にマッチして、眺めるだけでどきりとするから、隣に並んでみる。火照った顔を風が撫ぜていく。

少し歩くとベンチが現れて、立花さんが座るのに私も続く。

「昨日俺、何か変な事したかな?」

変な事、ってどんな事がそうなんだろう。昨晩の事が嫌だったかというと、心臓がおかしくなりそうではあったけど別に嫌ではなかったし。

「えっと、変な事は、してないと思います。」

「じゃ、どうしてこっち見てくれないの?」

「あ、すみません……。」

反射的に謝った。立花さんの声が弱々しく寂しげに聞こえたから。泣いてしまうんじゃないかって思ったから。

「いや、責めてる訳じゃ。ただ寂しいなって。」

見れないままだった目をそっと合わせる。涙はなかったけれど、小さく揺れていた。思った事は話すと決めたのだから、たとえ可笑しいと笑われたとしても、笑顔にさせられるなら。

「……昨日の事覚えておられますか?」

「うん。酒で記憶なくす事ないから。」

深呼吸。緊張しない様に、できるだけ感情を抑えて話し始めた。



「昨日の立花さんは酔っておられました。」

「うん。」

「その所為かすごく、何と言うか。

 いつもはっきりされた方ですが、

 いつもよりすごく直接的と言いますか。

 ……膝枕の事です、けど。」

上手く言葉にできなくて、思うままに吐き出す。

「それなのに、浴衣を直された時は子供みたいで。」

ああいうのをギャップと言うんだろう。あんなのは寧ろない方が良い。心臓がもたない。

「花火の話では、寝言の様に……その……。」

私が言うの?思い出しただけで恥ずかしいのに。

「何か言ったかな?

 楽しみって言ったのは覚えてるけど。」

「……その後です。」

そこまで覚えているんだから、と思うけど寝る瞬間の一言なんてそんなもんか。それなら一体どんなつもりで言ったの?

「菅野と見るの。」

「え?」

「楽しみだな、の後。

 菅野と見るのって言ったんです。」

少し投げやりになるのは仕方ないと思う。だって言われたこっちは苦しいくらいドキドキして気を抜いたらその事を思い出してしまうのに、言った方は平然と腕組んで唸る程全く覚えてないんだもん。

「俺、口に出してた?」

「はい。もう半分寝に入ってましたけど。

 酔って、散々からかわれて。

 寝言みたいにぼそっと言われて、本人は寝ちゃうし。

 1人取り残された私の身にもなってください!」

私もあの時眠ってしまえれば良かったのに。そうしたら私だけ覚えてるなんて恥ずかしい事なかったのに。

「うん。ごめん。

 でも、ちょっと俺の言い分も聞いてもらえる?」

言い分?……私も好き放題言ったから、聞かないとフェアじゃないよね。

「……何ですか?」

聞くつもりはあるけれど、見つめ返すなんてできなくて視線を落とす。立花さんが正面に向き直ったのが分かった。


「俺、自分でもびっくりしてた。

 今までした事ない、頭に浮かんだ事さえないのに。

 ここ最近知らない自分に出会ってばかりだ。

 子供っぽくなったり、正直になったり。

 ……でも、菅野だからなんだ、って思うよ。」

見上げた横顔が愛おしく微笑むから、恥ずかしがって拗ねてかりかりしてた自分を情けなく思う。笑顔を落とし真剣な表情をした顔がこちらを向く。

「菅野が望むなら、俺は何だってすると思う。

 膝枕だって、甘い言葉だって言えるよ。

 それで君が喜んでくれるなら。

 だから。からかったりしたい訳じゃなく。

 言った言葉全部、本当の気持ちだから。」

慈しむ様に光る瞳に、感情も思考も何もかも奪い取られてしまいそう。胸の奥から何かが溢れ出しそうで、全身に力を入れる。甘い言葉だって言える、ってもうすでに。

「……れの、」

「ん?」

「そ、れの、どこが甘くないんですかッ!!」

抑えていた分、弾け出す。静かな庭園に私の声が少し響く。立花さんが漂わす空気に耐え切れなくなって私は走り出した。私が起こした風で花が揺れる。


何なの、何でそういう事言うの!そんな事言われたら。

嬉しいとか思っちゃうじゃない。縋りたくなっちゃうじゃない。

ずるくて汚い私を、甘やかしてほしくなっちゃうじゃない―!!


 

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