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30.タチが悪いのは彼

旅館の浴衣に着替えて部屋に戻ってから、夕食のために隣室を訪ねる。皆でご飯を食べようと1部屋にまとめて用意してもらう事にしたから。入るとすぐに仲居さん達がやって来る。

並べられた豪華な料理の数々はどれも美味しそう。海の幸、山の幸がどちらも手に入るこの土地ならではの料理ばかりで、皆目を輝かせていた。

「うーん、美味しい!お酒が進んじゃいますね。」

「夏依ちゃん、程々にしてね?」

家まで帰る必要がないとはいえ、飲み過ぎたら明日あまり楽しめないかもしれない。ちゃんと見ておいてあげないと。

「んあー、立花しゃんと竜胆しゃん、

 いちゃいちゃしてるー。」

向こうで完全に酔った林田君が声を上げる。立花さんと竜胆さんは普通に話をしていただけの様だったけれど、酔った林田君にそれを言っても意味はない。

「どこがだ。お前もう酔ってんのか。飲みすぎ。

 ちゃんと飯も食えよ。」

「酔ってましぇーん。食ってまーす。」

「はぁ、酔っ払いは疲れる……。」

溜息を吐きながら、立花さんは林田君が掴んだままのグラスを取り上げる。

「やらー。飲むのらー。」

「ほら、まだ残ってるぞ。」

舌足らずな抗議は当然無視される。伸ばした手に、グラスの代わりにご飯が残っているらしい茶碗を渡そうとする。

「食べさせてー。あーん。」

「何でだよ!」

林田君、何て大胆。大きな口を開けて食べさせてくれるのを待っている。可愛らしいけれど。その姿はすごく。

「多分今、気分は彼女なんで今日だけ相手して

 あげてください。」

すごく彼女みたいで、自分の可愛げのなさを思った。


「はぁ、今日だけだからな……。

 明日こいつにちゃんと説明してくれよ。」

「了解でーす。」

「……はい、あーん。」

「あーん。」

やっぱりまた複雑だ。とても微笑ましい光景だけれど、安易に楽しむ事ができない。林田君は美味しそうにご飯を食べると、顔を顰めて自分の浴衣に手をかける。

「暑いー。」

「おいおい、脱ぐな!」

立花さんは脱ごうとする手を何とか止めたけれど、逆に脱がされそうになっている。もうどこを見ていればいいか分からない。お酒を飲んで気にしない様にする。

「やめろっての!」

「へへ、膝枕……。」

パチンと軽い音がしたと思ったら、直後林田君は強制的に膝枕をしていた。テーブルの向こうに蕩ける様な幸せな顔が少しだけ見えた。

「……もういいや。」

哀愁を漂わせながらビールを呷る姿は何とも様になっていた。



「こう言ったら何ですけど、

 立花さんがいてくれて助かりました。」

「俺がいなかったら餌食はお前だったもんな、竜胆。」

「それは分からないですけど。本当助かります。」

正面で静かな戦闘が始まる。そんな2人をよそに、沙希ちゃんは身を乗り出して林田君を見て、

「わ、てっちゃんの顔、幸せそー。

 相当膝枕気に入っちゃってますね。」

なんて意地悪く笑う。

「今後は絶対してやらない。阻止する。」

「そう言いつつ結局やってあげちゃうと

 思いますけどね?」

私もそう思う。しないと決めていたってせがまれれば絶対にやってしまう筈。だって優しくて案外押しに弱くて、何より林田君を可愛がっているから。

「天馬?どうした?」

その声で隣を見ると、ぼうっと何かを見つめている夏依ちゃん。呼び掛けには応じずただ黙って立ち上がり歩き出した。テーブルを回って立花さんと竜胆さんの間に腰を下ろすと、当たり前の様に立花さんの太ももに向かって寝転んだ。

「あのさ、この状況、どう思う?」

「天馬もして欲しかったんでしょう、膝枕。」

「いや、そういう事じゃなくてさ。」

「てんちゃんにとって立花さんは、

 お父さんみたいな感じなんでしょうね。」

竜胆さんと沙希ちゃんは正論だけど立花さんの問いには的外れな回答をする。

「こんな大きい子供、手に負えない……。はぁー……。

 俺、ここに疲れに来た感じがする。」

「お腹いっぱいになったなー。ちょっと涼んで来ますね。」

沙希ちゃんは聞かなかったふりをして立ち上がる。責められない様に逃げる気らしい。

「俺も付き合う。1人じゃ危ない。」

竜胆さんは逃げるというより本当に沙希ちゃんを心配して出て行く様だ。そんな分析をしながらも私の目線はどうしても立花さんへ。膝枕をされている2人の肩がテーブルから見えていて頭の隅では羨ましい、という声がした。



「菅野。大丈夫か?」

名前を呼ばれて目線を上げると立花さんと目が合う。自分の恥ずかしい考えが知られてしまいそうで急いで目を逸らす。それでグラスに口を付けたままなのに気が付いて慌ててテーブルに置いた。

「菅野も、来る?」

言葉の意味が分からず、また視線を戻す。

座椅子に付いた肘置きに肘をついて顔を預けて、誘う様にぽんぽんと膝を叩く。目を細め薄く笑ってそうする姿は男性なのに妖艶な何かを醸し出している。しかもわざとなのかどうなのか、林田君によって開かれていた浴衣の合わせがさっきより大きく開いている。それは筋肉質な胸板や引き締まったお腹が確認できてしまう程。

全てを確認した時、私の頭は沸騰しそうな位熱を持った。これ以上近付いたらだめだと、本能で感じ取った。

「い、行きません。」

「そう?菅野だったらいつでもしてあげるけど。」

どうしてそんな事を平然と余裕そうな表情で言えるの!?絶対酔ってる。今まで見た事なかったけど絶対。叫びたいのを堪えて、

「だ、大丈夫です。」

と何とか答えた。


酔った人の言葉に脈絡を求める方が間違っているとは思う。でも。

「良く似合ってる。綺麗だ。」

さっきのは端に追いやられた様で、綺麗だと言う。思い返しても多分初めての言葉。林田君が可愛いと言われていたのを聞いたけど、自分に向けられた言葉だと思うと声色さえも色付いて聞こえるのは自意識過剰だろうか。

「……立花さんも良くお似合いです。

 ただ、もうちょっと前を締めて頂けると……。」

「ん?……あぁ、ごめん。忘れてた。」

寧ろ似合いすぎて胸元が開いている事すら着こなして見えて、じっと見つめてしまいそう。自分のために締めてもらわなくては。

本当に気が付いていなかった様でいそいそと直すのが目の端に映る。

「直したよ。ほら、こっち見て。」

信用していない訳じゃなく、その言葉があまりに可愛らしくて恐る恐る視線を上げていく。そこにいるのは浴衣をばっちり着たいつもの立花さんで少しほっとした。

「お見苦しいものお見せしました。」

そう言って頭を下げられる。誤解させた?

「そういう意味じゃありません!

 私が恥ずかしいからで!」

「分かってるよ。ごめん、ごめん。」

無邪気に笑う。いつまで私をからかうつもりだろう。こんな一面、知らなかった。

「もうッ!酔ってるんですか?」

「うん、酔ってるみたい。」

小さく首を傾げて酔ってるみたい、だって。私は酔ってもこんな風に可愛くならない。これはすごく心臓に悪い。

「……立花さんも、酔うとタチ悪いです。」

「ん?何か言った?」

「いえ、何も。」

本当にタチが悪い。でも立花さんは酔うと思った事を何でも言って、冗談も言って、意外に甘えん坊だと分かった。


「なぁ、花火好き?」

眠そうな目をしながらも話を続けてくれている。それを見るとまだ話したいと思ってくれている様で、顔が綻ぶ。

「はい、でも打ち上げ花火はあまり見た事ないです。」

「そっか。俺もあんまりないなぁ。」

「そうなんですか?」

「うん。……明日楽しみだなぁ。」

眠たいからか語尾を伸ばしながら言葉が繋がれる。私も明日が楽しみ。

「はい。そうですね。」

「……菅野と、見るの、……」

「……ッ。」

ゆっくり瞼を落としながら吐息混じりに小さく呟く。小さい声は2人の声しかしない静かな空間では鮮明に聞こえた。花火が、じゃなくて、私と見るのが。立花さんにとっては何てことない言葉なのかもしれない。でも私にとっては身動きがとれなくなる程の影響があった。

すー、と寝息を立てているその人を見る。意図した訳ではないと分かってはいるけれど、言い逃げされた様で悔しい。私ばかり緊張してドキドキして何か嫌だ。

……本当にタチが悪い。


 

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