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29.旅は道連れ

結局、隣県の温泉地への宿泊を決めて、日程は水曜に行なわれる花火大会に合わせて火曜からの2泊3日。

旅行日和の良い天気で顔が綻んだ。目的地は実家からも同じ位の距離だけど初めて行く温泉地。休みの日に仕事仲間の皆とどこかへなんて初めての事で、どんな旅行になるのか楽しみだな。


移動中の車内はとても騒がしかった。竜胆さんの運転で走り出した車は徐々に景色を変えていく。それを見る度期待が高まっていった。

林田君は本当に立花さんが好きなんだなと思う。今も助手席でナビをしながら時折後ろに座る立花さんを振り返って楽しそうに予定を話している。その様子はまるで大好きな父親と出掛ける子供の様。

「立花さん、何か面白いものあったんですか?」

斜め後ろの私からは肩を揺らして笑っているのが分かる。立花さんの隣に座る沙希ちゃんが不思議そうに聞くと、

「ん?いや、林田が可愛いなと思って。」

とさらっと答えた。すると後ろを向いていた林田くんの顔が一気に赤く染まる。誤魔化す様に座り直して強い口調で言い放つ。

「ッ、何スかそれ!そ、そんな事言ったって

 俺おちないっスからね!」

「何言ってんだ。子供みたいでって事だよ。」

「~ッ、分かってますよ、もう、バカッ!!」

「はは。」

立花さんの答えに林田君は拗ねてしまった。でもそんな軽いやり取りですら羨ましい。だって可愛いって。私だってまだ…。

「立花さん、あんまりからかわないであげてください。

 てっちゃん、結構純情なんですから。」

「あぁ、分かってやってる。」

何か今、変な事考えそうになった。そうだよ、冗談なんだから気にしちゃだめでしょ。

「タチ悪いですね……。林田さん、ある意味もう

 立花さんに惚れちゃってますよね。

 面白いんで、これ言ってみてください。……。」

隣の夏依ちゃんが後ろから立花さんに耳打ちする。身を寄せる2人に何もないと分かっているのに目を逸らした。私だってまだ……。聞き終えた立花さんは林田君に優しい声で話掛ける。

「林田、悪かったよ、機嫌直して。

 ……一緒に温泉入ろうな。」

林田君の耳がまた真っ赤になると同時になぜか私もどきりとする。顔が熱い。私に言ったんじゃないってば!

「……だから純情なんですって。女だったら

 立花さんを彼氏にするって公言してますし。

 恥ずかしがりなとこもあるんで、想像して

 フリーズしてますよ。」

「女子ですね……。」

「複雑な心境だ……。」

私も複雑な心境です…。固まっていた林田君が深呼吸するのが肩の動きで分かった。そして叫ぶ。

「入ってやろうじゃないですか!!

 立花さんの裸体、じっくり眺めてやりますよ!!」

その言葉に更に心臓がうるさく鳴り出す。裸体って。しかもじっくり眺めるって。そんな事まで言わなくても…。

「いや、それはやめてくれ……。」

「だめです!立花さんが言ったんですからね、

 入ろうって。撤回なんか許しませんよッ!!」

「……はい。」

立花さんが疲弊してシートに体を深く預けた。私は関係ない筈なのに1人でドキドキして疲れた。こんなんじゃ2泊3日、持たないよ……。



そんな私をよそにいつの間にか車は温泉街に入っていた。立ち並ぶ旅館を抜けると私達が宿泊する旅館が見えた。

古くから続くというこの旅館はとても綺麗に維持されていて、外観も内装も昔の趣をそのままにしながら古びた様子は全く感じさせなかった。

「うわー!景色がすごく良いですよ!!」

「本当。ここ、海も近いんだね。」

夏依ちゃんのはしゃぎように釣られて窓の外を覗くと、温泉街の湯けむりと共に壮大な山と海が見える。太陽に照らされて海がきらきら光っていた。

「温泉、最高の景色、そして花火。

 仕事ばかりのいつもとは違う、見知らぬ土地での旅行。

 これは何かあるかもですね、はるちゃん?」

沙希ちゃんが私の傍で囁く様に告げる。何かって何?企む様な笑顔を見せている事から察するに立花さんとの事だろう。でも沙希ちゃんが喜ぶ様な事が起こるとは思えないんだけどな。

隣行くよ、と連れ出される。廊下に小さなノックの音が響いて奥からはい、と短い返事が聞こえた。

どんどん進んで行く沙希ちゃんに付いて行く。

「どこ行きますかー?」

「とりあえず飯だろうって言ってたとこだ。」

テーブルを囲んでいた3人に近付くと、沙希ちゃんも夏依ちゃんもさっさと座ってしまう。私は空いている立花さんの横に座る。見上げた視線が立花さんとぶつかる。知らない土地に旅行というだけで雰囲気が違って見える。恥ずかしくなって目を逸らしながらもっと立花さんを知れるだろうかと、また少しドキドキした。



食事の後、旅館の窓から見えた海に立ち寄る事にした。小さい頃に見た海とも立花さんの地元の海とも違う景色が広がっている。

少しずつ近付く夕暮れが、空も海も私達でさえ染め上げていく。

色が濃くなっていく毎に景色は美しさを増していったけれど、沈む夕日に思いを馳せたら寂しさが心を支配して最後まで見ている事はできなかった。光を背中に感じながら、オレンジの景色の中を歩いて行った。

「私達も一緒にお風呂、行こ?」

「いいですね。」

沙希ちゃんが誘ってくれる。夕食の時間まではまだ時間があるし、折角だから一緒に入ろうかな。

「じゃ、行こうか。」


「はぅー……。」

夏依ちゃんの大きな溜息に湯気が動きを変える。他の宿泊客は少ないらしく、今は3人だけの貸切状態。露天風呂なんて初めてだったけど、こんな雄大な景色を見ながらの温泉ってとても贅沢。私も小さく息をついた。全身から日頃の疲れが溶け出していくみたい。

「これは肌がつるつるになっちゃうねー。」

「なりますかねー?」

「絶対なるよ。というかなってくれなきゃ困る!」

沙希ちゃんが力強く言う。やっぱりもっと綺麗になりたいという気持ちの表れだろうか。

「でもお二人は元から綺麗だから良いですよね。

 私なんか肌ガサガサで……。」

「いや、てんちゃん一番若いのに何言ってんの。

 はるちゃんは確かに綺麗だけど、私は頑張んなきゃ!」

「そんな、綺麗じゃないよ!2人の肌、つるつるだよ?」

両側の2人の肩をそっと触る。滑らかな感触が伝わってくる。

「まぁ何かさ、今のままじゃいけないなーって。」

竜胆さんの事だろう。そのままで十分素敵だけどな。切なげな表情から一変、沙希ちゃんは楽しそうに笑う。

「そういえばさ、夏依ちゃんは好きな人いないの?」

「え。私ですか!?」

夏依ちゃんは突然の質問に慌てている。何か思案する様な顔をして静かに話しだした。

「…実は美依(みよ)、あぁ妹の事なんですけどね。

 美依が通ってる幼稚園の先生の事が気になってて。

 去年から働いてるんですけど、今年から美依のクラスの

 担当になって送迎で毎日顔合わせるんですよ。

 それでちょっと気になり始めて……。」

恥ずかしそうに俯いたまま話す夏依ちゃん。その横顔はその人を想う気持ちで溢れていてもう女の子じゃなかった。

「そっかー。先生はお幾つなの?」

「今年で33だそうです。」

「わぁお……。」

今年23になったばかりの夏依ちゃんとは10歳差。

「まぁ10歳位なら最近は多いか。見込みはありそう?」

「うーん、どうなんでしょう。先生と生徒の姉の関係

 としては良好ですけどね。生徒からも保護者からも

 人気なので、私もその内の1人って感じだと思います。」

「何か印象付けないとだめかなー。」

考え込む2人に挟まれてどうしていいか分からない。一緒に悩んでもアドバイスなんか出せないし。

「よし、とりあえず出よう。これはまた考えよ。」

「そうですね、相談乗ってください。

 あ、お二人の恋バナも聞かせてください!!」

「どうしようかなー?」

急に2人が動き始める。2人共テンポが早すぎてついていけない。先に出て行ってしまった2人を追いかけて露天風呂を後にした。

……お二人の、って私の話も聞かれちゃうの?!


 

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