表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/65

25.2人の距離

ネガティブ(病み気味?)注意で。

この背筋を冷やす様な感情は、一体何。

前進を決意した筈の私は、一体どこへと行ってしまったの。



商品が完成したとの連絡を受けた私達は、梶野インテリアを訪れていた。前回のサンプル確認の時と同様、会議室に通されて現物の確認をさせてもらった。3点とも文句の付けようがない出来で、皆じっくり見たり触ったりしながら新商品の感触を確かめていた。

「この座り心地……!」

「サンプルより全体の色合いが良くなってる。」

「本当、よく馴染んでますね。」

「これはもう彫刻品って言っても良いんじゃないっスか?」

「わぁ、これはすごいねー。」

「予想以上に良い物に仕上がっています。

 本当にありがとうございます。」

それぞれの会話に岸谷さんは嬉しそうに笑って、

「持てる力を注ぎ込んだからね。かなり頑張ったよ。」

と胸を張った。初めてのコラボ企画はもう既に成功したも同然だ。

「ただ、まぁ本番はこれからだからね。」

「目標数、かなり多いですからね。ご無理をさせます。」

「いやいや、その方が皆の士気も上がるさ。

 しっかり販促の準備しておいてくれよ?」

「勿論です。」

予定では年内に販売目標数を生産、年末年始にかけてメディア等を通しての販促、そして来年1月から販売という流れ。第1号の完成まで予定通りできているから順調に行けば問題なし。販促の準備は広報課の仕事だから、とりあえず私達LTPの仕事はここまで。梶野インテリアとの交流が減ってしまうのは寂しいけれど、きっとこれからも良い関係が続いていくだろう。


出してもらったお茶を飲みながら、暫しの別れを惜しむ様に話に花を咲かせた。

「立花さん。お話したい事があるのですが、

 少しお時間よろしいですか?」

「ん?あぁ。」

そんな中、重郷さんが立花さんを会議室の外に連れ出す。一瞬、会議室の中に静寂が生まれたけれどドアの閉まる音を合図としてまた声が広がった。

とても、嫌な予感。適当に相槌を打ちながら、その正体不明の予感は当たる様な気がしてならなかった。

会議室の外で、2人きりで話さなくてはいけない事。それにはどんな意味があるの?今日、顔を合わせて挨拶をした時の重郷さんの瞳に、特別な色が隠れていた?


きっと数分の出来事。それなのに体の芯から冷えている様な、そんな錯覚。思わず肩を抱き締める。

ドアの開く音がして、視線が一気にそちらに集まる。入ってきた立花さんはどんな顔をしてる?

「おや、重郷は?」

「先に戻るそうです。……そろそろお暇しようか。」

重郷さんは戻って来ない。立花さんは早々に立ち去ろうとしている。何があった?

「岸谷さん。では引き続き宜しくお願い致します。」

「あぁ、任せてくれ。」

見送ろうとする岸谷さん達に立花さんはここで結構ですよ、と断わる。続く私達も口々に挨拶をして会議室を出ていく。ドアが小さく音を立てた。

振り返った通路の奥。そこには何の気配も残されていなかった。


林田君は時に、無思慮に走り出す。

「立花さん。重郷ちゃんの話って何だったんスか?」

「個人的な話だ。林田、聞かないのが大人の対応だぞ。」

個人的な話。聞かないのが大人の対応。それはつまり。

「むふふー、あれでしょ。

 告られちゃったんじゃないっスか?」

よく通る声は、多少抑えたって密室の空間の中では意味を成さない。確信を突く様な直接的な言葉に、私の心臓は悲鳴をあげそうになっている。重郷さんが、立花さんを。

「てっちゃん。そういうのやめなさい。

 千果さんに言いつけるぞ!」

沙希ちゃんはそう言いながら、冷えた私の手を握ってくれる。立花さんは何も答えない。

…これはつまり、そういう事なんだよね?

ワゴンの助手席と後部座席の距離は、近い様でひどく遠くて、シートに隠れた背中はとても小さく見えた。



会社の駐車場。沙希ちゃんに教えてもらわなければ、ずっと車の中だった。

「じゃあ、今日はこれで上がりでいいからな。」

「はーい。お疲れ様でした。」

「お疲れ。」

思考力が低下して五感さえ働く事を止めた様。皆の声も姿も遠く感じる。

「菅野?どうした?」

名前が囁かれる。その声だけやけに鮮明で、胸の奥が熱くなる。込み上げる感情は重なり合って読み解けない。警笛が響く様に脳が揺れる。飛び交う文字は掴む前に弾けていく。

上げた視線が絡んだ瞬間、私の頭はショートした。

「本当に告白されたんですか……?」

「え?」

目を丸くして落とされた短い音を声だと認識した時、自分の過ちを理解した。遠くの雑踏が耳に一気に流れ込む。

「な、何でもありません。失礼します!!」

背を向けて外へと駆け出す。早く私を、喧騒と人混みに隠して。



戻ってきた思考力が打ち出す文字は、風と共に流れてはくれない。立ち止まったら押し潰されそうだった。

行かないで。嘘だって言って。切ない瞳を向けないで。

笑って。隣にいて。名前を呼んで。どうか笑って。

私を、私を、



好きだと言って―。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ