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22.形にしたい気持ち

「おはよう。」

月曜。1人きりのブースで掛けられた声。振り返った先、ブースの入口では少し気恥ずかしそうにしている立花さん。その様子が何だか可愛らしくて笑ってしまう。おはようございます、と返すと小さく頷いて自分のデスクへと回ってしまった。

……今日から私は、立花さんに秘密がある。



土曜の夕方、立花さんに家まで送り届けてもらった後、私はすぐに電話をかけた。

「はい、志方です。」

誠さんの声。店を出る前、立花さんには内緒で連絡先を教えてもらっていた。何か手伝える事があればいつでも連絡しておいで、と言って握らせてくれたメモ。

「私、本日お伺いしました菅野と申しますが。」

「あぁ、早速かけてきてくれたんだね。ありがとう。」

「いえ、こちらこそありがとうございます。

 それでご相談なんですが……、

 世界に1つのwood watchをプレゼントしたいんです。

 ご協力いただけないでしょうか。」

どう言っていいか分からなくて、誠さんの言葉をなぞる。電話の向こうで静かな笑い声が聞こえる。

「断る訳がないでしょう?こちらこそお願いするよ。」

「ありがとうございます!」

「本来ならこちらから色や形を提示して決めてもらうが……

 デザインもお任せしようかな?」

誠さんからの申し出に驚きを隠せない。

「そんな事まで、良いんですか?」

「本当に世界に1つの、貴女だけが感じるイメージで、

 貴女の思いのままを形にしませんか?」

私だけが感じる立花さんのイメージで、私の思いのままを。それはとても魅力的な響きで心に入って、即座にはい、と答えていた。

「大体の形のサンプルはデータで送りましょう。完成まで

 どうしても2、3ヶ月かかってしまうが、良いかな?」

「はい、大丈夫です。よろしくお願いします!」

その後パソコンのメールアドレスを交換して、データを送ってもらった。パーツの形や色も沢山あって色々組み合わせられる様で、その日からどんなものにしようか悩んでいる。できるだけ早くプレゼントしたい。



でも勿論、仕事が優先。というより立花さんのおかげで、ジュエリー企画の案をまとめる事ができた。これも秘密。

パタパタと足音が聞こえてくる。まだ来ていなかった夏依ちゃんが、どうやら到着した様子。これから開くドアに目をやる。

ブースの中をそっと覗く様に、端から怯えた瞳が見えた。見られている事に気が付いたらしく慌てて入ってくる。そしてすごい勢いで頭を下げた。

「す、すみませんでした!!」

「天馬。」

「はいぃ!!」

比較的優しいトーンでの呼び掛けも、今の夏依ちゃんには恐怖の対象でしかないらしい。

「怒ってはいないから。10分前には無事着いたんだし。

 ただ、今日の会議がどういうものかちゃんと理解

 しているか?」

立花さんの問いに夏依ちゃんは背筋を伸ばす。

「……統括の谷田部主任が参加される大事な、」

「そうじゃない。そういう事はどうでもいいんだ。」

回答を遮られて、しかも統括が参加する事をどうでもいいと言われて、呆気に取られている。確かに統括が参加するという事はその企画がとても重要なものだという証拠だけれど、私達にとって大事なのは会社の偉い人ではない。

「今日は天馬にとって大事な日だろ。

 案を出すことも許されなかった最初の1年を終えて、

 初めてLife Total Producerとして正式に企画に

 参加する、今日はそういう日だ。この会議のために

 毎日案を何度も練り直して来たんだろ。

 今日だって、徹夜して来たんじゃないのか?」

「ッ、どうして……」

「1年同じチームでやってきたんだ。天馬が今まで悔しい

 思いをしながら努力してきたのを見てるんだから。」

夏依ちゃんの顔がみるみる内に泣き顔になる。立花さんはこうやっていつも1人1人を見てくれる。そして大切な事を教えてくれる。だから皆、立花さんに付いて行きたくなる。

「泣くなよ。本番はこれからなんだ。」

「うぅ……はい!!」

唇を噛み締めて涙を堪える姿が微笑ましい。皆で笑い合う。

「さぁ、今日も一日頑張るか。」

「はい!」

声が1つになって、新生LTPの一日が始まる。


いつもより緊張している。もうすぐ私のプレゼンの番。

お母さんに言われた通り、周りの人を思い浮かべながら何度も考えてみた。でも結局あまりしっくり来なくてメッセージ性もはっきりしない無難なものになっていた。仕方ないからこれで出そうと思っていたけれど、立花さんと出掛けて過去に触れて、そして知ろうと努めたこの数日感を思い出して、私の中に伝えたいメッセージが浮かんできた。


「次は菅野。」

「はい。ではリングから。敢えて石は使っていません。

 アームのみで、捻じりを加えてトップの部分で交差させた

 だけのシンプルなデザインにしました。性別や年齢、

 場面や服装を問わず使えるものとして考えました。」

上手く伝えられるだろうか。納得してもらえるだろうか。

「家族、恋人、友人。どんな関係であっても、1つの言葉や

 行動でぎくしゃくする事がきっと誰でもあると思います。

 でも大切な人だから、また一緒にいたいし、いてほしい。

 失敗やすれ違いで関係が捻れる様に思えても、必ずまた

 同じところに戻ってくる。そういう意味を込めました。」

不安になったあの日。向けられない声を求めたあの時。そして微笑み合えた事を喜んだ、あの瞬間。心に広がった暖かな何かは幸せな場所へと繋がってると思うから。

誰の表情を見る余裕もないけれど、平常心を唱えながら進めていく。

「ネックレスはメンズとレディースのペアで考えました。

 トップは、波打つ様に変形した楕円のプレート。

 メンズには女性の、レディースには男性の横顔を模した

 シルエットを彫っています。着色はしません。」

華美にしない事にも意味を乗せて。名称のない柔らかな気持ちが、どうか心に伝わりますように。

「相手に気持ちを伝えるのは難しい時があります。

 大切に思っていても言葉にならない事もあります。

 上手く表せられなくても、いつも心に相手がいるという

 思いをこのような形に表してみました。以上です。」

ちゃんと話せていたとは思うけれど心配になって、息をついてから皆を見回してみた。統括の谷田部主任は相変わらず顎を摩っているだけだし、他の皆も集中している様だ。でも沙希ちゃんは目が合うとにっこり微笑んで頷いてくれる。大丈夫だったみたい。

何となく緊張しつつ立花さんの方に視線を移すと、私の資料に目を落としたまま小さく微笑んでいた。それだけで十分成果が出せた様な気持ちになってしまった。


最後のプレゼンは立花さん。立花さんもシンプルなデザインだったけれど、リングもネックレスも恋人のためのペアの様。「愛を繋ぐ」、「家族として育っていく」というイメージを表現している。

立花さんのそのイメージにはモデルがいるのかな?私の事が一瞬でも過ぎったんじゃないか、なんて自意識過剰な事を考えてまたドキドキしてしまった。立花さんは私みたいに公私混同しないんだから。そう自分に言い聞かすと、少し寂しい気持ちになった。



結局誰かの案に決まる事はなく、全員の意見を反映させたものを考えていく事になった。これからが本番。私達6人のそれぞれの想いを乗せたジュエリーは、必ず多くの人達の気持ちを代弁してくれる。

きっと、いや絶対に。誰も見た事のない、最高のジュエリーができると思えた。


 

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