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21.重ねる思い出

雑貨屋・SIKATA。ここが志方社長の実家だと言う。店の前ではふくよかな女性が、親子に手を振って見送っている。

「ありがとうねー。」

「美代子さん、お久しぶりです。」

美代子さん、と呼び掛けられた女性は立花さんの顔をじっくり見て

「ん?んーと、あ、幸多くん?幸多くんよね!」

と嬉しそうに手を叩く。どうやら社長のお母様の様。雰囲気がとても似ている。

「はい。お元気そうで何よりです。」

「まあまあ、大人になっちゃって。

 私が元気無くしたら、お店できなくなっちゃうからね。

 今年で68になっちゃったけど、まだまだ元気よ。」

快活な声と豪快な笑い方にお母様である事を確信した。立花さんの後ろに立つ私に気付いて目を丸くする。

「あら、後ろのお嬢さんはどなた?

 こりゃまたべっぴんさんねー。」

「初めまして。菅野湖陽と申します。」

挨拶するとべっぴんさん、と繰り返されてお世辞でも少し恥ずかしい。

「部下です。近くまで来たんで、

 社長のご両親を紹介しようと思って。」

「あらま、そう。とりあえず暑いからお入りよ。」

急かす様に招かれて、私達は美代子さんに続いた。


テーブルに並べられたアンティークの雑貨達に胸が躍る。

「ここの雑貨、全部社長のお父さんの手作りなんだ。」

どれも造りが精巧で舌を巻く。繊細なだけでなく温かみがあるから、思わず手に取りたくなるものばかりだ。

「そうなんですか。

 味わいのある素敵なものばかりですね。」

「本人に言ってあげてくれ。喜ぶから。」

奥から美代子さんと連れ立って男性が出てくる。髪は殆ど白くなっているけど、背筋の伸びた立ち姿は年齢を感じさせない。恐らく社長のお父様だろう。並ぶ2人は対照的なのにぴったりとはまっていて、素敵な夫婦の形だと思った。

「誠さん、お久しぶりです。」

誠さん。それがお父様の名前らしい。立花さんの呼び掛けに小さく微笑む。

「久しぶりだね。仕事の方は順調かい?」

「順調だよ、おじちゃん。」

交わされる言葉に深い繋がりを感じる。入り込んではいけない気がして、テーブルに目を移す。

「今日は部下も連れて来たんです。菅野。」

呼ばれて立花さんの隣に並ぶ。

「部下の菅野です。

 こちらが社長のお父さんの誠さん。」

「菅野湖陽と申します。

 ここの商品は全てハンドメイドと伺いました。

 どれも繊細な作りで思わず見蕩れてしまいます。」

挨拶と共に感想を伝えてみる。すると優しく本当に嬉しそうに笑みを深めて

「ありがとう。」

と言ってくれた。


「この時計、とても素敵ですね。wood watch?

 全部木でできてるんですか?」

幾つか並べられたその時計は、木の自然な濃淡が程良くアクセントになっていて目を惹いた。持ってみると装いの割に軽く、滑らかな木の感触が心地良い。

「あぁ、そうだよ。ベルトも文字盤も針も小さな部品まで。

 木は生き物だからね。使う人の腕に自然と吸い付いて、

 まるで長年使っているものみたいに馴染むんだ。

 ……あの子が、子供の頃に欲しいと強請っていたよ。

 何度もまだだめだと宥められていたけどね。」

楽しそうに話す誠さんの言葉に、1つの考えが浮かぶ。テーブルの向こうでは立花さんと美代子さんが話をしている。

「もしプレゼントしたいと思うならパーツを選んで

 世界に1つの時計にしてあげたら良い。」

私の考えを読み取る様に告げられる。

「そんな事もしてもらえるんですか?」

「あの子は私達にとって孫みたいなものだからね。

 ……ここには母親が亡くなった後に来たきりだ。

 この街は思い出がありすぎるから思い出すのも辛いと。

 でも貴女とここに来たという事はそういう事だろう?」

戻って来れた。遠ざけていた大好きだった場所に、今またこうして笑って立っている。それは立花さんにとって大きな一歩なのかもしれない。

「あの子にとって貴女は、とても大切な人なんだね。

 ……それは貴女にとっても、かな?」

向こうにある背中が小さく震えている。何か考える前に体が動き出す。

隣に並んで震える背中に手を添えると、体温が伝わってくる。どうか私の掌の体温も伝わりますように。

正面の壁に飾られた数々の写真の中の1枚に目が止まる。言われなくてもそれが立花さんとご両親の写真だと分かった。お母さんの笑顔とお父さんの優しそうな表情がとてもよく似ていた。間に挟まれた小さな立花さんは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑っている。


立花さんのお父さん、お母さん。

お二人の代わりに、私が隣にいても良いですか?

彼が泣きたい時に、私が寄り添っても良いですか?



言葉は要らなかった。夕焼け色に染まる空と海は1つに見えて、互いに隣に存在を感じて。ただそれだけの時間が幸せに思えた。

「……今日はありがとう。

 俺の我儘に付き合ってくれて。」

まだ少し鼻声で、立花さんが礼を言う。我儘なんか1つもなかったのに。

「いえ、こちらこそありがとうございました。

 お話を聞かせてくださって嬉しかったです。

 こんな素敵な街に住んでおられたんですね。」

立花さんが育った街は景色も人も暖かかった。そこに招かれた事がとても嬉しい。

「うん。……自慢の街なんだ。」

今の立花さんだから言える。感じた悲しみも苦しみも全部引っ括めて受け入れたから言える言葉。


並んで笑い合った今日を忘れない。忘れられないところに深く記したら、いつか私の全てを誰かに話すなら、一番は立花さんが良いと思った。


 

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