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19.背中を押す言葉

「私、こんな格好で大丈夫でしょうか……。」

夏依ちゃんが若干縮み上がる気持ちも分かる。飲み会場所として指定された店に到着すると、そこは高級料亭を絵に描いた様なお店だったから。

気にしなくて良いという言葉に恐る恐る足を踏み入れると、廊下から手入れの行き届いた美しい庭園が見え、通された座敷も完全個室でとても落ち着けるお店だった。


それぞれに料理や会話を楽しんでいると、小鳥遊さんが隣にやって来た。

「菅野さん。」

「小鳥遊さん、どうしました?」

「結李って呼んでください。

 私実は菅野さんの事素敵だなって思ってたんです。」

思いがけない言葉を掛けられる。結李ちゃんは続ける。

「綺麗で、仕事ができて、何だかとても自然体で。

 こんな女性になりたいって思える理想像です。」

「いや、そんな。結李ちゃんの方が余程素敵だよ?

 今日工場で説明してる姿を見て思った。」

私が言葉を返すと恥ずかしそうに俯く。でもその表情は微笑んでいて、照れているのが分かった。

「実はこの仕事、あんまり好きじゃなかったんです。」

「そうなの?どうして?」

「頑張っても会社の一部としてしか評価されないから。

 それに結局は男性社会で仕事に注目されづらいんです。

 でもPartnerの、特に菅野さんを見て思ったんです。

 背筋を伸ばして仕事に誇りを持って取り組んでいる人は

 こんなにも素敵なんだ、って。

 それなら評価とか気にせず、仕事を楽しもうって。」

私を見てそんな風に考えただなんて恐縮してしまう。

「それは、結李ちゃん自身が変わったんだよ。

 私の事はきっかけではあっても、関係ないよ。」

嬉しい言葉ではあったけれど、私にはもったいなさすぎる。結李ちゃんが素敵なのは、初めから持っていた良い部分が今出てきたというだけだろう。

「それは違います。」

「え?」

きっぱりした声で違うと言う。

「沢山の要素がその人を作っていくんだと思うんです。

 だから何かを見て感じた事とか誰かからの言葉とか、

 そういったものの蓄積が自分っていうものを作るから

 私にとって菅野さんとこうやって仕事をして感じた事は

 本当にとても、とても大切な事なんですよ。」


揺るぎない瞳で語られる言葉は、どこか未熟で、それでも精錬されていて。私にとっても彼女の言葉が、背中をそっと後押ししてくれる力強いものに思えた。

沢山の要素はそこら中に散らばっていて、無意識に拾い集めているものかもしれない。当たり前すぎるからその存在が自分を作っている事を忘れてしまう。

出会わなければ良かった人なんていなくて、必要じゃなかった選択もなくて。その全部があるからこそ私は今ここに立っていられる。だから私の存在に価値を見出してくれる人がいる。それってとても、素敵な事だね。

「……ありがとう。結李ちゃんのおかげで、私も自信を

 持って頑張れそう。ありがとね。」

「へへ。そんな風に行ってもらえるなんて嬉しいです。」

素直に笑顔を見せる結李ちゃんは、少し幼く見えた。



決意したからと言って全く緊張がなくなった訳ではない。ワゴンの助手席で顔を強ばらせていた。

「はるちゃん、明日休みだね。」

車に乗り込む直前の沙希ちゃんの一言は、暗に「今日が誘うチャンスだね」と言っていて、逃げ場をしっかりと塞がれた事に気が付く。……勿論、ここまで来て逃げる気はないけれど。

ぐったりと疲れた様子の林田君と夏依ちゃんは、車が回されるとすぐに3列目のシートに落ち着き、挨拶をする間もなく寝息を立て始めた。沙希ちゃんは固まる私を他所に真ん中のシートに乗り込んでしまったし、その隣に竜胆さんが陣取ってしまった。そうなると当然、助手席しか空いていない。

ここは気合だ。お膳立てしてもらったと思う事にしよう。ふぅ、と大きく息をついて助手席のドアを開けた。



「菅野も眠かったら寝ていいからな。」

緊張する気持ちを抑えながら、心の中でどう切り出そうかと思案していると声を掛けられる。いつの間にか後ろの4人は眠ってしまっていて、静けさの中に立花さんの囁く様な声が一層際立って聞こえた。

「いえ、大丈夫です。立花さん、平気ですか?」

「あぁ、ありがとう。」

眠気なんて一切感じなかった。寧ろ冴え渡っていて、脳はフル活動中だ。ここを逃したら、もう今日は言えないかもしれない。行け、私。

「あの、立花さん。……明日、お休みです、ね。」

「ん?あぁ、そうだな。」

何を当たり前の事を言ってるの!ちゃんと誘わなきゃ。

「明日は、何を、されるんですか……!!」

力が入りすぎて責める様な口調で言ってしまう。

「え?いや、まだ、決めてない……。」

尻すぼみの返答。完全に不審に思っているだろう。落ち着け、ゆっくり、自然に。

「えと、それじゃ、明日、良ければ一緒にどこか……」

「え?」

言葉を吐き出す度に声が小さくなってしまう。聞き返されるから、もうこれは駄目だと思った。

「あ、無理ならいいんです!

 何かこの間のお返しをしたかっただけなので、」

「いやいや、無理じゃない!!寧ろ嬉しいよ。」

私の弁解を遮って、焦った様に嬉しいと言う。見上げた横顔がライトに照らされる。

「俺にとっては休みの日に一緒に出掛けられるだけで、

 何倍ものお返しになるからさ。

 だから、お返し、とか考えなくていいから。」

千果さんが言っていた通り、それだけで喜んでくれる。混じり気のない想いが流れてくる。

「……俺の好きな所に付いて来てくれる?」

そう問う声も表情も不安げな小さな子供の様で、私の心に暖かい雫を落とす。今まで感じた事のない全身に染み渡る様な温もりに、目の前の人を抱き締めたくなった。

「……はい。是非、連れて行ってください。」

「ありがとう。」


「じゃ、昼頃迎えに行くよ。」

「お昼ですか?ゆっくりなんですね。」

誰かと出掛ける時は大抵朝から。だから何の気なしにそう言うと、ちらりと困った様な顔を向けられる。変な事言ったかな?

「早くても良いの?」

どれほど早い時間になるかは分からなかったけれど、折角立花さんが好きな所に付いて来てと言ってくれたのだから当然はい、と答えた。

「んと、10時位でも、良いのかな?」

思ってる以上にゆっくりだな。気を遣ってくれているのかもしれない。それでもその表情が嬉しそうに見えたから、

「はい。大丈夫です。楽しみにしています。」

と小さく頭を下げた。うん、との呟きを聞くと、そこはもう夏依ちゃんの家の近所。立花さんが夏依ちゃんを呼ぶのを聞きながら、何とかお誘いができた事にほっと胸を撫で下ろした。

明日が良い日になりますように。

何となく窓越しに星空を見上げてみた。


 

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