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16.聞きたかった声

翌日の日曜日、目が覚めると既にお昼の12時を回っていた。昨日、いや結局日が変わってからもなかなか寝付けなかったのが原因。

「……立花さん。」

家に送ってもらって礼を言うと、「じゃ、また会社で。」とだけ告げて去って行った。その顔から何かを読み取るのは難しすぎて、車が見えなくなってからもアパートの前に立ち尽くしていた。

「楽しかったのになぁ。」

言葉にすると逆に虚しさが込み上げてくる。

明日会ってから考えよう。もしかしたら明日はいつもの立花さんに戻っているかもしれないし。そう思う事にして、目覚めのコーヒーを飲むためにベッドから起き上がった。


私の願いはただの願いで終わってしまった様で。

月曜日、現在PM12:30。食堂で昼休み中。あまり食べる気にならなくて、一番胃に優しそうなうどんを頼んだ。それを隅の席で少しずつ啜りながら考える。

今日まだ、一度も目が合ってない。

立花さんはいつもちゃんと目を見て話をする人だ。それなのにまだ一度も目を合わせてくれない。それに加え私に向けて発せられた言葉といえば、「おはよう」と「あぁ」や「うん」の返事だけだ。皆には普通なのに。

「皆には普通なのに……。」

「菅野。」

名前を呼ばれて勢いよく振り返る。

「……竜胆さん。」

都合の良い耳。ちゃんと聞けば声で分かったのに、立花さんの声に聞こえてしまうなんて。自己嫌悪に陥っていると笑い声が降ってくる。見上げると立ったままの竜胆さんが私を見て笑っていた。

「そんなあからさまに残念そうにするなよ。

 立花さんじゃなくて悪かったな。」

「!!何、言ってるんですか。」

抗議しようとするのをまぁまぁ、と制して私の隣に腰掛ける。今日の竜胆さんはお喋りだ。

「何かあったのか?」

そう問われても何と答えればいいのだろう。私は何もなかったと思っているけれど、この状況じゃ何かあったと言われている様なものだ。

「どう、なんでしょう?」

「菅野も立花さんも今日は効率が悪い。

 戦力の2人が落ち込んでるとこっちがしんどい。」

軽く私の肩を叩いて去っていく。ブースに戻るのだろう。その背中を見送りながらすみません、と呟く。言葉は乱暴だけど励ましてくれている。本当にいつも助けられてばかりだ。

思い立って追いかける。うどんはまだ残っていたけれどどうせ食欲もないし、職員さんに謝っておいた。


「竜胆さん!!」

「それ、やる相手間違ってないか?」

ブースに飛び込んだ私に、竜胆さんは呆れ顔で言う。よく分からなかったけれど何でもない、と言われるから気にしない事にする。

「とりあえず座ったら?」

促されるまま自分の席に座る。竜胆さんは給湯室からコーヒーを持ってきてくれる。用意しておいてくれたみたい。何から何まで世話をしてくれる。

「で、どうした?」

隣の沙希ちゃんの席に座って先を尋ねられる。何をどう聞けばいいだろう。

「……人を不愉快にさせたかもしれなくて、自分にその

 意識が全くなかった場合、どう行動するのが最善だと

 思いますか?」

熟考して出した筈の質問は、出してしまえば全てを丸投げしている様でとても情けなくなった。居たたまれなくなって自分の手を揉み合わせながら視線を落とす。

「自分がその人を不愉快にさせた意識が全くないなら、

 直接聞くかいつも通りでいるか、じゃないか?」

直接聞くか、いつも通りでいるか。口の中で復唱してみる。

まず直接聞くのは無理、かな。そもそも避けられている様だし、タイミングが合ったからといって「私何かしました?」なんて聞いてしっかり答えられたら、答えによっては立ち直れないかもしれない。でもなぁ。

「いつも通りって、難しいです。」

「菅野らしくいればいい。

 第一、菅野は人を不愉快にしたり傷付けたりする様な

 奴じゃないだろ。立花さんだって分かってる筈だ。

 何か思うところがあって、上手く接する事ができなく

 なってるだけかもしれない。立花さんなら何かあれば

 言ってくるだろう。その時まで、菅野は菅野らしく、

 立花さんが話したいと思う時にきちんと聞ける様に

 待っていればいいんじゃないか?」

本当にそうなんだろうか。これまで何度も人を巻き込んで、その度にその人を傷付けてきていなかった?それなのに自分が傷付く事を恐れてばかり。そんな私が「私」のままでいるのは正しい事なんだろうか。


「何が正しいかなんて誰にも分からないんだから。」

私の考えを掬い取って優しく言ってくれる。顔を上げると励ます様に頷いてくれて、私は顔を何とか笑顔に変えてみる。

「大丈夫だ。上手くいくよ。」

その言葉と同時にブースのドアが開く。振り返ると立花さんと沙希ちゃんが連れ立って入ってきた。立花さんは私を見て少し険しい顔をする。

「菅野、ちょっといいか?」

今がきっと話す時だろう。ただとても悪い話の様な気がしてならない。…私は何が怖いのだろう。

立花さんは返事を返した私を確認すると、黙ったままエレベーターの向かいにある休憩室へと向かった。私もそれに続く。

休憩室に入ると外の音は殆ど遮断されて、2人の呼吸の音と衣擦れの音だけが聞こえていた。私から何か切り出すのはおかしい気がして、窓の方を向いたままの背中を見つめていた。


「……あのさ、えっと、ごめん。」

絞り出された謝罪の言葉。何について謝っているの?私が謝らせているの?

「……それは、何に対する、謝罪ですか?」

何故か涙が溢れそうになって、それを堪えながら発した声は呼吸の音でさえ掻き消されてしまいそうな程小さくなった。それでも目線を逸らす事はしなかった。

「今日、菅野に嫌な態度をとった事。

 菅野を傷付けるって事、気付かなくて。」

背中越しに聞こえる声は今日ずっと聞きたいと願った、強く真っ直ぐな立花さんの声。

「……土曜、喫茶店で、電話が終わった後。

 菅野とマスターが話してるのを見て。

 話の内容を隠されてる気がして。嫉妬してた。」

不機嫌そうな表情の理由。…だってあんな事、言える訳ないじゃない。

「それで、本当にガキみたいなんだけど、菅野が、

 手の届かない所まで行ってしまいそうな気がして。

 どう接していいか、分からなくなった。

 それで、避ける様な事して……本当にごめん。」

途切れ途切れ吐き出される真実はとても人間らしい。

俯いたまま振り返り頭を下げる様子に涙が溢れる。安堵の涙。…私はまだ、嫌われてない。


「あ、え、ちょ、な、泣かないで……・」

黙っている私を不思議に思ったのか、立花さんは顔を上げて私が泣いているのに気付くと、一瞬固まって今までに見た事がない程狼狽して駆け寄ってきてくれた。

「不安、でした。立花さんを傷付けたんじゃないかって。

 土曜日、本当に楽しくて、でも帰り、立花さんが

 沈んでる様に見えて。私ばかり楽しんでしまって

 浮かれていたから、何か失敗したのかもって思って。」

立花さんが話してくれた今だから素直に言える。私の言葉に本当に切なそうな顔をして、

「そんなに、不安にさせたのか。本当にごめん。」

と、また謝ってくれる。

「いいんです。寧ろ正直に話してくださって、

 ありがとうございます。」

「もう、あんな態度は取らないから。」

固い意志をそう言葉にしてくれる。真面目で、誠実で、私と真剣に向き合ってくれる人。

「はい。」

そんな人がいてくれる事が嬉しくて、こうしている時間が楽しくて。涙の代わりに笑顔が溢れた。


 

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