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13.戸惑いの、休日の朝

柔らかな布団の中が心地良くて、もう少し寝ていたいと寝返りを打つ。珍しくベッドのスプリングが静か。この感じなら買い換えなくても良いかな。それにしても掛け布団、こんなにふかふかだったっけ?

そういえば昨日どうやって帰って来た?みのりでご飯食べてお酒飲んで、本の事話して、途中で眠くなって…あれ?

微睡みたい気持ちを押し退けてガバッと起き上がる。畳の匂い。目の前の障子を照らす光。私を包む見覚えのない羽毛布団。……ここ、どこ?

まだ完全に覚醒していない頭で考えるには情報量が少なすぎる。だってこの部屋何もない。


頭を抱えそうになっていると、背後の襖がサッと開く音がする。振り返るとそこには、涼しげな色のルームウェアを来た千果さん。多分間抜けな顔をしていたと思う。千果さんが私を見下ろして、豪快に笑いだした。今までお店で見ていた千果さんと全然違う。

「はぁ、面白い。ごめんね、笑っちゃって。

 あまりにもぽかんとしてたから。」

一頻り笑った千果さんはやっと収まったのか、目尻を拭いながら謝ってくれる。

「いえ、それは良いんですが……ここは?」

「私の家よ。昨日寝ちゃってたし。

 このまま帰すのは危なそうだったから。」

何という失態。気を付けようと思っていたのに。ここまで運んでくれたのだろうか。

「本当にすみません……。」

「別にいいのよ。どうせ今日は土曜なんだし。

 それに1人泊めるのも2人泊めるのも一緒だしね。」

「2人?」

「2階でコウが、立花が寝てるから。」

いつもの事だし当然なんだけど、その言葉が自然すぎて何故か引っ掛かる。立花さんの事、コウって呼んでいるんだ、って事とか。千果さんの口調が違う事よりそっちが気になってしまった。

そんな私を他所に、千果さんは店とプライベートでは口調を使い分けている、と教えてくれた。私からすると今の素の千果さんの方が親しみやすくていいけどな。そう思っていると気付いたのか、色々あるのよと言われてしまった。聞かない方がいいみたい。

「で、とりあえずシャワー浴びてきなさい。

 このルームウェア貸すから。」

「いえ、いいですよ、もう帰りますし。」

差し出されたルームウェアをそっと押し返すと、不満そうな顔をされる。

「そんな事させられないわよ。

 帰りはちゃんとコウに送ってもらって。

 そもそも上司の前にその状態で出るってどうなの?」

そう言われて自分の状態を確認。ブラウスもスカートも皺だらけ。おまけにお風呂も入ってないって、ちょっとこれは。

「……お借りします。」

「よろしい。」


シャワーを浴びて貸してもらったルームウェアを着る。何だか変な感じ、千果さんにご厄介になってる。

音がする方へ進むとそこは台所で、千果さんがご飯を作っていた。味噌汁の良い香り。

「朝ご飯できるから、コウ起こしてきてくれる?」

2階に上がってすぐの部屋だと教えられて、階段を上がる。やっぱり変な感じ。立花さんを起こしに行くなんて。

左手にドア。初めての事で少し緊張するな。深呼吸。軽くノックする。反応はない。失礼します、と声を掛けながらノブを回す。そっと中に入ると、立花さんはまだぐっすり眠っていた。


近付いて、声を掛ける。時折布団の上から揺すってみたり。

「起きてください、立花さん。立花さん。」

頑張りは届いた様で、小さく唸りながら身を捩っている。ゆっくり瞼が上がっていき、やがて視線が私を捉えると、まるで子供の様にふわりと笑う。

「菅野。」

少し掠れた優しい声が、私を呼ぶ。何だか幼い実を起こしに行った時の様。立花さんが少し、可愛い。挨拶をしたけれど、それに応えずまた瞼を閉じてしまった。

「立花さん、朝ご飯できたので起きてください。」

そう言うと、更に嬉しそうに笑みを深くする。こんな顔するんだ。だけど起きてもらわないと。

「早くしないと千果さんが怒りますよ?」

今までだとそんな事思わなかったけれど、今日の千果さんを見てあんまり遅いと怒られるだろうと思う。ちゃんと聞こえているらしくすごく嫌そうな顔をした。相当怖いのかな?でもまた笑ってる。今何を考えているんだろう。面白いけど、起きてはくれないのだろうか。


あ、起きた。不思議そうに私をじっと見てから、目を擦っている。さっき会話したと思ったんだけど、寝ぼけていたのかな。

「起きました?」

声を掛けると目を丸くしてすごい勢いで起き上がる。そして髪を撫で付け始めたけど、上の方が少しはねている。寝起きの立花さんは子供みたい。実もこんな感じだったな。

「ふふ、はねてる。」

直してあげようと膝を立てて手櫛で整えてみる。少し太めだけど滑らかな髪質。ちょっと落ち着いたかな。ずっと触っていたい気持ちもあったけれど、そっと手を離す。手が下がるのを追う様に目線を下げると、上目遣いに私を見上げている目と視線が絡む。自分がやった事の重大さに気が付く。

「す、す、すみません!!」

吃りながらも何とか謝って駆け出した。ドアを乱暴に開けて階段を駆け下りる。顔が逆上せた様に熱い。心臓がバクバク言っている。私、なんて事を。弟みたいに見えて、なんて言えない……。


一足先にご飯を食べつつ顔の熱を覚ましていた頃に立花さんが台所にやって来る。髪は直っているし、服も着替えられている。そのままだと思い出しそうだったから、ちょっと安心した。

「私は店の買い出しに行くけど、2人はどうする?」

どうする?って帰るんじゃないのだろうか。

「洗濯はもう少ししたら終わるから。」

私に向けて千果さんが言う。お世話になりっぱなしで申し訳なくなる。

「すみません。何から何まで、ありがとうございます。

 このルームウェアは洗濯してお返ししますね。」

「いいわよ。このちょっとの時間だし。

 後で他とまとめて洗濯するわ。」

当たり前の様に言ってくれるけれど、そうもいかないし。

「いいの。お気に入りの洗剤で洗うから。」

「……ありがとうございます。」

顔は笑顔なのにどうしてこれ以上言うな、という圧を感じてしまうのか。お礼を言うしかなくなった。


「それで?どうせ送るんだったら、

 そのままどっか出掛けたら?」

さらりと言う千果さんの言葉に私はフリーズし、立花さんは味噌汁を溢しそうになっている。

「何、言ってんだ。」

「いいじゃない。

 2人とも帰っても仕事しちゃうくちでしょ?

 それなら2人で何か使えそうなの、見てきたら?」

2人で、というフレーズにさっきの失態を思い出す。恥ずかしさで頭が爆発しそう。また2人きりになって、私大丈夫?千果さん、爆弾落としておいていなくならないでくださいよ……。

「どっか、行くか?」

何でもない様に言われるからちらりと目をやると、立花さんは恥ずかしそうに頭を掻いている。

「……立花さんが、いいんでしたら……。」

それだけ言うのにやけに緊張しているのに気が付いて、慌ててお茶を飲む。

「じゃ、決まりな。」

寝ぼけていた時と同じくふわりと、本当に嬉しそうに笑うから、戸惑いも薄れてしまう。

「洗濯終わったわよ。」

「ありがとうございます。じゃ着替えてきます。」

千果さんから洗濯したての服を受け取って、寝るのに借りていた部屋へ着替えに行く。少し浮かれている自分に、また少し恥ずかしくなった。


着替えから戻ると立花さんもご飯を食べ終わったらしい。立ち上がろうとするのを制して洗います、と食器を受け取る。これくらいはしないと。食器を洗いながら今日がどんな日になるのか、思いを巡らしていた。


 

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