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9.強力な味方

運転席に乗り込んだ岸谷さんが窓から顔を覗かせる。

「お気を付けて。」

「あぁ、今日はありがとう。じゃあまた。」

車が走り出す。

「ありがとうございましたぁ。」

窓を開けて手を振りながら張り上げられた声が、まだ活気のある街に溶けていく。次に皆さんに会うのはサンプルが出来てからか。楽しみだな。


少しすると、千果さんが呼んでくれていたタクシーが1台、私達の前に滑り込む。まずここから一番家が遠い夏依ちゃんが乗り込んだ。

「てんちゃん、気をつけてねー。」

「はーい。皆さん、お先に失礼します。」

開け放した窓に体を捩じ込むようにしながら、ぶんぶんと手を振っている。私も小さく手を振り返す。今日はあまり飲んでいなかったから1人で返しても大丈夫みたい。気が大きくなっている感じは否めないけれど。

夏依ちゃんを乗せたタクシーが走り出すと、続け様に2台やって来た。林田君と竜胆さん、沙希ちゃんと私でそれぞれ乗る。

林田君と竜胆さんを乗せたタクシーを見送った立花さんが、こちらに近付く。

「お先に失礼します。」

窓を開けて挨拶をする。立花さんはいつも通り、みのりの裏手にある千果さんの家に泊まるのだろう。隣の沙希ちゃんが私の方に身を乗り出して、

「はるちゃんは私が責任持って、送りますからね!!」

と強く宣言する。いつもはそんな事言わないのに。

「それもなかなか心配だな。菅野、気を付けろよ?」

少し真面目な顔をして立花さんに見下ろされる。そのやり取りが可笑しくて、はいと私も答えてみる。

「こらこら、はるちゃんまで。」

拗ねた様に言う沙希ちゃんが可愛い。再度挨拶をして、タクシーは走り出す。去り際に見た立花さんの顔はとても優しく微笑んでいた。



窓の外を行き交う車達。流れるテールランプに目を移していると、隣から私を呼ぶ声。振り返ると沙希ちゃんの目が暗がりの中に光るのが見えた。

「はるちゃん、立花さんから告白されたよね?」

「え?何で知ってるの?」

突然の問いに一気に緊張が走る。妙に早口で質問を返しながら、その不可解さに脳はフル回転を始めていた。

「立花さんがはるちゃんを好きなのは前から知ってて。

 早く告白しろって焚きつけたの。」

個人的に知っていたらしい。立花さんが言うとは思えなかったけど、沙希ちゃん、どうして分かったの?そして前からという言葉は、立花さんの気持ちが昨日今日のものじゃないという事を表していて、余計に上手く言葉が出なかった。

「フッちゃったんでしょ?立花さんの事、嫌い?」

単刀直入な物言いに、考えるまでもなく即座に否定する。嫌いなら一緒に仕事をする事に、こんなに誇りを持てない。

「ううん、違うよ。嫌い、とかじゃ、ないんだけど。」

そこまで言って若干の恥じらいが出る。何と言ってもタクシーの中。運転手の方だって聞きたくなくても聞こえてしまう。でもここで誤魔化すのは違う気がして。1人で抱えきれなくなっているこの状況を、沙希ちゃんなら助けてくれるんじゃないかと、そんな他力本願で思いを口にする。


「……今まで誰かを好きになった事なくて、

 どうしたらいいか分からないの。

 傷付けるのも怖くてお断りしたんだけど、

 これからも伝えていくって。

 勝手に想ってるのはいいよなって言われて……。」

言いながら心の中で立花さんに謝る。ごめんなさい。この様子だと詳しい話をしていないんですよね。きっと話すと私の言った事も言わないといけなくなるから。気を遣って離さずにいてくれているのだろう。なのに私は話してしまっている。本当にごめんなさい。

「そっかー。そう言われて、どうだった?」

考えてみる。立花さんのあの表情を見て、あの告白を受けて、私は何を思った?

「そんな風に言ってもらうの初めてだったし、

 ……嬉しかったけど、私でいいのかなって。」

どうして私なのかという気持ちは大きかった。私はあんなに褒めてもらえる様な人間じゃない。

「でも立花さん、本気ではるちゃんを好きだよ。

 あの敏腕で動じない立花さんが、

 上手く伝える自信ないって弱音吐いてたもん。」

「本当に?」

信じられない。あの時も緊張していた?だからあの日、溜め息が多かったの……?

「ホントだよ?ほら、さっきだって。

 好きなところは本人の前だけで言いたいって。」

「やっぱりあれ、私の事だったんだ……。」

「当たり前でしょー。他に誰がいるって言うんですかい?」

からかう様に言われる。思い出して顔に熱が集まる。沙希ちゃん、どうか気付かないで。



「はるちゃん。」

真面目な声が静かに、私に語りかける。

「私ね、立花さんを応援してるの。

 あんな仕事ができて優しくて格好良い人が、

 恋に悩んでるのを見て、素敵だなって思って。

 その相手が私の憧れのはるちゃんで。」

そこにからかいの色はなくて、沙希ちゃんの真っ直ぐな気持ちが言葉に乗って届く。

「憧れだなんて。」

「ホントに。私の憧れの2人がくっついてくれたら、

 最高にハッピーだなーって思ったから。

 だからね、立花さんを応援してるの。」

楽しそうに笑っている顔が外のライトに照らされる。願ってくれているいつかは、本当にやって来るのだろうか。

「あ、だからって無理やりくっつけようとは思って

 ないよ?私ははるちゃんの事も応援してるから。

 相手が立花さんじゃなくても相談に乗るからね!!」

「沙希ちゃん、ありがとう。」

純粋な優しさに触れて泣きそうになる。私の事まで応援してくれている、とても強力な味方。でもきっと本音は前者だろう。そして思う。

「……でもそんなにするって、立花さんの事……」

好きなのかと訊ねようとして遮られる。

「違ーう。他に好きな人いるもん。

 立花さんはただの憧れだよ!!」

しっかりと強調される。やっぱり好きな人いるんだ。私じゃ力になれないだろうけれど、相談に乗ると言ってくれている沙希ちゃんに私も何かしてあげたいな。


でも、そっか。立花さんの事は憧れなのか。ふと過った考えが否定されて、小さく出かけた心の棘みたいなものがパチンと弾けるのを感じた。これは一体、何なのだろう。

 

 

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