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暁の王国  作者: 観月
7/33

リヴィエリ -3-

 河原に降りると、街中の喧騒がうそのように穏やかな春の日差しとそよ風だけがあった。

「見て、紫の絨毯のようだ」

 アレンがうれしそうに声を上げた。

 菫の小さな花がひとところに群生している。

 二人はそのそばに腰を下ろすと買い込んできた食料を広げて食べた。

 ライトが川の流れに目をやりながら何やら鼻歌のようなものを歌い始めた。

「あ、その歌、ぼくも知っている」

 アレンが立ち上がって川に向かって歌い始める。その歌は、暁の国に住む子供たちなら十人が十人知っているかもしれない春の歌だった。

『春を歌おう

   耳を澄ませてごらん おがわのささやきがきこえるよ

   「めをさませ やまのゆきどけ水を運んできたよ」

春を歌おう

   目を閉じてごらん 風がほおをなでていくよ

   「めをさませ 緑のじゅうたんをはこんできたよ」

春を歌おう

   手を広げてごらん 太陽が抱きしめてくれるよ

   「めをさませ 子どもたちへあおぞらををはこんできたよ」

いのちのきせつがやってきたのだ』


 ライトは驚きのあまり途中から歌うのをやめて口をあんぐりとあけてアレンの歌に聞きほれていた。それほどまでに美しい。

 歌い終わるとアレンもしばらくは歌い終わったそのままの姿で立ち尽くしている。

そよそよと、春の風が二人のほほを撫でて通り抜けていく。

「こんな風に誰かの前で歌ったのは何年振りだろう」

 アレンの声音に戸惑いが混じる。

「そんなにうまかったら歌ってくれと言われるんじゃないか」

「……うたった」

 アレンはしゃがみこむみ、うつむいた。

「ぼくの歌を聴くとね、けがをしたり、おなかが痛かったりした人の痛みがなくなった、って言い出した人がいてね、小さな村だから頻繁ではないけれど、けがをこさえた人や病気になった人はよく僕の歌を聴きに来たんだ、祭りで歌ったりもしたよ」

 アレンの瞳はどこか遠くを見ているようだった。ガラスのような瞳に映る景色を、今はもう、見てはいないようだった。

「それでね、僕が十二になった時母が病気になってね……どんどん痩せて、最後は痛い痛いって言うんだ。だから僕は歌った。少しでも母さんが楽になるなら……。夏が過ぎて、秋になって、あの日もぼく、母さんの枕もとで歌ったんだ。痛がっていた母さんがすごく静かになって、僕が歌い終わると笑いながら、アレンのおかげで痛みが消えちゃったみたい……って、でも、そのまま目を閉じてもう、戻ってこなかったんだ」

 しだいに感情のブレーキが利かなくなったのか、声がふるえだした。口元を抑えるとポロポロポロっと、涙が瞳から転がり落ちた。

 ライトが立ち上がってアレンの横へ腰を下ろすと顔を覗き込んだ

「あんたのおかげで、痛まずに、いけたんだろう?」

 アレンは激しく首を振った。

「僕が母さんを殺したような気がしたんだ。ぼくが、痛みを取り除いたせいであの世へ行ってしまったんだ」

「アレン……」

「痛くてもいいから、もう少しでもいいから生きていてほしいと思ったんだ」

「落ち着け」

「ぼくは、そうおもってしまったんだ、だから」


「うるさいだまれ」


 ライトはアレンの頭を抱え込むと自分の肩にその口を押し付けた

「ううう……」

 アレンは強制的に黙らされて、じたばたとあがいていた。どうやら怒っているようだ。

「そんないいかたしたらだめだ」

 と、ライトが言った。

 アレンはしばらくじたばたしていたが、どうやら力では勝てないと悟ったのか、おとなしくなる。すると、ライトの手が離れた。

 アレンがライトから顔をあげると口元をぬぐった。

「あ、ごめん。君の肩、濡れちゃった」

 ライトは肩に目を落とすと顔をしかめて「きたねえ」とつぶやいたので二人して、少し笑った。

「本当のアレンは、鳥かな? きれいな声で歌う。ひばりか、鶫か……いつかその封印が完全に解けたら、戻れるよ」

 ようやく落ち着きを取り戻したアレンが、ライトを見上げて言った。

「そういえば、君の本当の姿はなんだい?」

 先に立って歩き出そうとしていたライトが眉をひそめて振り返った。

「ないしょ」

 なんで? と、アレンが声を上げる。

 ライトは言いよどむように首をかしげる。

「アンジェはさ、俺の本性が嫌いなんだよ。もちろん、かわいがってくれるし、大事にもしてくれてるんだけど、生理的に嫌なモンは嫌なんだってさ。それを本人にはっきり言うところがアンジェらしいんだけどね」

 聞いてはいけないことを聞いたような気がして、アレンが困惑の表情を浮かべる。

「だからさー、時々意地悪してやる。こう、アンジェのそばにすり寄ってだね、変態しないまでもちらっと、本性を出すんだよ。面白いよ。ひい! とか言ってのけぞるから」

 アレンが、ライトの身ぶり手ぶりに吹き出すと、ライトも笑った。

 もうひとつ、行かなければならないところがある、とライトが立ち上がり歩き出す背中にアレンが小さくつぶやいた。

 

 「でも、ぼくはいつか、本当の君に逢ってみたいな」

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