リヴィエリ -2-
裏庭から出ると、大きな窯が一つあって、たっぷりの湯が沸いている。窯の横には取っ手の付いた桶が重ねておいてある。桶の横には手ぬぐいが用意されていた。
アレンは桶に窯でぐらぐらに立っている湯を手桶で汲むと、井戸の水で薄めた。
小さな個室は二つだけのようだった。片方は戸が閉まっている。と、その個室のドアが勢いよく空いてアンジェが顔を出した。
「ああ。あんたかい?」
さっぱりとした顔で笑いかけた。
「じゃあ、わたしは先に休んでるから! ごゆっくり」
アンジェはひらひらと肩越しに手を振ると宿の中へ消えて行った。
アレンは一メートル四方ほどの小さな個室に入った。棚があって脱いだ服がおけるらしい。
上に着た短めの丈のマントを脱いでみると、もともと白かった上衣に赤いしみがかなり目を引く。しかも、穴が開いているし……。着替えの入った袋も、持っていた剣も、全部どこかへ行ってしまった。まあ、剣は崖の下にあるのだろうけど。
はあ。溜息をつくと服を脱いだ。
と、ドンドン! と、個室をたたく音がした。
「え? だ……だれ?」
「おれ」
ライトの声のようだった。
「ど、ど、どうしたの?」
「手、出して」
アレンは細く扉を開けると手だけを出した。
「覗くなよ!」
アレンは声を強めて言った。
「はいはい。これ貸す。一枚だけ余分に持ってた。一休みしたら買い物に行かないか?いろいろいるだろ?」
アレンの手に何やら置くとまた戻っていくようだ。
「きみは! 着替えなくていいの?」
アレンが大きな声を出した。
ライトの足音が止まる。
「俺?……俺の服には穴が開いてないから構わないよ」
「君は湯を使わないの?」
「先に休むよ。疲れたし、起きてから使うよ。アレンも一人の方がいいだろう?」
と、言い残して足音は遠のいて行った。
手の上に載せられたものをつかんだまま手をひっこめると、新しそうな、薄手の上衣が一枚。
アレンの顔に笑みが生まれ、ふんわりとした手触りのそれを握りしめた。
一刻も眠りについていたのだろうか。それともずいぶんと寝てしまっていたのか?
動く気配に目を覚ます。
(ぼくは、どこにいるのだろう)
最近、目が覚めるたびに思う。
「悪い、起こしたかな?」
声の方を見ると、ライトがこちらを見るでもなく服を整えているようだった。
(どうして僕の目が覚めたってわかったんだろう)
「ちょっと、出てこようと思うけど、アレンも行く?」
「行く!」
はっきりと目が覚めた。
布団からとび出る。
「まって、用意する」
「わかった、俺は下で待ってる」
そういうと、ライトはあっという間に部屋を出て行った。
アレンはアンジェがなかなか大胆な寝相でまだ夢の中なのを確認すると、手早く服を整え、ブーツをはいた。
下へ降りてゆくと、宿の入り口の手前で壁に体を預けて腕を組んだライトが待っていた。
二人が宿を出ると、道の反対側をちょうど女の子二人組が通り過ぎて行こうとしていた。ライトとアレンに気付くとくすくすと笑い、ささやきあいながら手を振ってよこした。
アレンは困ったような笑顔を浮かべ、ライトは「またね~」とにこやかに手を振った。
女の子たちはきゃあきゃあ言いながら足早に走り抜けていく。
「きみ、知ってる娘?」
アレンが問い
「んなわけあるかよ」
と、ライトが答える。
お互いに何言ってんだこいつ、というような視線がぶつかりしばらく見つめあった。
「とにかく行こうぜ。まだ昼前だから、買い物したら、食べ物でも買って、河原の方へ行ってみよう。アンジェには留守番してろって置手紙しといたから」
ライトの言葉になんだかおかしくなって、ふふふ、と笑った。だが、買い物、という言葉でふと思い出したことがあった。
「あ……でも、ぼく持ち合わせもないし……父と会えないと……」
ずんずんと歩いて行こうとするライトを追いかけながらアレンがあわてたように声をかける。
「そんなこと、いまさら気にすんなよ、あんたの父さんが見つかったら、利子つけて返してもらうよ」
「うん。ぼく、助けてもらってばかりだね?」
「それ以上言ったら怒るぞ」
「ごめ……いや」
アレンはふと、目の先にあった店に目を止めると
「あ、ライト、あそこの店、見ていってもいいかな?」
気まずさをそらすように楽しげにライトに声をかけた。
「ん」
ライトは金の入った袋をアレンに差し出した。
「ゆっくり見てくるといい。俺はあんたに合うような剣を探してくる。必要になるかも知れない。あんたは体が小さいし腕も細いから、軽めのやつがイイよな? 両手剣でいいかな? 前に持ってたのもそうだったみたいだけど」
「うん。ありがとう」
アレンが言うとライトの顔にも笑顔がさした。
二人はそれからしばらく買い物に夢中になった。とりあえず一揃い服を買いそろえたころにライトが合流すると、所持品を入れられるザックを買い、買いそろえたものを丸めてぶち込むと、店先で売られていた、中にいろいろな具の入っている饅頭のようなものをいくつか買う。デザートにかんきつ類の皮を甘く煮込んだ菓子も手に入れた。
そうして二人は川岸を目指した。