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暁の王国  作者: 観月
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リヴィエリ -1-

 

暁の大地の南部、タタール地方を流れる大河タタール川。その川のほとりにリヴィエリの町はあった。川べりには大きな蔵がいくつも立ち並ぶ。大きな商人や、地方の持ち蔵が軒を連ねている。ここに集められた荷を蒸気船が南方の地へ運ぶ。タタール川の河口付近には王都がある。荷が集まれば、人も集まり、人が集まれば商店も増え、飲食店も増え、さらに町は大きくなってゆく。

 アンジェ、ライト、アレンの三人が町へたどり着いた時にはもう、陽も登って、町も目を覚まし始めたころだった。

「アレン、頑張ったね。とりあえずその、つばくらめ亭とやらに宿を取ろう。あたしゃ、昼までは寝かせてもらうよ」

 アンジェが言った。

 アレンも父を探したい気持ちはあったものの、傷跡が痛む上に夜通し歩きづめだったので、額にはうっすらと脂汗がにじんでいた。

 途中、ライトが「おぶってやる」といったものの、固く辞退していたのだった。ライトのみがまだ元気いっぱいな様子で、あちらこちらに視線をさまよわせている。

 つばくらめ亭という名の宿屋を探すと、うれしいことに部屋も空いていて、何とか頼み込み朝餉も部屋に用意してもらうこととなった。

「ちょっとふっかけられたかな?」

 と、アンジェはぶつぶつ言っていたが、金で方がつくのなら、しょうがない、と、あきらめた様子だった。

 ライトとアレンの方は川辺に並ぶ蔵も、朝早くから起きだした町の喧騒も、足早に行き来する人々も、何もかもが珍しいようだった。

 木造の二階建て。ちょっといびつに路面の側にかしいでいるように見える宿屋の二階に三人は通され、簡単な朝食をおかみが運んできてくれた。

「食べ終わったら、ワゴンに載せて廊下に出しておいておくれな。今日は、あんたに頼まれたから特別だけど? これからは食事のときは一階の食堂でとっとくれ。食事は宿泊の料金とは別だよ。それから、クローゼットの中に布団もあるから足りないときは出して使ってくれて構わないよ。こっちは、追加料金なしだ。厠は階段下りてすぐ右。そうそう、汗を流したかったら、裏口から出ると裏庭に湯あみ場があるよ。湯と井戸と、桶と手ぬぐいもあるから、そこも自由に使っていいよ。湯は使ったら使った分は水を足しておいてくれ。湯あみ場は個室もあるけど、使ったら戸は開け放しといておくれな。湿気がこもるからね」

 たっぷりとした体格のおかみは、てきぱきと指示を出すと、運んできたワゴンからどんどんと部屋の窓際にある小さなテーブルの上にこんがりとそして中はふわふわに焼き上げられたパン、はちみつの入った瓶。添えられた卵は半熟でトロトロと湯気を上げる。そして野菜がふんだんに入ったフープ。いい香りのする茶の入ったポットにカップ……を置いて言った。

「ありがとう女将、あとは私らでやるよ」

 アンジェがにっこり笑って女将の手に何やら握らせた。

「おやまあ!……あたしら、1階の突き当りの部屋にいるから何か入用なもんがあったらいつでも声をかけておくれよ」

 そういうとかぱっと、満開の笑顔を残して部屋を出て行った。

「アンジェ、ここの町の者たちは、歩くのも早けりゃあ、しゃべるのもすごいんだな。まるでつむじ風が通り過ぎて行ったようだ……」

 あっけにとられたようにライトが言う。アレンも女将の消えた戸口を呆然と見ていた。

「まあ、ね」

 アンジェはポットから暖かくいい香りのするハーブティーをカップに注ぐと、一口飲み幸せそうに溜息をついた。ライトとアレンも小さなテーブルを囲むと「いただきます」と、まだあたたかいパンにかぶりついた。それに載せたはちみつがゆっくりと溶けてゆく。

「ライト、この町はどうだい? あんたの感覚が頼りだ。お仲間はいそうかい?」

「んー、どうかなあ?」

「何とも頼りないね。疲れで鈍っているの?」

「狩る側も狩られる側も、相手にすぐ気配を感じられないように策は講じてるだろうさ。今の俺たちみたいに。下手な奴の張った結界や防護壁ならすぐわかるんだけどね、例えば、アレンを襲ったフードの男。ひとりだけ逃げたやつ。アレンを同族と言っていた」

 アレンの口に運んでいたスプーンが動きを止める。

「あいつからは、感じなかった。だから、あいつがこの町に入り込んでいても俺には分からないよ」

「お前にもわからない? あいつそんなに凄腕かい?」

 アレンは二人を見比べた。どうやらアンジェはライトの感覚に全幅の信頼を置いているらしい。

「……かね? でも、あいつは顔を見たから、会えばわかるよ」

 アンジェは横を向いて溜息をついた。

「できれば会いたくないんだけどね……。まあ、いいさ。私は少し休む。ライトも、町についてうきうきしてるみたいだけど、くたくたのところに敵と鉢合わせなんて、しょうもない事態は避けたいから、一眠りしな! ああ、その前に湯とてぬぐい借りて湯あみ場で汗ながそ……。あ、君たち二人は食べ終わったら片づけよろしくね」

 アンジェはさっさと自分の食器だけワゴンに載せるとそれこそうきうきした足取りで部屋を出て行った。

「アンジェ、楽しい人だね。頼りになるし」

 アンジェの消えた扉を見ながらアレンが言った。

「ねえ、ライトとアンジェはずっと一緒に旅をしているのかい?」

 ライトはカップに口を付けながら思い出すように視線を空にさまよわせた。

「アンジェとは、生まれた時から一緒だ。でも、むかしはあんなに表情があって、あんなに言葉をしゃべる人だとは思わなかった。母と一緒にいたころだ。母が俺をアンジェに託して、アンジェは俺を連れて逃げた」

「……いつ?」

「もう少しで1年になるかな? 二人で旅をするようになってからは、あんな感じだ」

「お母さんとアンジェは友達だったのかい?」

「友達?なのかな?でも、いつも一緒にいたな。小さいころはアンジェは母のいるところには必ずいるんだと思ってた。……なんだよ、おれの話ばっかだな」

 ライトはきまり悪そうにアレンを見た。

「そうだ、アレンも汗を流して来いよ。血の跡も、気持ち悪いだろ?」

「あ、うん」

「ここは片づけといてやるよ。湯あみ場ったって、そう何人もで押しかけられるようなとこでもないだろうし、俺は後で行く。」

「う、うん」

 なんだか、話をはぐらかされたような気がした。

(あんまり、触れられたくない事だったのかな?)

 と、アレンは思った。


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