魔道士狩り -4-
アンジェが二人のいる洞窟に戻ったのは、あたりがもうすっかり暗くなってからだった。月夜だったため夜道もそう苦も無く歩ける。洞窟の中に入り、暗さに目が慣れてくると疲れきったような男の子二人がゴロゴロと転がっていた。
「何やってんだ? ライト!……えっと、きみは?」
アンジェはアレンの上から覗き込むようにかがみこんだ。アレンはあわてて身を起こした。
「あなたはアンジェさんですね? 僕はアレン。父と、知り合いの山の民を頼って旅をしている途中だったのですが、先ほどの賊に襲われ、はぐれてしまって……。危ないところを助けて頂いてありがとうございました」
アンジェは優しく微笑んだ。
「アレン、よろしく」
差し出した手をアレンの細い手がきゅっと握りかえした。
「ライト、そら」
アンジェがライトに向かって何かを投げる。
「ここを少し下ったところに、小さな集落があった。連れとはぐれたと言って、道と、少しばかり食べ物を分けてもらってきた。それ食ったら、出かけるから」
そういって、アレンの手の上にも、ぱさぱさとしたパンのようなものを載せた。
3人はもそもそと食事を始めた。
裂け目の先には点々とした星空が覗いていた。
乾いたパンにアレンが喉を詰まらせむせる。
「ん」
ライトが水の入った筒を渡しながらアレンをちらりと見やると、言った。
「こいつ、すっごいこらえ性がない……! 防護壁作ってやってるのにギャーギャー逃げ回りやがって、疲れた」
アレンは飲んでいた水をふきだした。
「あ、きったねえ」
ライトが身を引く。
「く……くすぐったいのは苦手だ」
アレンはかっと熱くなったが、幸いこの暗闇なので二人には顔が見えないだろうと、少しホッとする。
「ああ、あれね。私も、戦いのとき攻撃をよけるためのものをこいつに張ってもらったことがあるけど、他人にやってもらうもんじゃないね。お前さんも魔道士なら、いつか自分でできるようになるさ」
「アンジェは微動だにしなかったじゃないかよ」
ライトが答えると、アンジェは眉をひそめた。
「ライト、さすがに私が小娘みたいに逃げ回るのは滑稽だろう?」
アンジェの声に、アレンはますます顔が熱くなった。
「アレン、あんた、山の民のところへ向かう途中と言っていたが、これからそこへ向かうつもりなのかい?」
アンジェに聞かれ、我に返る
「いえ、父とは、いったんリヴィエリの町へ向かうことになっていました。もしはぐれた時も、いったんはリヴィエリの町のつばくらめ亭という、宿屋で落ち合う手筈なんです。奴らにつけられて、北へ北へ、山中にやってきてしまいましたが、ここからならまだ半日もあればつくと思います。だから、いったんリヴィエリへ向かって、父を待ってみようかと思っています」
「じゃあ、あたしらもリヴィエリへ行こう。あんたが父さんと落ち合うところまで送っていく。どうだい?」
「え……、とてもうれしいのですがあなたたちは?」
「あたしとライトは、行く当てがあるわけではなし、別にかまわないよ。それに、せっかく助けたあんたがまたどっかで黒の魔道士にやられたりしたら寝覚めが悪いだろう?」
「ありがとうございます。あの、あなたたちは……行く当てがないと……?」
アレンの語尾が小さくなっていく。
「そうねえ、どう言ったらいいか? 要するにあんたと父さんみたいなもんだと思ってよ。あたしは、この子の母親からライトを守ってくれと頼まれたの。だから、ライトを連れて逃げ回っているわけ。いつか、この子が殺されない場所が見つかればいいんだけどね。さ、長居は無用だ……って、ずいぶん長居したけどさ、出かけるよ。それとアレンこれ」
アンジェは背中に括り付けていた長い棒きれをアレンに渡した。
「これ?」
それを手に取るとアレンは何? というように小首をかしげた。
「急ごしらえだけど、杖だよ。ちょうどいいオークの折れた枝があったのさ。傷口はライトが直してやったんだろうけど、まだ痛むだろう」
杖は、枝を粗く削ったもののようだった。持ち手のあたりには細長い布が巻きつけられていて、握りやすいようになっている。アレンは杖を見つめると、その視線を自分の腹へ移した。
そういえば、起きてからもじくじくといたんではいたが、体のあちこちが痛いと言えば痛かったし、すっかり自分の傷のことを忘れていたのだ。
傷口から顔をあげるとライトの前に立ちはだかるように向かい合った。
「な……なに?」
改まったように自分の前に立つアレンにライトはたじろいて一歩後退する。
「ありがとう。君が直してくれていたんだね。それから」
くるりと振り返ってアンジェに体を向ける。
「アンジェさん、ありがとう。これからしばらくよろしくお願いします」
と、深々とこうべを垂れた。アンジェが、にっこりと笑い、雰囲気が和らぐのが感じられた。
暗闇の中にぽっかりと空いた裂け目から、アンジェが歩み出た。続いてアレン。そしてライト。
「ところでアレン、あなたはいくつなのかしら?」
外に出ると、満月なのか、月明りで白々と明るかった。道には木々の影が落ちている。
「はい、十七です」
「へー、十七。ほー、十七。ライト、聞こえた?」
笑いをこらえたようにしんがりにいるライトの方へ首を向けた。
「ううう、うるさいわ! もう聞いた」
面白くなさそうにライトが吠えた。